沖縄・石西礁湖のサンゴ礁とその保全

木村 匡 (財)自然環境研究センター上席研究員

 石西礁湖(せきせいしょうこ)とは、石垣島と西表島の間に広がる、日本最大のサンゴ礁です。石垣島の「石」と西表島の「西」という文字を取って名づけられました。マンタや美しいサンゴ礁が広がる日本有数のダイビングスポットとして有名で、毎年ダイビング雑誌の人気投票では上位にランキングされています。
 この石西礁湖は重要な観光資源として利用されている一方で、オニヒトデの大発生や高水温による白化現象、陸からの赤土の流出や浚渫による海水の濁りなど、さまざまな要因によって大きな危機に瀕しています。
 ここでは、石西礁湖の現状を紹介するとともに、サンゴ礁を保全することについて考えてみたいと思います。

『石』垣島と『西』表島にはさまれた『石西』礁湖

 最近では良く知られているように、サンゴ礁とは主に造礁サンゴ類(以後、単に「サンゴ」と呼びます)や石灰質を生成する海藻類などが数千年単位で堆積した結果できる地形です。熱帯から亜熱帯にかけた海域に分布し、日本では小笠原周辺とトカラ列島以南に主に見られます。
 石西礁湖とは、石垣と西表島の間にサンゴ礁が作り出す、水深30m以浅の浅い海域です。沖縄の他の海域の多くのサンゴ礁が島の周りを取り囲むように発達し、その幅はせいぜい数百mから数kmほどなのに対し、この石西礁湖は東西約30km、南北約20kmの広大な面積を有し、その中に竹富島、小浜島、黒島、新城島が点在しています。世界最大のサンゴ礁として有名なオーストラリアのグレートバリアリーフ(日本語では『大堡礁』)の小型版といった地形で、『準堡礁』と呼ばれます。しかし、この石西礁湖周辺の海域は、世界のサンゴの種多様性の中心と言われるフィリピンとインドネシア及びソロモン諸島で囲まれた海域、いわゆる「コーラル・トライアングル」とは黒潮によってつながっており、高緯度に位置するサンゴ礁としてはサンゴの種多様性が非常に高く、周辺には360種以上が分布するとされています。
 天然記念物のイリオモテヤマネコで有名な西表島は、環境省の国立公園に指定されています。隣接する石西礁湖も普通地域というカテゴリーに当てはめられ、サンゴが作り出す美しい海中景観を保護するために、4つの海中公園地区が設置されています。1973年にはその海中公園の管理のために、(財)海中公園センターの八重山海中公園研究所が黒島に設立され、1983年にはサンゴのモニタリングが開始されました。
  • *八重山海中公園研究所は、2002年3月の財団法人海中公園センター解散に伴い、業務を終了しましたが、石西礁湖のモニタリングは環境省が引き継ぎ、現在も重要生態系監視地域モニタリング推進事業(モニタリングサイト1000事業)のサンゴ礁モニタリングとして継続されています。

石西礁湖のサンゴ礁の変遷

ホワイトシンドロームで半分死亡した卓状サンゴ群体(新城島周辺)
 このモニタリングは、開始以来20年を超えた現在も継続されており、日本で最も長期にわたるサンゴ礁モニタリングです。方法は、15分間のシュノーケリングの間に、サンゴの被度とオニヒトデや白化の状況などを記録する簡単なもの(スポットチェック法と呼んでいます)ですが、調査側線やコドラートを設置する方法より、広い範囲を短時間で調査できるため、サンゴの生育状況を大まかに把握するのに大変役立つ手法です。
 これまでの調査結果から、1980年代に大発生したオニヒトデによる被害のため、1990年頃までサンゴ被度は15%前後の低い値となっています。10年ほどは被度の低い状態が続きましたが、1990年代前半には35〜40%まで回復しています。その後、1998年に世界的な規模で起こった高水温の影響を受けて被度は一旦下がりますが、再び回復が進み、2003年には被度45%に達するほどになります。しかし、2000年ごろから増加し始めたオニヒトデは大発生の兆候を示しており、2007年には高水温による大規模な白化現象も起こってサンゴ被度が大きく減少しました。

深2mほどの礁原部では、ほとんどの群体が白化で白く、あるいは色が薄くなっている(嘉弥真島北) 白化したサンゴ群体の間は、底質が海藻類に覆われて黒っぽく見える(新城島上地)

サンゴ礁の保全

 サンゴ礁の保全ということでは最近、移植がブームになっています。苗に見立てたサンゴの断片を海底や岩盤などに固定し、新たな群集に成長するのを見守るという、いわば海の中の植林です。
 しかし、石西礁湖でサンゴを脅かす最も大きな要因は、オニヒトデや高水温、サンゴの病気などによる大量死や、赤土流出や浚渫に起因する海水の濁りによる生育環境の悪化です。オニヒトデや高水温を人間の手でコントロールすることは難しく、またこれらに対してはいくらサンゴを植えても根本的な解決にはなりません。
 では、一体何をすればサンゴをまもれるか?オニヒトデの大発生や高水温、また台風など一時的にサンゴを大量に破壊するようなイベントに対しては、それ自体を止めることは難しい。そこで、その後の回復がうまくすすむよう、生育環境を整えておくことが重要になります。石西礁湖の例を見ると、オニヒトデによって壊滅的な破壊を受けた後、10年から20年をかけてほぼ良好な状態に戻っています。このことは、サンゴが大量に死亡したとしても、時間をかければ回復できるポテンシャルがあることを示しています。このポテンシャルを最大限に引き出せるようにするのが、生育環境を整え、健全に維持することです。
 昔の石西礁湖は『魚湧く豊かな海』であり、『足の踏み場もないぐらいにサンゴがあった』と言われていました。それがいまや、大きな減少の危機に瀕しています。その原因の一つは、周辺の人口が増え、生活様式が変化したために排水や赤土などの大きな負荷が海にかかるようになったことだと考えられます。昔のように豊かな海を取り戻すためには、その負荷を昔のレベルにまで下げなければなりませんが、現在の生活を捨てて、全く昔と同じ生活スタイルに戻ることは現実的には難しい。そこで、少しでも負荷を軽減するための様々な工夫、試みが必要になります。
 昔と今の航空写真を比較すると、圧倒的に緑の量が違うことに気付きます。人口の増加に伴って森や山が削られ、畑や住宅になったためでしょう。また、海岸線付近でも昔ながらの自然の砂浜や海浜植物が減り、人工の護岸や港が増えていることが伺えます。海の中を昔に戻すことはなかなか実感できませんが、われわれの生活の場である陸上の環境ならば目にする機会も多く、その変化は分かりやすい。例えば、緑を少しでも増やして陸上の環境を昔の状態に近づけ、海にかかる負荷を減らすことが出来れば、海の環境も少しずつその健康を取り戻します。身近な自然を見つめることをきっかけに、川や池、森や山など少しずつ視野を広げ、それらの環境を回復させることを考え、行動することができなければ、海の環境まで保全することは難しいでしょう

(JAWAN通信 No.91 2008年7月1日発行から転載)


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