セマングム緊急調査速報

佐藤慎一(東北大学総合学術博物館)

  私たちは、日韓共同干潟調査団の活動の一環として、韓国セマングム地域の調査を3年間継続して行ってきた。このたび、本年6月中旬のセマングム第4工区(干拓予定海域の北半分にある防潮堤)の締め切りに伴い、2003年7月19〜20日にセマングム緊急調査を行った。以下に、その時に記したフィールドノートの内容を基に速報を行う。

 調査の前日、セマングム調査でいつもお世話になるペーさんやヨさんらと再会した。この日は、ちょうどソウル行政裁判所がセマングム干拓工事の執行停止を命ずる判決を下した直後であり、この話で非常に盛り上がったのだが、その翌日には盧武鉉大統領が「環境に考慮してセマングム干拓を続ける」と声明を出したというニュースが流れ、またしても溜息……という状態だった。

 簡単にこれまでの経緯を説明すると、盧武鉉大統領がセマングム干拓地を農地ではなく工業用地として使いたいと発言したのを受けて、使用目的が変わるなら法律に則して環境アセスメントをやり直すべきだと干拓反対派が主張したところ、これに危機感を覚えた推進派が計画では今年の12月に完成予定だった第4工区の工事を急速に進め、とうとう6月に締め切ってしまったということである。

 ペーさんとヨさんに会って、まず最初に私たちが知りたかった現在のセマングム海域の状況について話を聞いた。第4工区の堤防は、セマングム海域の北半分を完全に閉め切った状態で、堤防の大きさは幅が6mほど、高さは満潮時の上約2mとのことだった。ただし、急ピッチで造ったために、堤防の傾斜が非常にきつく、よじ登ることもできないほどだそうである。そのため、堤防の土台が相当に脆弱であり、暴風雨などの増水時には耐え切れないのではないかと予測される。

 潮汐は、満潮・干潮の時間が以前に比べて20分ほど遅くなったということだった。潮位は、以前に比べて振幅が小さくなったが、それでも干潮時には以前と同じように広大な干潟が干出する。潮流は、海水と淡水の出入りが妨げられたため、閉め切られた4工区の部分(玉峰里沖)と、中央部分(深浦里沖)の2ヶ所で渦を巻いている状態で、北部の堤防周辺では泥の堆積速度が速くなりマテガイが生き埋めになり採れなくなったとのことだった。

 調査初日の午前中は、玉峰里から近い場所にあるハジェ漁港に立ち寄り、地元の人たちにインタビューを試みた。出発前には、日本から来たということで反感を買うのではないかと恐れていたのだが、実際に行ってみると、今まで一度も会ってくれなかった漁村契長や里長などからもさまざまな話を聞くことができた。彼らの話では、これまでは役所などからNGOの人たちと話をしないように命じられていたそうだが、堤防が締め切られたことで危機感を覚え、考え方を変えたということだった。

 ハジェ港では、今も150隻程度の漁船がシナハマグリなどの漁を行っているのだが、4工区の沖ではシナハマグリが成長しなくなったために、現在ではセマングム海域の南半分(2工区)で漁を行っているとのことだった。しかし、それでも全体的に貝殻が目立つようになったということだったので、やはり貝類の死滅がすでに始まっているものと思われた。ここでは、網の目のサイズを大きなものに変えるなど、貝の獲りすぎを抑えるための自主規制を始めたとの話も聞いた。

▲セマングム地域にある群山市玉峰里のスラ干潟に貝類を採集しに来た人々(2003年7月19日 佐藤慎一撮影)
 午後からは、玉峰里においてベントス分布調査を行い、翌日は深浦里で同様の調査を行った。これらの場所では、3年前から継続して8〜10定点で定量試料の採集を行っている。前回は同年5月に調査を行ったので、ちょうど堤防締め切り直前と直後の状態を比較することができた。まず、海水の塩分を引き潮時に澪筋や潮溜まりで測定したところ、玉峰里では20〜25‰、深浦里では10〜15‰程度という結果が得られた。これは、海生貝類が生息できるギリギリの塩分である。著者は諫早湾においても、同様に潮止め直前から諫早湾干拓調整池内において貝類群集の変化を調べてきたが、ここでも潮止めから4ヵ月後に塩分が10‰を下回った時点で急激に貝類の大量死が生じたことを確認している。今回の定量調査では、チョウセンキサゴやヒナギヌ、シオフキ、シナハマグリなどの海生貝類が、堤防締め切り前の本年5月の調査時と同様に生息していることを確認した。しかし、深浦里干潟における海水の塩分の低さから考えると、おそらくあと数ヶ月もすれば海水の塩分がさらに減少し、これらの底生生物の大量死滅が始まるものと予測される。

 今回の緊急調査では、想像していたほどの環境の変化は見られず、「いまなら間に合う」という印象を持った。実際に、玉峰里でも深浦里でも、これまでと変わらず多くの人たちが貝類を採集しに干潟に来ていた(写真)。しかし、堤防の補強工事は今も行われており、4工区の堤防は着々と強固なものとなりつつある。行政裁判所の判決も、堤防の補強工事だけは認めているため、現時点では締め切られた4工区の堤防が再び開く兆しは残念ながら見られていない。

 現在のところ、セマングム海域の塩分・溶存酸素などについては、韓国政府もまったく調査を行っていない状況であり、独自に調査を行う必要性を感じた。しかし、次回の調査は9月に行う予定であり、その時には諫早湾と同様の底生生物の大量死を目の当たりにすることになるかも知れない。不謹慎な話だが、最後の手段として、台風などの洪水で堤防が修復不可能なほどに破壊されることを祈るしかないような状況である。

(JAWAN通信 No.76 2003年9月1日発行から転載)

※JAWAN通信No.76ならびに、本ページの初掲時に、8段落目の「ヒナギヌ」を誤って「キセワタ」と記載してしまいました。お詫びして訂正いたします。