諫早干拓農地リース事業・公金支出差し止め訴訟

堀 良一 日本湿地ネットワーク共同代表/弁護士

 諫早湾干拓農地のリース事業に対して、長崎県は公金を支出してはならない、という判決を求めて長崎地裁に提訴した公金支出差止訴訟が、9月10日に結審します。
 諫早湾干拓農地のリース事業というのは、干拓工事が終了し干拓農地が造成できても、現状では、農民を集める自信がないため、農民が干拓農地の購入代金に相当する受益者負担金を支払わなくてもいいようにしようとして考え出された、農水省と長崎県の苦肉の策です。
 具体的には、長崎県が全額を出資して設立した長崎県農業振興公社に受益者負担金を払わせて、干拓農地を全部一括して取得させ、それを10aあたり2万円で農民にリースするというものです。ところが公社は、ほとんど休眠状態で、もちろん50億を超える受益者負担金の支払い能力はありません。そこで、今年の3月の長崎県議会で発表されたスキームによれば、公社は農林公庫から約2%の金利で受益者負担金を借り入れます。返済は25年の均等年賦払いです。ところが、毎年のリース料収入はその金利分にしかなりません。そこで、公社から農林公庫への元本返済の原資を県が毎年貸し付けるというものです。
 ちょっと考えてもらえばすぐに分かりますが、これだと毎年農林公庫の残元本は減りますが、その減った分だけ県からの貸付金が増えますから、農林公庫と県の貸付残は、当初の50億を超える農林公庫からの貸付額と同額です。そして、25年後には農林公庫の返済は終了しますが、農林公庫から貸し付けた元本は、そっくり県の貸し付け元本に移行してしまいます。しかも、この時点でも、リース料収入は金利分にしかならないことに変わりはありません。そうすると、県は、その先、貸付金の元本回収の見通しがないことになります。
 こんな公金の貸付が地方自治法や地方財政法に違反することは明らかです。このことを指摘されると、次の裁判期日で、県は、突然、国と負担軽減策を協議していると言い出しました。調査したところ、協議しているという新しいスキームはとんでもないものでした。
 つまり、新しい国の制度融資を利用して、受益者負担額の6分の5について、無利子の融資を受け、農林公庫からの2%の利息のつく借入を6分の1に減らすというものです。
 わたしたちが調査結果を書面にまとめて裁判所に提出すると、県はあわてて、その翌日に知事の記者会見を開いて、弁解をしました。7月30日の期日では、新しいスキームは、ほぼわたしたちの想定どおりという、県の回答でした。
 確かに、6分の5が無利子になることによって、リース料収入の一部は元本支払いの原資に回せます。もちろん、元利金の全額をまかなうことはできませんから、やはり県からの貸付は行わなければなりません。
 この苦し紛れの新しいスキームも、荒唐無稽です。
 県の試算によると、25年後に公社から農林公庫などへの返済が終了した時点で、県の貸付残は約36億円です。これを26年目からリース料収入で公社が県に返済するというわけですが、75年かかるそうです。スキームの開始から県の回収が終わるスキームの終了まで、合計100年。21世紀が終わり22世紀になっています。
 いまから100年前の日本は日露戦争が終了した直後でした。この100年の間に2つの世界大戦があり、経済も政治も、科学技術も、人々の生活スタイルも100年前の人々には想像もつかないものになりました。同じように、わたしたちが22世紀の100年後を、現実味をもって想像することなど不可能です。
 そんな先に回収が終了するような貸付を、県が公金を使って行うことも、やはり、地方自治法や地方財政法に違反することは明らかです。
 しかも、6分の5の無利子の制度融資は、本来、諫干農地のリース事業に適用すると、制度の目的外流用となります。
 長崎県と農水省は、元本回収の見通しがないと指摘されて、あわてて国の制度融資の目的を逸脱した新スキームに乗り換えましたが、乗り換えた先は泥船だったというようなものです。
 攻勢的に進んでいるこの裁判で、原告県民が勝訴すれば、工事が終わっても、農民を集められないという状態が生まれる可能性があります。何のための干拓事業だったのか、ということを問い直すチャンスが生まれます。
 9月に結審すれば、年内の判決は十分に可能です。ご注目ください。

7月25〜27日に行われた諫早湾干拓地入植者説明会の会場前に掲げられた「営農反対」ののぼりとプラカード(写真:時津良治) 赤潮で全滅した諫早湾北部排水門外側のアサリ養殖場(9月2日/写真:時津良治)

(JAWAN通信 No.88 2007年9月15日発行から転載)


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