第9回ラムサール会議の開催にあたって
日本の湿地保護に関するレポートを発表

 11月8日からウガンダの首都カンパラで、湿地保護のための国際条約であるラムサール条約の第9回締約国会議(CoP9)が開催されます。日本湿地ネットワーク(JAWAN)ではこの会議の開催にあたって、日本の湿地保護の現状や課題を取りまとめた下記のレポートを発表しました。このレポートはCop9会場で参加者に配布します。また、JAWANでは会議の傍聴や、ポスター、写真展示などの活動も行います。


2005年11月7日

カンパラでのラムサール条約第9回締約国会議(CoP9)開催に際して
―CoP8からCoP9までの3年間の国内湿地状況を総括し、CoP10を展望する―

日本湿地ネットワーク
  (Japan Wetlands Action Network)
  代 表  辻  淳 夫

1 はじめに
 2005年11月8日から15日までウガンダの首都カンパラでラムサール条約第9回締約国会議(CoP9)が開催されますが、2002年11月にスペイン・バレンシアで開催されたCoP8からCoP9までの3年間の間に日本の湿地状況も大きく変化しています。
 JAWANは、諫早、和白、藤前、三番瀬などの国際的にも重要な干潟をはじめとする日本の湿地を保全する活動をしていくために1991年に設立され、設立後最初に開催された1993年釧路でのラムサール条約第5回締約国会議に参加し、以来3年ごとに開催される締約国会議に毎回参加してきました。2001年には、東京の国連大学で開催された「NGO環境政策提言フォーラム」において、当時の川口環境大臣を前に「湿地、特に干潟・浅海域の保全と復元」というテーマで、ラムサール条約に対応する国内法として、湿地・公有水面の原則保全を柱とする「湿地・公有水面保全法」を制定すべきとの政策提言も行ないました。
 今回CoP9に参加するに際し、CoP8からの3年間を振り返って国内の湿地状況を総括するとともに、さらに3年後のCoP10を展望して、日本における湿地保全・再生の課題を明らかにしたいと思います。

2 13か所から33か所になった条約登録湿地
 1999年のCoP7の決議によって、CoP9までの6年間で、CoP7当時世界で約1000か所のラムサール条約登録地を2000か所に倍増する目標が立てられ、日本政府もCoP7当時国内11か所の登録地を22か所以上にすることを目指しました。CoP8時点ではまだ13か所でしかなかった登録地を3年間で10か所も増やせるのかと目標の実現が危ぶまれていましたが、最終的にはCoP9で20か所が新たに追加登録されることになり、日本の登録湿地は実に33か所になろうとしています。この間の環境省と地元自治体のご努力には敬意を表さねばなりません。
 環境省は、湿地倍増を実現するため学識経験者を委員とするラムサール条約湿地検討会を設置して、登録候補地選定を諮問しましたが、このように条約登録候補地選定のために第三者機関が置かれたのは初めてのことであり、今まで必ずしもガラス張りになっているとは言えなかった登録候補地選定手続を民主的かつ科学的なものに整備していくための端緒になるものと評価できます。今後の登録候補地選定のためにも第三者機関は常設化しなければなりません。
 また、登録地倍増の支援を目的として国会に超党派の「ラムサール条約登録湿地を増やす議員の会」が組織されましたが、今までほとんど日の当たらなかった湿地保全行政に国会議員が大きな関心を寄せるようになったこと自体喜ばしい限りですし、倍増が実現した後はさらに一歩進んで湿地保全の法制度実現に議員の会が大きな役割を果たしていくことが期待されます。
 
3 諫早湾・有明海の再生を求めた闘い
 国内の登録湿地倍増が実現した反面、以前から国際的にも極めて重要と指摘されていた諫早湾や泡瀬干潟が開発によって破壊され続け、保全・再生への展望が開けない現状があります。
 「宝の海」あるいは「有明海の子宮」と呼ばれ、かつては日本最大のシギ・チドリの飛来地であった諫早干潟では、1988年に着工された国営の干拓事業により、1997年4月に湾奥3550haの浅海域が全長7kmの潮受堤防の排水門が閉じられることによって閉切られました。この事業は総事業費2533億円をかけ816haの農地造成と洪水高潮対策を目的にしています。全国的に休耕地が増え続けていく中で農地を造成する目的に合理性は認められません。また、堤防が閉切られた後の1999年7月の集中豪雨で9万2000人に避難勧告が出され諫早市に6億円の被害が発生して洪水対策としても十分な効果が期待できないことが明らかになってしまい、日本の無駄な公共事業のシンボルと言われています。
 無駄なだけでなく大規模な自然破壊を伴うだけに、事態は極めて深刻なものとなっています。堤防閉切りの結果2900haの泥干潟が消滅し、さらには諫早湾がその一部を構成している有明海全体で、赤潮の発生が増加してノリの大凶作、タイラギ、アゲマキ等の貝類の激減、その他ガザミ、シタビラメ、ハゼクチ等の漁獲量の減少が生じる「有明海大異変」が出現しました。
 2001年2月農林水産省が設置したノリ不作検討委員会は、2001年12月に諫早湾干拓事業が有明海異変の原因の一つであることを前提に、諫早湾、有明海全体にどのような影響を与えているのか、2ヶ月程度の短期、半年程度の中期、数年程度の長期の潮受堤防の排水門の開門調査が必要である旨の見解を明らかにしました。そして、農林水産省は2002年4月から5月にかけて1か月弱の開門調査を行ないましたが、中・長期開門調査については、開門調査を行なうと有明海のノリ漁を含めた漁業環境に影響が及ぶ可能性があるとして実施を見送ってしまい、干拓工事を続行したのです。
 2002年11月に地元漁業者と市民は、佐賀地方裁判所に干拓工事の差止めを求める仮処分申請と本訴を提起しました。佐賀地方裁判所は、2004年8月26日、中・長期開門調査が行われなかったことによって事実上生じた「より高度の疎明が困難になる不利益」を漁業者や市民に負担させることはおよそ公平とは言いがたいとして、干拓事業と漁業被害の因果関係を認め、国に対し、第一審判決まで工事を中止することを命ずる仮処分命令を発しました。
 国は保全抗告し、福岡高等裁判所は、2005年5月16日、佐賀地方裁判所の工事差止めを認めた仮処分を取消すことを決定しました。「本件事業と有明海の漁業環境の変化、特に、潮や貧酸素水塊の発生、底質の泥化などという漁業環境の悪化との関連性は、これを否定できないという意味において定性的には一応認められるが、その割合ないしは程度という定量的関連性については、これを認めるに足りる資料が未だないといわざるを得ない」と述べ、また、漁業被害と事業との関連性についても判断を厳しくし、関連性は未だ十分ではないとしたのです。佐賀地方裁判所の仮処分決定後一時中断していた干拓工事も、福岡高等裁判所の決定後は再開されてしまいました。
 漁業者側は、高裁決定に対し「因果関係について科学的に厳格な立証を求めており、最高裁判例に違反する」と許可抗告を申請しました。最高裁判所第三小法廷は、2005年9月30日、漁業被害と工事の因果関係の立証が不十分とした高裁の判断を支持し、「潮受け堤防が湾を閉切っている現状で、陸上の残り工事の続行が漁業者に著しい損害を与えるかどうかは明らかでない」と漁業者側の抗告を棄却する決定をして、これにより、工事を差止めた佐賀地裁決定を取り消した福岡高裁決定が確定したのです。
 福岡高等裁判所決定と最高裁判所決定の間には、2005年8月30日に、国営諫早湾干拓事業と有明海の漁業被害との因果関係を審理していた国の公害等調整委員会が、ノリ不作など漁業被害の発生は認めたものの、科学的なデータ不足などを理由に干拓事業との因果関係は認定できないとして、漁業者らが求めた原因解明の申請を棄却する裁定を下しています。公害等調整委員会の委員長は、裁定後に「国などがさらなる調査・研究を進め豊かな有明海の再生を念願する」異例の談話を出し、中・長期開門調査を実施しない農林水産省の姿勢を批判しました。
 現在、国は2007年度内の工事完成を目指していますが、地元漁業者は、新たに中・長期開門調査の実施を求める仮処分申請を行い、干拓工事を中止させ諫早湾・有明海を再生させていく途をぎりぎりまで模索しています。
 諫早の問題は、単なる日本国内の問題として理解すべきではありません。韓国の湿地保全上の最大の問題となっているセマングムの干拓は、諫早の干拓に倣って計画されたものです。セマングムと諫早の干拓を中止して両干潟の再生を果たすことができなければ、日本と韓国が共に締約国となっているラムサール条約の下で東アジアの最も代表的な二つの干潟の破壊を許したことになってしまいます。諫早とセマングムの干拓は、正にラムサール条約の鼎の軽重が問われている問題として理解しなければならないのです。
 
4 埋立が止まらず住民訴訟が提起された泡瀬干潟
 沖縄は、本土復帰後の1972年から1997年までの間の総埋立面積が2390haにも上り、沖縄本島だけでも糸満干潟(300ha)、糸満南浜(50ha)、与根干潟(160ha)、与那原海岸(140ha)、川田干潟(390ha)等の大規模干潟が埋立によりことごとく消滅しました。
 今回登録湿地が33か所となり、沖縄は漫湖、慶良間、名蔵アンパルと3カ所の登録地を擁することになりましたが、沖縄県の面積2273km2のうち1205km2を占める沖縄本島で条約登録されているのはわずか58haの漫湖だけです。
 漫湖も99年に登録されて以来ヘドロ化などの環境劣化が進んでシギ・チドリの飛来数は激減しており、また、現在沖縄本島の最大の自然干潟でムナグロの国内最大の越冬地となっている泡瀬干潟(265haの干潟の先には沖縄最大の353haの藻場が広がっています)では埋立工事が進められ、干潟消滅の危機を迎えています。渡り鳥のフライウェイを確保するには、この埋立工事を中止し、泡瀬干潟を条約登録して保全していかねばなりません。
 バードライフインターナショナル(BLI)も2003年3月、日本政府に工事を凍結し、干潟保全のためのラムサール条約への登録の推進などを求める要望書を送付して干潟の保護を求めましたが、依然として埋立工事は進められています。
 この埋立工事は、泡瀬干潟に隣接する中城湾新港整備のための航路浚渫土砂の処理と「マリンシティ泡瀬」というマリーナ・リゾート建設を目的としています。沖縄では、埋立後に土地利用の需要がなく造成されたまま放置されている埋立地が数多く存在しており、泡瀬にマリーナ・リゾートを建設しようとしても採算が取れる見込みはありません。加えて土砂浚渫のために貴重な自然を破壊することへの批判は強く、泡瀬干潟の保全を求める地元住民は、埋立工事の是非を問う住民投票条例の制定を求める署名活動を行なって、2001年7月と2002年2月の二度にわたり沖縄市議会に条例制定の本請求を行ないましたが、いずれも議会で否決されてしまいました。その後、2002年4月には埋立推進派の市長が再選されて、2002年10月に工事が開始されたのです。
 着工前の環境アセスメントも極めて不十分にしか行なわれず、絶滅危惧種の藻類クビレミドロもアセスメントの準備書の段階ではその存在が見落とされていました。県知事に指摘されてはじめて現地調査を行なって保全措置を評価書に記載したものの生育面積を半分程度しか報告していないというようなずさんなもので、鳥類、貝類等についても多くの種類が見落とされていました。また、環境保全のために代償措置として実施される海草移植のための実験が着工前に行なわれましたが、重機を使った大規模な移植実験では台風で植えつけた海草が流されてしまい失敗し、重機による移植技術が確立しないまま、手植えによる移植ならば可能として着工してしまったのです。
 その後、泡瀬干潟に絶滅危惧種の海草「ヒメウミヒルモ」、「カラクサモク」や新種の海草「ホソウミヒルモ」が分布し、希少種の貝類「オサガニヤドカリガイ」、「ニライカナイゴウナ」が生息していることが確認され、また、手植えによる海草移植もほとんど根づかないことが判明しました。保全を求める地元住民は、再三事業主体の国と県に対し工事中止を申し入れましたが、工事は続けられ、地元住民は、2005年5月、県知事と沖縄市長に事業への支出差止めを求める住民訴訟を那覇地裁に提起しました。既に支出された二十億円は、予算執行した稲嶺恵一知事に損害賠償するよう求めています。
 本来、司法の判断を仰ぐまでもなく、経済合理性が認められない、かつ、貴重な自然が破壊される公共事業は、たとえ一旦着工しても事業者である国や県が自らの判断で見直して中止しなければならないものです。
 しかし、残念なことに、日本政府と沖縄県は、速やかに条約登録されるべき沖縄を代表する泡瀬干潟の極めて重大な価値を軽んじて、埋立を中止せずに干潟と藻場の破壊を続けているのです。

5 条約登録をめざした三番瀬円卓会議の成果は一体どこへ
 三番瀬は、90パーセント以上が埋め立てられてしまった東京湾の最奥部にある約1800haの干潟と浅海域で、日本有数のスズガモ、アジサシ、シギ・チドリ類の飛来地です。
 1993年には下水道終末処理場や第二湾岸道路用地、その他の用地として合計740haを埋立てる計画が立てられましたが、この開発に伴う環境保全の諮問を受けた千葉県環境会議では、専門家から構成される下部機関に科学的調査を命じ、調査の結果、三番瀬は微生物や底生生物の活動によって13万人分の下水処理場に匹敵する浄化能力を有していることや幼稚魚の生育場所として高い価値を有していること、調査期間中の2年間に89種の鳥類が確認されるなど極めて生物多様性に富むことが明らかとなりました。その結果、1999年には埋立計画が101ヘクタールに縮小され、2001年4月に埋立の白紙撤回を公約した堂本暁子候補が千葉県知事選挙に当選して、同年9月埋立計画は正式に中止されました。
 永年埋立の反対運動を続けてきた地元住民は、開発計画が中止されたことで、当然、三番瀬がラムサール条約に登録され、保全されていくものと期待しました。
 堂本知事は、2002年1月に、三番瀬の再生を目指す新たな計画を住民参加の元に策定するため24人の委員からなる三番瀬再生計画検討会議(円卓会議)を設けました。円卓会議は、2年間にわたる検討を経て、2004年1月「三番瀬再生計画案」を堂本知事に提出しました。公共事業を中止した後の計画作りを住民参加で徹底した情報公開のもとに行なったこの手法は「千葉方式」と呼ばれ、全国的に高い評価を受けています。
 しかし、「埋立」という事業の代わりに「再生」という事業を行なうことを前提とした計画は、一番重要な保全を貫こうとするよりも、人為を施すことに傾きがちな感は否めません。再生していく場合に、既に埋立ててきた後背地を広く再生するのか、再生する場所を狭く絞り込んでしまうのかという問題がありますが、円卓会議は広く後背地を再生することは現実的でないとしてその可能性を放棄してしまい、環境を改変してきた基本的な要素にまで踏み込んだ根本的な自然再生は期待できなくなってしまいました。
 また、三番瀬を保全する上で一番問題となる当初高架を架けて三番瀬を貫通しようとしていた第二湾岸道路の建設については、その必要性の議論も含め一切円卓会議では議題に取り上げられませんでした。既に第二湾岸道路については事業調査も進んでおり、第二湾岸道路の建設を中止するのか、三番瀬を迂回するのか、地上地下いずれにしても三番瀬に通すのであればどのような工法を取るのか、これらについて明確な結論を出さなければ、三番瀬の保全も再生も結論は出せないはずです。しかし、円卓会議は三番瀬の再生を検討する場であるからと、第二湾岸道路についての議論は一切なされなかったのです。
 円卓会議の三番瀬再生計画案に基づき、県が三番瀬再生計画の基本計画を策定することとなり、三番瀬再生計画(基本計画)素案が作成されて、円卓会議の後継組織である三番瀬再生会議に諮問され、2005年6月に三番瀬再生計画の基本計画案として答申されました。保全の必要はないとする論者からはヘドロの海として酷評され、円卓会議では保全を必要とする論者との間で熱い議論が交わされて、最終的に三番瀬再生計画案に盛り込まれた猫実川河口域の保全について、基本計画案では一切明記されませんでした。
 猫実川河口域は、地上に第二湾岸道路を通すためにはどうしても埋立てなければならない場所であり、猫実川河口域の保全を明記しないことは第二湾岸道路を是が非でも通したい県の意向が強く反映しているとしか理解できません。円卓会議で第二湾岸道路について議論しなかったことの懸念は既に現実化しているのです。
 また、円卓会議の三番瀬再生計画案ではラムサール条約の登録促進が謳われていたのですが、千葉県は、地元漁業者の合意が得られていないとして、登録は時期尚早という立場を取っています。
 漁業者の中では、猫実川河口域を埋立てて人工干潟をつくるべきだとの意見が強く、第二湾岸道路のためには猫実川河口域の埋立をしたい県の意向と一致しています。県は漁業者の反対を口実にラムサール条約への登録を先延ばしして、猫実川河口域の埋立の実現を狙っていると思われます。
 最近、猫実川河口域には、数十年かけて形成された東京湾最大のカキ礁が存在していることが市民団体の調査によって明らかになりました。大潮のときにしかその全貌を現さず、潮が引く前に船で近づいていないと立ち寄れないために、今までその存在が知られませんでした。この豊かな生態系をもつ猫実川河口域を埋立てずに保全し、三番瀬の条約登録を実現できるのか、円卓会議の成果も雲散霧消しそうな状況の中で、三番瀬の保全と開発をめぐる攻防はまだまだ続いていきます。
 
6 国際的にも重要な泥炭地である中池見湿地はなぜ登録できないのか
 中池見湿地は、福井県敦賀市の東南部にある周囲を標高100〜170mの低山に囲まれた広さ僅か25haの内陸低湿地ですが、典型的な袋状堆積谷という地形を有し、地下40mに10万年の記録という類例のない厚さの泥炭層を持ち、絶滅危惧種を含む132種の鳥類、270種を超える植物、1372種の昆虫が生息する豊かな生態系に恵まれた正に類まれなる貴重な湿地です。
 1992年大阪ガス株式会社は、この中池見湿地に2010年の操業開始を目指して内陸型LNG(液化天然ガス)備蓄基地を建設する計画を発表しましたが、ガス需要の低迷により、1999年には操業開始が10年延期され、2002年春には計画そのものが中止されました。2005年春には、大阪ガスから湿地25haを含む計画用地として取得した82haが敦賀市に寄付されました。
 以前から地元で中池見湿地の保全活動に取り組んでいた市民グループは、計画中止が決まった2002年春以降、各方面にラムサール条約登録への働きかけを行い、敦賀市長も条約登録へ前向きの発言をするようになりました。大阪ガスから敦賀市への寄付の意向が示された2004年夏に、敦賀市は、中池見の保存・活用策を検討するための「中池見検討協議会」を設置し、2005年度中には提言がまとめられることになっています。
 しかし、協議会が中池見をどのような公園として保全すべきか検討をする前に、敦賀市は、ラムサール条約登録を求める市民グループが提案している自然公園として保全する方針とは違って、中池見を都市公園に指定し「風致公園」と位置づけるとの方針を明らかにしました。環境省からは、地元の意向によって近接する越前加賀海岸国定公園あるいは若狭湾国定公園の飛び地として保全した上でラムサール条約登録候補地とすることが可能になると示唆されていただけに、地元敦賀市が国定公園等の自然公園としてではなくわざわざ都市公園として指定しようとしたことは、ラムサール条約に後ろ向きであると受け止められています
 JAWANは、2004年10月、敦賀市において、国際泥炭地保全グループ代表を永年務められていたイーストロンドン大学のリチャード・リンゼイ教授を招いて国際湿地シンポジウムを開催しました。リンゼイ教授は、中池見湿地が泥炭湿地としては世界的に貴重な特別なサイトであることを指摘されましたが、地元の中池見湿地の重要性に対する認識はまだまだ不十分です。
 開発計画が中止され、条約登録に決定的な障害がなくなった状況下でも、国際的に貴重な湿地の登録が順調に進まないことは、政府そして私たちJAWANも含めた全国的に湿地保全に関わる団体が、国民各層に対する湿地の重要性の普及・啓発活動を疎かにしてきたことの一つの結果であると言えるでしょう。しかし、そもそも、環境省は、登録湿地倍増のための候補地選定過程の中で、中池見は、選定基準の要件のうち一定面積以上の広さがあること、すでに保全のための法的担保がされていることという二つの要件を充たしていないとして(これらの二つの要件の考え方は締約国会議の決議Z.11の付属書「ラムサール条約の国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」で明確に否定されています)、当初候補地にリストアップしなかったのであり、この環境省の中池見に対する消極的な態度が、地元に混乱を与えたことは否定できません。重要湿地の条約登録を推進するためには、然るべき場面で、政府が積極的にリーダーシップを取ることが必要となります。

7 100年を迎える日本最大の渡良瀬遊水地を保全していくために
 この100年間の間に、日本の都道府県の中で湿地が増えているのは唯一栃木県だけです。それはなぜかというと、今から約100年前、渡良瀬川の上流にある足尾銅山から流出する鉱毒を沈殿させて鉱毒事件を沈静化するため、当時の明治政府が栃木県谷中村を廃村にして遊水地とした渡良瀬遊水地が存在するからです。
 渡良瀬遊水地は面積3300haの国内最大の遊水地で、釧路湿原についで国内第二位の1500ha以上のヨシ原を擁しています。湿地性の植物では、レッドリスト記載種が約50種(植物全体では700種)、昆虫は1600種、鳥類は240種以上でチュウヒ、ハイイロチュウヒを代表とする越冬ワシタカ類の豊富さは国内屈指と言われ、当然にラムサール条約に登録され、保全されなければならない湿地です。
 遊水地は、現在第一、第二、第三調節池に分割され、中央を渡良瀬川が貫流して、第一調節池の南部には約450haの第一貯水池(谷中湖)が造成されています。遊水地を管轄する国土交通省は、1988年に第一貯水池が完成した後、第二調節池に約270haに及ぶ第二貯水池を建設しようとしました。しかし、このエリアはそれまで開発の手が伸びず広大なヨシ原がそのまま残ってきたところで、越冬するチュウヒや湿地植物にとって重要な場所であったため、地元住民は根強い建設反対運動を展開し、2002年8月国土交通省が正式に建設中止の決定をしました。
 開発計画がなくなり、国土交通省も、治水、利水だけでなく、湿地環境保全と生態系重視の姿勢を明確にして、2002年春に、学識経験者、市民団体代表、地元自治体で構成される「湿地保全・再生検討委員会」を設置しました。地元自治体もラムサール条約登録に前向きな姿勢を示し、CoP9までに条約登録が実現できるのではないかと期待されました。
 ところが、2003年4月、国土交通省の地元河川事務所の所長が代わると、治水が最重要で最優先されなければならない、利水のための第二貯水池計画は中止となったが、治水容量不足分の確保の課題は残されており実現されなければならないとの方針が示され、地元の条約登録をめざす機運は急速に萎んでしまいました。遊水地は河川法により国土交通省が管理していることから、国土交通省が条約登録に前向きにならない限り、条約登録の実現は不可能なのです
 日本には、過去の締約国会議の決議や勧告で湿地の賢明な利用を実現するために不可欠なものとされる湿地保全の方針を明確に定めた国家湿地政策が存在していません。環境省は生物多様性条約に基づく生物多様性国家戦略が国家湿地政策であるとの見解を示していますが、たとえば、条約登録の候補地を選定するための手続も法令で定められているわけではなく、登録湿地とそれ以外の湿地の保全をどのように関連づけていくかについての明確な指針もなく、生物多様性国家戦略に湿地に関する記載があるからといって、これが国家湿地政策であると胸を張ることはできません。
 渡良瀬遊水地の保全と条約登録の問題は、正に統一的な湿地保全政策体系が不備であることの象徴であり、渡良瀬遊水地をCoP10で確実に条約登録していくためには環境省、国土交通省、農水省等の関係各省の湿地保全に関する施策の統一が必要です。その前提として国家湿地政策の策定が急務と言えるでしょう。

8 CoP9からCoP10をめざして
 以上、諫早、泡瀬、三番瀬、中池見、渡良瀬遊水地という5か所の湿地を巡る最近の状況を振り返りました。いずれの湿地も、わが国の湿地の中できわめて重要度が高く、日本政府が湿地保全に対し決然とした姿勢を示していれば、CoP9までにすべて条約登録が実現できていたはずの湿地です。しかし、残念なことに、いまだ開発による破壊が続き、あるいは開発が止まっても湿地保全、条約登録への明確な方針がないために条約登録への道筋が見えてこないという状態にあります。
 また、1993年のCoP5の釧路会議のときから、諫早、藤前、三番瀬と並んで早期の条約登録が求められていた和白干潟は、干潟の保全と博多湾の自然保全のために反対運動が展開されていた人工島建設工事が着工されてしまいましたが、博多湾を破壊しただけで、造成地利用計画は破綻しています。一方で、残された干潟は国指定鳥獣保護区にはなりましたが、地元合意が整わないとして環境省が条約登録の前提としている特別保護地区への指定手続が進まず、今回は条約登録が見送られてしまいました。福岡市環境モニタリングでも渡り鳥の飛来数減少を認めるなど、悪化する和白干潟環境に緊急の保護・再生策が求められています。このように、CoP5から12年の間に、諫早、和白、藤前、三番瀬の中で条約登録を果たしたのは2002年のCoP8で登録された藤前だけなのです。
 今回条約登録地が13か所から33か所となり、わが国の湿地保全に対する取組は国際的にも高く評価されることでしょう。しかし、条約登録湿地の数だけが増えても、本来登録されるべき重要湿地がまだまだ登録されていないという事実を正確に認識し、関係者の共通認識としなければなりません。
 最近は、自然再生がブームになり、最初に条約登録された釧路湿原でも直線化した河川を元の蛇行した河川に戻すこと等の一大自然再生事業が行なわれようとしています。これらの再生事業が締約国会議の決議や勧告に沿った保全を優先した湿地の賢明な利用に適うものなのか、その検証が必要とされますが、欧米の湿地保全先進国から比べて、今までの登録湿地の数や面積が極めて少なかったことからすれば、日本は再生に走るよりも先ずは保全を徹底しなければならないはずです。したがって、今回の20か所の追加をもって満足するのではなく、日本の湿地保全のためにはどれだけの条約登録湿地が必要なのかという観点から、登録湿地の数値目標を定めて、今後さらに条約登録湿地を増やして保全を充実させていくことが必要です。
 また、わが国には、湿地保護法制がなく、条約登録湿地以外に湿地保全のみを目的とした保護区の制度はありませんから、日本で湿地保全を進めていくためには、条約登録湿地を増やすことが不可欠です。また、CoP8で登録された藤前干潟では、藤前干潟のある伊勢・三河湾の流域の山から海まで流域全体の保全に取り組む伊勢・三河湾フォーラムが組織されて活動が開始されており、登録湿地が流域全体の湿地ネットワークの核として登録湿地以外の湿地との関係性を意識されながら保全されるようになりつつあります。これらのことからすれば、環境省が2001年に選定した日本の重要湿地の目録的役割を果たしている「日本の重要湿地500」のうちせめて20%となる100か所の重要湿地を条約登録して、登録湿地を中心とした流域全体の湿地保全の仕組みを作り上げていく必要があるでしょう。私たちJAWANは、21年後の2026年のCoP16までに日本は100か所の条約登録を目指すべきであると提唱しています。
 今回追加登録された湿地の中の蕪栗沼では、ガンの休憩地となる周辺の水田まで登録の対象とされました。永年農業に利用され人手を加え続けられてきた水田の多様な生態系がラムサール条約において高く評価されたことは、日本をはじめ水田耕作中心の東アジアの国々における湿地保全のあり方を考える上で画期的なことと言えるでしょう。登録湿地ではありませんが、兵庫県豊岡市では、絶滅の危機を迎えて1965年以来人工飼育によって保護増殖を図ってきたコウノトリを野生に戻すため、2005年9月24日5羽のコウノトリが放鳥され、郊外の水田で羽を休める姿が見られるようになりました。日本で生息する野生生物の多様性を維持するために、水田環境を健全に維持していくことの重要性が広く認識されつつあります。
 CoP9では、「条約の賢明な利用の概念を実施するための科学的・技術的な追加の手引き」に関する決議が予定されていますが、アジアで開催される可能性の高い2008年のCoP10では、東アジア特有の水田等の湿地の価値に関する検討をさらに一歩進めて21世紀における湿地の賢明な利用のあり方を新しい角度から模索しつつ、日本や韓国、中国で行なわれている大規模な干潟埋立の中止と干潟再生の取組に道筋をつけ、条約登録湿地をさらに増やして国際的な重要湿地のネットワーク構築を前進させていくことが求められます。
 そのために、JAWANは、国内外で湿地保全に取り組んでいる市民・NGO・研究者、環境省をはじめとする関係省庁、ラムサール条約登録湿地を増やす議員の会を中心とする国会議員、重要湿地の地元自治体、33か所の登録湿地関係者等々と広く連携して、粘り強く湿地保全の運動を展開して行くことを、2005年11月8日からのCoP9に参加するに際し、改めてここに宣言するものです。

 以  上