地球温暖化とスターン・レビュー

伊藤昌尚 日本湿地ネットワーク事務局長

スターン・レビュー

ニコラス・スターン博士
 2006年10月、ニコラス・スターン博士の「気候変動の経済学」が公表されました。
 スターン博士(元世界銀行上級副総裁、英国政府気候変動・開発における経済担当政府特別顧問)は英国政府の委託により経済学的な視点から気候変動が経済に与える影響を検証するとともに必要なコストを査定したものです。
 報告書は「気候変動は市場の失敗であり、経済学に対して類のない挑戦を迫っている」とし、「気候変動を無視すると、そのリスクは世界大戦や世界恐慌に匹敵する」と警告した上で、「気候変動に対する対策は、今すぐ実施したとしてもその効果が現れるまでには長い年月がかかり、40年から50年先の気候に関して限定的な効果を及ぼす。しかし、今後10年から20年間に適切な対策をとれば21世紀後半から22世紀には劇的な効果を及ぼす。強固な対策をとればそれだけ被害額を減らすことができ、対策コストが低く抑えられることができる」と述べています。
 言われて見れば、「治療より予防が大切」、「転ばぬ先の杖」といった私たちの日常の中で理解できることを報告しているのですが、気候変動は市場原理主義の失敗との認識は慧眼と思います。また地球的規模の深刻な危機をきちんと説明して、世界規模の対策の必要性を強調するこの報告書は説得力をもっていると思います。
 報告書では、温室化効果ガス濃度CO2換算値450ppmでの安定化は既に手に届かないものになっていること、今後10年から20年間に実施される緩和策が弱いとCO2換算値濃度550ppmの安定化すら難しくなること、対策を講じなかったリスクは、損失額がGDPの20%に達する可能性、温室効果ガスの排出量削減の対策を講じれば、年間コストは世界の年間GDPの1%程度で済む可能性、今すぐ行動に移り、低炭素社会に転換を図ることは実現可能であり、経済成長の継続と矛盾しないことを報告しています。
 地球温暖化への科学的分析はこれからも重要でしょう。それとともに私たちの日々の生活に結びつく経済的な視点も欠かせないでしょう。温暖化対策は食料や水、交通、住宅建設など幅広い日常の分野に影響を与え、環境だけでなく国際社会の変化、地域紛争の原因ともなり得ます。新聞、雑誌などの記事が「排出量取引」の仕組みに集中し、多くの紙面が割かれているのは当然のなりゆきと思います。

人類破局のシナリオ

 地球は青く輝く美しい星と誰もが感じています。衛星画像で見る地球は青がとても印象的です。その地球に温暖化による破局のシナリオがあります。
 人類がこのまま手を打たずにいると、地球上の水が蒸発し、星全体が変貌していく展開です。気温が6.4度上昇、海洋の温暖化により海洋の堆積物の下部に閉じこめられていたメタン・ハイドレートの放出が引き起こされ、海洋は酸素を失い、硫化水素を放出してオゾン層を破壊する。地球から青い水を消滅させるのです。地球のほとんどが砂漠化してしまい人類は局地に逃れるが、生存できる人間はわずかである。といったシナリオです。
 地球の40億年の歴史の中で、生物が絶滅の状態になったことが5回あったことが知られていますが、これらの絶滅は隕石の衝突、火山の噴火など自然現象が原因でした。しかし第6回目の危機である地球温暖化は、人間の生活が生み出した人為的な温室効果ガスが原因であることは疑問の余地がないことがはっきりしてきました。
 ある予測によると、21世紀半ばまでに海水面の上昇、大規模な洪水、厳しい干ばつによって2億人以上の移住が予想されるそうです。食料や水、住む場所を求める2億人の人が本当に穏やかに移住できるのでしょうか。民族大移動のように難民となって混乱が起き、移住拒否が起り、最悪の場合は戦争となるのが避けられない現実でしょう。このような悲惨な状態がわずか40年先、50年先に訪れるのは信じられないことです。

できることからやろう
「G8サミットNGOフォーラム」の活動

 気候変動が進行していけば、生物多様性は著しく影響を受けることも避けられないことです。わたしたちの生活は生物多様性によって支えられていて、食物も衣服、建築資材もほとんど自然界から恵みを受けています。
 現在わたしたちが直面している生物の絶滅減少は地質時代の平均的な絶滅速度に比べて100倍から1000倍の速度で進んでいると言われています。温暖化の原因が人為起源であるなら生物多様性の劣化も人為的なものと言えるでしょう。
 生物多様性の国際目標に「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に抑える」という2010年目標があります。しかし提案や計画は立ててあっても、自然界の生き物たちが暮らしやすい環境に好転しているとはとても思えないのです。ほとんど机上の議論になってはいないでしょうか。
 北海道洞爺湖の主要国首脳会議(G8サミット)に向けて、日本国内のNGOが持続可能な社会の実現をめざして、環境、平和、人権、世界の貧困問題をとりあげ、G8諸国に働きかけをする目的で、G8サミットNGOフォーラムを結成しています。
神戸環境相会合の様子(5月24日傍聴)
 打ち合わせに参加しますと、大学リーグなどの若い世代の参加が目につき、熱心な発言に刺激を受けています。また、頼もしさも感じます。フォーラムは、働きかけのためのポジション・ペーパーを作成し、5月24日神戸環境大臣会合対話などで発表しました。コメントでは「2007年G8で生物多様性が重要な課題に挙げられ、生命、経済の基盤であることが改めて認識された。人と自然の関係を地球レベルで総合的にとらえる第2期ミレニアム評価を推進し、科学的知見と予防原則のもと、自然の利用のあり方を見直し、生物多様性の保全・復元を加速させる必要がある。また気候変動対策にとって生物多様性の保全が不可欠であることを認識すべきである。G8諸国の責任とリーダーシップが問われている。」と提言しています。NGOからの主張を国際社会に届けようとしています。
 本来、環境の持続可能な利用とは将来の世代の必要と期待をみたしつつ、現在の世代を満足させることを意味していたはずです。しかし私たちは次の世代に健康な地球を手渡しできるのか心もとない状況です。日本政府は、地球温暖化に向き合う中期目標や長期目標を私たちや国際社会に示すことに成功していないようです。しかし地球温暖化は待っていてはくれないのですから、政府や経済界の責任を求めるとともに、私たちは今やれることからやっていかねばならないことも確かなことと思います。

(JAWAN通信 No.91 2008年7月1日発行から転載)


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