韓国ウエットランドツアーに参加して
2004年4月23日〜26日

木原滋哉(日本湿地ネットワーク会員/広島県)

 韓国の干潟はとても広い。干潟の先に見えるのは水平線ではなく、地平線である。そのくらい広大な干潟を体感したいと熱望して今回の「韓国ウエットランドツアー」に参加した。もっとも期待していたのは、シファ(始華)湖やセマングムを実際に訪れることであったが、「NPO法人藤前干潟を守る会」などによる初めてのエコツアー事業であることも興味をそそられた。
 メンバーはインチョン空港で集合し、貸し切りバスでシファ湖へ直行した。『海を売った人びと』ではシファ湖の水質悪化、周辺住民の生活環境の激変が伝えられていた。しかし、実際には水質は少し改善しているという。とはいえ干拓事業が中止されているわけではない。工業団地の一部はすでに完成しており、住宅地や農地の造成計画はまだ中止されてはいない。
 他方、99年には廃水処理施設が稼動し、04年1月には、住民・研究団体・政府・環境保護団体からなる「持続可能シファ湖発展委員会」も組織されたという。この委員会は、干拓事業中止につながるのか、環境に配慮しながらも干拓事業を推進することになるのか、あるいは環境保護団体がどれほどの影響力を持っているのか、わからない点が少なくなかったが、いずれにしろ、環境問題を無視してはシファ湖干拓事業を推進できなくなっていることは確実である。私たちは、シファ湖で恐竜の卵の化石も見ることができた。発掘されない現場がそのままの姿で保存されており、これも環境重視の表れなのだと思った。

シファ湖

 第2日目は、セマングムである。すでに堤防がかなり完成しているが、その全貌を見渡すことさえできないくらい広大である。まだ閉め切られていないが、それでも、堤防のせいで干満の動きが妨げられて、いろいろなところに影響がじわりと生じているという。
 セマングムは韓国で最も注目されている干拓計画であり、環境保護団体だけではなく、宗教団体、市民団体など多くのグループからなる「セマングム干潟のための生命・平和連帯会議」が干拓反対のキャンペーンを展開している。ソウルまで2300人が参加した「三歩一拝」は有名であるが、学者や専門家からなる調査も実施しているという。興味深いことに、日本の自然保護運動から学んで、昨年末から「市民調査」を実施しているという。
 鳥・干潟・植物・文化などの調査を毎月実施することによって、多くの市民がセマングムについて広く知るようになり、干拓事業がすでに及ぼしている悪影響も発見するなどの成果もあげているという。日本の湿地保護運動との連帯は、大きな力になっていると実感した。
 ここでは野鳥の観察だけではなく、実際に長靴を履いて干潟を文字通り体感する機会を得た。大型トラックが干潟を走っているので、砂干潟かと思ったら、逆に諫早の干潟よりもずっと粘土質に近い干潟だった。粘土質の干潟の方が、腰まで干潟に埋まることがないのかと驚きながら、干潟に実際に触れることができて、大感激だった。

セマングム

 第3日目は、韓国南部、全羅南道のナメ(南海)を訪れた。農水産業中心の人口約5万の地方都市であり、近年過疎化が進んでいるので観光産業に力を入れているという。浚渫土を捨てていた場所が干潟の役割を果たすようになっていたが、そこを埋め立ててゴルフ場を建設する計画があるという。埋め立て現場に近づくと、建設企業の関係者がやって来て、ゴルフ場建設に反対する環境保護団体のメンバーに言い寄ってきたため、小競り合いになりパトカーまで来る騒ぎになった。セマングムなどの大規模開発だけではなく、小規模の干潟埋立事業が各地で進められていることを改めて知ることになった。

*   *   *

 第4日目は、プサンのナクトンガン(洛東江)河口にある広大な干潟であった。泥干潟と砂干潟があり、それだけ多様な鳥たちが集まっているという。埋め立てが進み、河口堰も完成して、飛来する鳥の数や種類が減少しているとはいっても、広大で貴重な干潟である。
 干潟の一部分だけをラムサール登録しようとするプサン市に対して、河口全体の登録を主張する環境保護団体。ミョンジ大橋計画と類似した計画は日本にも少なくないし、干拓や埋立の阻止にも必ずしも成功していない場合も多い。ナクトンガンは、日本に飛来する鳥にとっても重要な干潟なので、その意味でも私たちにとって無関係ではない。

*   *   *

 4日間で韓国の北から南まで干拓・埋め立てが実行あるいは計画されている干潟を訪れて、そのいたるところで日本と韓国の干潟保護運動のつながりを感じた。シファ湖やセマングムでは、日本の干潟保護運動から学んだ「市民調査」が実施されて成果を上げていた。また、プサンでは歓迎会まで開いていただいたが、その他の地域でも歓迎を受けた。さらに、日本から干潟保護団体がやってくるというので、マスコミも同行して、辻さんが何度となくインタビューを受けていた。これらはすべて、この数年間、日韓干潟共同調査などを通じて日本と韓国の干潟保護運動が交流を重ねてきた成果ではないだろうか。その中で、さまざまなノウ・ハウの相互学習と蓄積がおこなわれ、さらに連帯感も育まれてきたにちがいない。
 今回の「韓国ウエットランドツアー」は、これまでの交流の積み重ねの上に立って、「NPO法人藤前干潟を守る会」と「日本湿地ネットワーク」によって初めてエコツアー事業として実施された。日本と韓国のあいだで、干潟保護運動の交流、共同調査というスタイルとともに、新たにNPOの事業としても干潟保護運動の交流に寄与できるとしたら、これほどすばらしいことはないと感じた。今回のエコツアーにおいて鳥を見つけて熱心に観察し、干潟に入り歓声を上げて喜んでいるメンバーの姿は、日本にも干潟を愛している多くの人間がいることを伝えて、さらなる日韓交流を深める第一歩になったのではないだろうか。

(JAWAN通信 No.78 2004年7月1日発行から転載)