自然干潟と人工干潟で形作る
大阪湾の干潟の生物多様性

和田太一 NPO法人南港ウェットランドグループ

 瀬戸内海の東端に位置する大阪湾は、古くから干拓や埋め立てが進み、現在では全国で最も干潟が少ない海域とも言われています。埋立地ばかりの大阪湾には干潟などもう残っていないと思われている方も多いでしょう。しかし大阪湾周辺には干潟の研究者や愛好家が多いこともあり、干潟が最もよく調べられている海域でもあります。本稿では全国的にもあまり知られていないであろう現在の大阪湾の干潟を生物とともに紹介します。

1.西宮市周辺

 兵庫県西宮市の甲子園球場のすぐそばにある浜甲子園は、国設鳥獣保護区に指定されているシギ・チドリ類の飛来地として有名で、干潟にはアサリやイソガニ類も多産し、貝掘りや子供たちが身近な自然と親しむ場としても利用されています。浜甲子園の少し西側に位置する香櫨園浜にはスナガニ類が生息する砂泥質干潟と、大阪湾では他に見られないカキ礁があり、カキの隙間にはウネナシトマヤガイが多産しています。

2.淀川汽水域

 大阪湾に流入する最も大きな河川である淀川には、河口から矢倉海岸、海老江干潟、十三干潟、柴島干潟などの小さな干潟が点在しています。とくに淀川区十三干潟には淀川汽水域では最も広い干潟とヨシ原があります。背後に高層ビル群が立ち並ぶ大都会のど真ん中の干潟にはヤマトシジミやカワゴカイ類など汽水域を代表する生物が数多く生息しています。大阪湾では淀川汽水域にしか生息していない貴重な巻貝カワグチツボも多く見られます。ヨシ原にはカワザンショウガイやクロベンケイガニが多く、ウラギクやシオクグなどの貴重な塩生植物群落も見られます。そして希少なヒヌマイトトンボの生息地としても知られています。
 10年ほど前に淀川のヤマトシジミがテレビ報道されて有名になり、その後は干潮時に狭い干潟にシジミ採りの人間が絶えず立ち入る状態が続いていて、鳥たちが安心して採餌することができなくなりました。そんな中で2004年に福島区海老江と東淀川区柴島に実験干潟が造成され、現在はシギ・チドリ類やカモ類など多くの野鳥が観察されています。海老江ではハクセンシオマネキも定着してきています。

市民の憩いの場でもある浜甲子園の干潟 ヤマトシジミがたくさんいる十三干潟

3.南港野鳥園

 南港埋立地に造成された12.8haの人工干潟ですが、開園から20年以上が経ち、様々な保全活動が行われてきたこともあって、多種多様な野鳥や底生生物が生息できる環境が整ってきました。干潟の表層部にトンガリドロクダムシなどのヨコエビ類が豊富に生息していて、それを好む小型シギ・チドリ類は全国でも有数の数が飛来しています。普段は野鳥保護のために干潟への立ち入りが禁止されていることもあり、底質の撹乱に弱く全国的にも貴重なオオノガイが多く生息しています。

4.大阪湾南東部

 泉大津市から岬町にかけて、大津川河口、近木川河口、樫井川河口、男里川河口(表紙写真参照)、落合川河口などに小規模の自然干潟があり、シギ・チドリ類の飛来地となっています。貝塚市近木川河口には塩生植物イセウキヤガラの大阪湾で唯一の群生地があります。干潟にはハクセンシオマネキが多数生息し、隣接する二色浜ではウモレマメガニなどの貴重なカニ類の生息も確認されています。泉佐野市のりんくう公園内海は人工干潟ですが、他では見られないような非常に柔らかい砂地であり、大阪湾ではとても数の少ないコメツキガニが群棲している貴重な場所になっています。阪南市男里川河口はズグロカモメの定期的な飛来地になっているほか、ハクセンシオマネキの湾内最大の個体群が存在し、ヘナタリ、シオマネキ、ウモレベンケイガニ、トビハゼなど湾内ではほぼここでしか見られない希少種も生息しています。同市田山川河口は河口部に昔ながらの貴重な自然の土手が残っていて、ハマガニが多く生息しています。岬町落合川河口は小規模ですが非常に良好な干潟環境が保存されており、とくにホソウミニナ・ウミニナが多く生息している場所はここだけです。
 また、最近になって淡路島南東部にある由良湾と成ヶ島で貝類を中心とした市民調査が行われ、潮下帯の種も含めて455種もの多様な貝類相が報告されています。その中にはハイガイやイセシラガイの生貝など驚くべき種類も含まれています。

南港野鳥園展望塔から見た北池干潟 貴重な生物の宝庫である男里川河口

5.大阪湾全体で見る生物多様性とその保全

 現在の大阪湾には小さな干潟が点々としか残っていませんが、様々な生物の視点から見ると、どの干潟もちゃんとそれぞれ固有の生物相を持っていることがわかります。そして湾内のすべての干潟の生物相を併せれば他の海域にも劣らないぐらいの生物多様性があると言えるでしょう。生物多様性の保全とは、主な干潟さえ守ればよいのではなく、個々の小さな干潟をしっかり守っていかなければならないのです。
 干潟面積が極端に少ない大阪湾では、人間のオーバーユースによって干潟の生物たちの生息が脅かされている場所もあります。しかし逆に人工干潟が特有の底質や人の立ち入り制限などの要因から生物たちの貴重な生息地となっている例もあります。残された自然干潟のこれ以上の消失や環境悪化を防ぎながら、南港野鳥園や淀川の実験干潟の事例のように人工干潟での生物相の回復・補助をしていくことが大阪湾全体の生物多様性の保全につながっていくことでしょう。 最近ではウミニナやフトヘナタリ、ハクセンシオマネキなど全国でも減少している干潟の生物が、逆に大阪湾では個体数が増加し、分布も拡大傾向にあるという嬉しい話題もあります。自然干潟と人工干潟とで形作られた大阪湾の干潟の生物多様性が今後どうなっていくのかをこれからも見守り続けたいと思います。

(JAWAN通信 No.90 2008年3月25日発行から転載)


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