<JAWANから環境省への意見書>

今後のラムサール条約湿地登録に関する
取り組みについての意見書

2005年4月25日
日本湿地ネットワーク

1.COP9に向けた登録湿地候補地選定に関する問題点

(1)登録湿地倍増は「短期目標」でしかないのに、その前提とされる長期的ビジョンとの関係の中で最も相応しい候補地を選定しようという配慮がなされていない。
 ラムサール条約湿地検討会開催要領には、1999年のCOP7において、2005年のCOP9までに条約登録湿地2000カ所以上に増加(概ね倍増)する目標が設定され、わが国もCOP7当時の条約登録湿地11カ所(現在13カ所)を倍増することを国内目標としたことを受け、その候補地を科学的見地から検討する必要があることから検討会を開催するとあります。
 第1回検討会の資料2では、COP7におけるCOP9までの倍増目標は短期目標であると明示されていますが、これは、COP7の決議Z.11で「ラムサール条約の国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」(以下「湿地リスト拡充のためのガイドライン」という)が採択され、その「湿地リスト拡充のためのガイドライン」がCOP7当時1000カ所近くに達していた登録湿地を2005年のCOP9までに少なくとも2000カ所に倍増することを短期目標として掲げているからに他なりません。
 「湿地リスト拡充のためのガイドライン」のCOP9が開催される2005年までの短期目標の全文は、「登録湿地を拡充する際には、条約が採択した長期的ビジョン、戦略目標、及び登録湿地に関する目標を考慮すべきことを認識した上で、2005年に開催される第9回ラムサール条約締約国会議までに、少なくとも2000カ所の湿地を『国際的に重要な湿地のリスト』に掲げるよう確保すること。」とあって、2000カ所の登録湿地を目指す短期目標が長期的ビジョンや登録湿地に関する目標を前提にされていることがわかります。
 そして「長期的ビジョン」は「生態学的及び水文学的機能を介して地球規模での生物多様性の保全と人間生活の維持に重要な湿地に関して、国際的ネットワークを構築し、かつそれを維持すること。」とされています。
 したがって、COP9までに日本国内の登録湿地を2005年までに倍増することは、上記長期的ビジョンを考慮したものでなければならないはずです。
 しかしながら、今回の候補地選定に当たって示された方針は、「(1)わが国における保全上重要な湿地として選定された「日本の重要湿地500」の中から国際的な基準を満たすと考えられ、かつ予定を含む国指定鳥獣保護区特別保護地区等として保全が担保されている湿地について専門家による検討会を開催して検討を行なう。(2)候補地の中から、地元自治体から賛意を得られたものについて、条約事務局への登録申請手続きを行なう。」というもので、長期的ビジョンには全く触れられていません。
 長期的ビジョンとの関係で、今までの13カ所の登録に関する評価、問題点の洗い出しをした上で、これからの登録湿地選定における課題の検討をしなければ、今回の登録湿地倍増に際し、長期的ビジョンとの関係で最も相応しい候補地を選定することはできないはずです。しかし、今回の候補地選定方針を見る限り、長期的ビジョンとの関係で最も相応しい候補地を選定しようという配慮はなく、湿地保全のあり方に関する根本的議論を避けた、短期目標達成のための一時しのぎの方針であるとの感は否めません。

(2)登録湿地を保全施策の中で明確に位置づけるべき国家湿地政策が確立していない。
 ラムサール条約締約国会議の過去の決議、勧告では、何度となく、「賢明な利用」の不可欠な条件として「国家湿地政策の策定」が掲げられてきましたが、わが国において、今までに国家湿地政策として銘打たれたものは何ら策定されていません。しかし、COP8に向けて提出されたわが国のラムサール条約国別報告書では、生物多様性国家戦略に湿地政策に関する記載があり、これが国家湿地政策であると報告されています。
 生物多様性国家戦略では、第3部第2章第3節に「湿原・干潟等の湿地保全」がおかれ、その中の<重要な地域の抽出>では、次のように今回の登録湿地候補地選定の母体となる重要湿地500に関する記載がなされています。

 「1999年(平成11年)5月に南米コスタリカで開催された「ラムサール条約」第7回締約国会議では、登録湿地の倍増の決議と各国内における重要湿地目録の整備を求める決議が行われました。同条約では、当初、水鳥の個体数のみを基準とした登録湿地選定基準を使っていましたが、湿地は単に水鳥の生息地として存在するだけでなく、生態系全体の維持のために重要な役割を果たしていることから、希少な種が生息する湿地や生物地理区分ごとの重要な湿地であることなど、生物多様性の保全を内容とした基準に見直されました。また、同条約における湿地の定義は、深海は含まないものの、浅海域やサンゴ礁を対象とし、また、水田等の人工湿地も含む幅広いタイプをいうものとなっています。
 環境省では、これらの決議や国内における湿地保全の要請の高まりを受け、平成11年から13年にかけて、同条約の湿地選定基準に沿った重要湿地を選定する調査を行いました。これは、湿原、河川・湖沼、湧水地、ため池や水路、浅海域の干潟、藻場、サンゴ礁など、様々なタイプの湿地を対象に、専門家により生物の生息・生育地として規模の大きな湿地や希少な種が生息・生育している湿地などの選定基準を検討するとともに、最新の知見と自然環境保全基礎調査データ等を基に、全国的観点から重要な湿地を500カ所抽出したものです。
 このようにして得られた湿地の情報を含め国や自治体等が有する湿地の情報はわが国における湿地保全施策の基礎資料となるものです。しかし、個々の湿地については、具体的な保全策を検討する場合には、湿地タイプの特性とそれぞれの湿地の地域的な条件を考慮する必要があります。保護地域化が必要な湿地については保全のための情報を更に収集し、地域の理解を得て鳥獣保護区や自然公園、自然環境保全地域、天然記念物等による保護地域指定や都市公園の設置等による保全を進めます。現時点で既にこれらの保護地域内に位置する湿地については、隣接陸域の公有化やそこでの植生復元などがこれまでも実施されてきましたが、必要に応じ、より効果の高い保護対策をとるなど、保全の強化を図ります。また、ため池や水路など、人為により維持されてきた湿地については、保護地域化などの規制的手法による保全だけでなく補助金助成や税制措置などの経済的な奨励措置や事業配慮など多様な手法を組み合わせて、地域の合意の下にその湿地の特性が維持されていくことが重要であり、そのための検討を行います。」

 以上の記載によれば、重要湿地500が湿地保全施策の基礎資料となり、それを基にして、「保全を進めます。」「保全の強化を図ります。」「検討を行ないます。」とのことですが、「どのような主体が、どのような権限に基づき、どのような手順で、いつまでに、どの程度に」、「保全を進めるのか」は全く分かりません。
 COP7の決議Z.6で採択された「国家湿地政策を策定し実施するためのガイドライン」(残念ながら、環境庁自然保護局の「ラムサール条約第7回締約国会議の記録」の中では訳出されておらず、日本弁護士連合会の2002年人権擁護大会シンポジウム第3分科会「うつくしまから考える豊かな水辺環境」の基調報告書資料編で訳出されています)1.5「『湿地政策』とは何か」の中で、

「本報告において一般的に『政策』とは、中央政府やそれに準じた政府によって明確にされ出版された声明を意味し、多くの場合、具体的な数値目標、スケジュール、態度表明、そして行動のための予算を備えたものである。」

と政策の定義づけを行なっています。
 また、上記ガイドラインの付属文書1「湿地政策のための優先事項」には、「『国家湿地政策』策定のために優先される行動」の「1、制度や組織上の取り決めを改善するための行動」で、「(a)どのように湿地保全が達成されるか、そしてどのように湿地に関わる優先事項が、十分に企画立案過程に組み入れられるかということを、関心のある人々が確認できるようにする、制度上の取り決めの確立。」が挙げられています。
 生物多様性国家戦略の第3部第2章第3節「湿原・干潟等の湿地保全」には、<重要な地域の抽出>の他にも、<広域的視点からの保全の取組>、<国際的な連携、取組>、<データの整備>に関する記載がありますが、いずれの記載の中にも、具体的な数値目標、スケジュール、行動のための予算に関する記載はありません。また、どのように湿地保全が達成されるか、そしてどのように湿地に関わる優先事項が、十分に企画立案過程に組み入れられるかということを、関心のある人々が確認することができる制度上の取り決めに関する記載もありません。
 このように、わが国の現行の生物多様性国家戦略はあまりにもラムサール条約で求められていることとの隔たりが大きく、国別報告書においてわが国の国家湿地政策であると報告しても、内容的に吟味すれば、説得力がないのは明らかです。
 したがって、生物多様性国家戦略が現時点のわが国の国家湿地政策であるか否かはともかく、わが国がラムサール条約締約国として湿地に関し「賢明な利用」を今後進めていくためには、あくまで種の観点から生物多様性の確保を第一義的な目標とする生物多様性国家戦略とは別個に、ラムサール条約で求められている内実を備えた国家湿地政策を速やかに策定しなければならない状況にあることは決して否定することができないのです。
 わが国の湿地保全政策の基礎資料になるべく重要湿地500が選定されても、早急にこれを生かした具体的な湿地保全施策を掲げる国家湿地政策の策定がなされなければ、重要湿地500に選定された湿地においても、今後破壊や毀損が進んでいく危惧を払拭することはできないでしょう。
 そして、重要湿地500を基礎資料としてわが国の具体的な湿地保全施策を掲げる上で、ラムサール条約登録湿地をわが国の湿地保全の制度的枠組みの中で明確に位置づけ、湿地保全施策体系の一環として登録湿地選定に関する基本方針を定める必要があります。

2.COP9以降の登録湿地選定に関する基本方針に関し検討すべき事項

 以上の問題点の検討を踏まえて、今後(COP9以降)の登録湿地選定に関する基本方針を定める上で最低限検討されなければならない重要事項としては、次の各点が挙げられます。

(1)長期的には100カ所程度の登録を目指すことが示される必要がある。
 各国の湿地登録数の状況は非常にまちまちです。条約は加盟国に最低1カ所の登録を要求しているだけですから、1カ所という国から、100カ所を超える国まで様々です。
 しかし、上記長期的ビジョンからすれば、「湿地リスト拡充のためのガイドライン」で明らかにされている登録湿地の要件を満たす湿地は可能な限り登録されるべきでしょう。
 第2回検討会において、事務局から示された候補地選定基準を満たしている湿地の数だけでも50を超えており、ラムサール条約の選定基準を充たしても、今回の検討会で示されている面積や法的担保の要件を充足していない湿地が相当数あることからすれば、100カ所以上の湿地が条約登録されるべきことになり、わが国の長期的ビジョンとして、100カ所以上の湿地登録を目指すことが明確に示される必要があるでしょう。
 わが国の長期的ビジョンとして100カ所以上の湿地登録を今後20年程度で実現するためには、今年11月のCOP9で22カ所を達成したとして、21年後のCOP16まで3年おきの締約国会議ごとに平均11カ所以上登録していく必要があり、これが3年毎の新規登録湿地の数値目標として設定されなければなりません。

(2)わが国の長期的ビジョンとして重要湿地500及びその他の湿地による国内の重要な湿地のネットワークの構築を目指すことを明らかにし、ネットワークの核として登録湿地を位置づけるべきである。
 ラムサール条約における「長期的ビジョン」は、「生態学的及び水文学的機能を介して地球規模での生物多様性の保全と人間生活の維持に重要な湿地に関して、国際的ネットワークを構築し、かつそれを維持すること。」ですが、それを実現するためには、先ず締約国各国の国内に重要な湿地のネットワークが構築されることが必要なことは言うまでもありません。したがって、日本における湿地保全の長期的ビジョンとして、国内に重要な湿地のネットワークを構築することが求められるのです。
 ネットワークは一元的なものではなく、同一水系における様々なタイプの湿地によるネットワーク、同一タイプの湿地の全国的なネットワーク、渡り鳥の種類に応じた飛来地としてのネットワーク等、多元的なネットワークの構築が必要になります。
 重要湿地500だけではなく、その他の湿地も含めた多元的ネットワークを構築し、それを維持するために必要とされる保全策を各湿地ごとに抽出し、実行しなければなりません。国内の湿地保全の方針が、国内の湿地のネットワークの構築・維持に集約されることになれば、当然に、登録湿地は、各種国内ネットワークにおける国際的に重要な湿地として、国内ネットワークの核に位置づけられるでしょう。
 そのためには、国内ネットワーク構築のための湿地の選定、個別湿地ごとの保全策(今までの鳥獣保護法や自然公園法による保護区の設定ではなく、湿地のための保護区の設定と当該湿地の管理の必要性に応じた行為規制ができる湿地法制が必須のものとなるでしょう)の検討、保全策の実行のタイムスケジュールが明確に定められた計画が必要になります。その計画の中に、国際的に重要な湿地の条約登録が組み込まれ、国内ネットワークの構築の過程の中で、条約登録候補地が選定されていくことになります。これこそが、わが国の国家湿地政策とされるべきものでしょう。

(3)湿地登録に当たっての優先順位については、開発により破壊、毀損の危機にある湿地の保全を第一に考えるべきである。
 上記のように、国内の重要な湿地のネットワークの構築と条約登録湿地候補地選定が連動することになったときに、開発計画が存在して破壊、毀損の虞が高い候補地の扱いについては、開発計画の中止あるいは見直し、保全策の実施と条約登録手続が優先されなければならないことは言うまでもありません。
 国内の重要な湿地のネットワークを構築、維持するということがわが国の湿地政策の長期的ビジョンとして掲げられることによって、個別の重要な湿地の保全の問題は、単にその湿地の保全だけではなく、ネットワーク全体としての保全の問題になります。核となる湿地を保全せずして、ネットワークの構築・維持はありえませんから、ネットワークの核になる湿地の保全の優先性の要請は飛躍的に高まるのです。
 したがって、従来候補地にできない理由とされた、開発計画があるとか、法的に担保されていないから登録できないというのは本末転倒の議論であり、ネットワークの核として条約登録すべき湿地が保全されていなければ、早急に保全策をとり、条約登録しなければならないことになります。

(4)選定基準の面積や法的担保に関する要件の見直しが不可欠である。
 今回の候補地選定に際し、第2回検討会に提出された事務局案でも、中池見湿地は選定基準を充たしている湿地に該当しませんでした。最近の締約国会議の決議等で盛んに泥炭地の価値の重要性が指摘され、湿地登録においても十分考慮されるべきだとされながら、国際的にも注目される泥炭地である中池見が、開発計画も中止されたのに、なぜ候補地から漏れるのだろうと、湿地保全に永年関わってきた関係者は誰もが疑問に思いました。
 今回の選定基準からすれば、面積や法的担保という点で要件を充足していないということのようでしたが、このような国際的にも重要で、条約登録を目指す上での支障が比較的少なく、条約登録の高い優先性が認められるべき湿地が、結果的に登録できなかったということではなく、COP9の1年前の時点の50カ所以上も候補地が挙げられているリストから漏れているということは、やはり、選定基準自体に問題があるのではないでしょうか。
 「湿地リスト拡充のためのガイドライン」の中の「W.ラムサール条約の下で優先的に登録湿地に指定する湿地を選定するための体系的方法の採用に関するガイドライン」には、面積に関し「規模の小さな湿地を見過ごさないこと」との記載があり、法的担保に関しては「締約国は、登録湿地への指定が、その湿地に対して、既になにがしかの種類の保護区という地位を付与されていることを要求したり、登録湿地への指定後に必ず保護区という地位を付与することを要求したりするものではないことを認識する。」と記載されており、面積や法的担保を要件とした今回の選定基準が、「湿地リスト拡充のためのガイドライン」と齟齬するものであることは明白です。

(5)選定に関する科学的調査機関等の設置、市民参加の手続の充実が必要である。
 前述したとおり、今後の条約登録は、国内の湿地ネットワークの構築と連動されるべきであり、ネットワークを構成する湿地の選定、保全策の検討の手続と登録湿地の候補地選定手続は、科学的かつ民主的であることを担保するため、専門家による十分な検討と、永年湿地保全に関わってきたNGOや市民からの意見聴取を踏まえてなされなければなりません。そのための常設の検討・諮問機関や調査機関の設置、NGOや市民からの意見聴取の手続的保障が検討されるべきです。
 仮に国内ネットワーク構築と条約登録が連動できなくとも、登録湿地の候補地選定について、常設の検討・諮問機関や調査機関の設置、NGOや市民からの意見聴取の手続的保障が図られる必要があるでしょう。

(6)登録湿地選定において、政府は、締約国の責務として求められる主導的役割を果たすべきである。
 政府は、ラムサール条約締約国の責務として、湿地の重要性に関する認識の普及啓発を図りながら、重要湿地保全の必要性について国民や地方自治体に広く理解を求め、さらに、重要湿地の条約登録が進むよう、登録湿地候補地選定に際して主導的役割を果たすことが求められます。
 そのような観点からすれば、候補地選定に当たり地元の合意を尊重すること自体は必要であるとしても、地元に反対の声があるからといって、政府が何もものを言わないことは締約国当事者としての責任放棄であると言うこともできます。政府が地元に対して湿地の保全の必要性、条約登録の必要性に理解を求め、地元の合意を促すような働きかけをすべきです。

3.最後に

 以上、今回の候補地選定手続に関する問題点と今後の選定手続の課題についての意見を申し述べましたが、COP9で国内湿地倍増の公約を果たした後に最も重要なことは、これを今後の湿地保全の取組の出発点にすべきということであり、今回公約を果たしたことによって今後条約登録の動きが鈍るようなことだけは絶対に避けなければなりません。
 私たちも、今後の湿地保全の取組を進めるために、国、地方自治体と積極的に協働していく所存ですので、環境省におかれましても、私たちの意見を参考にしていただき、COP9以降も、さらに積極的な湿地保全政策を実施するよう、計画的に準備を進めて頂くことをお願い致します。
 尚、今後国内での条約実施にあたっては、実施に関わる行政もNGOも、ともに締約国会議における議論を一次資料として討議し、国内の取り組みを構築すべきです。そのために、締約国会議の決議の翻訳については会議後6ヶ月から1年以内に配布できる体制が準備される必要があります。また、これまでの締約国会議の結果を各国内での実施に合わせて編集しなおした「ラムサールハンドブック」を翻訳し、担当者、利害関係者が参照できる態勢を作ることは賢明な利用を国内に推進させる上で不可欠です。
 COP9の決議の翻訳等については、ぜひとも迅速に対応して頂きますようよろしくお願い致します。


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