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谷津干潟を次代に継ぐために

〜シギ・チドリが伝えてくれること〜

 芝原 達也
(アーバンネイチャーマネジメントサービス有限責任事業組合 略称UMS)         

谷津干潟観察センター
谷津干潟観察センター
 

谷津干潟─都会のなかの自然

 谷津干潟は、東京湾最奥部の千葉県習志野市にある面積約41ヘクタールの干潟です。干潟の周囲は埋立地で、住宅と高速道路に囲まれており、2本の水路で東京湾と結ばれています。ハマシギを中心に数千羽が飛来する、国内有数のシギ・チドリの渡来地です。
干潟に面して立つ谷津干潟自然観察センターは1994年に開設され、現在は指定管理者のUMSが運営しています。年間約4万人の来館者があり、水鳥観察や環境学習の拠点となっています。現在は指定管理者がレンジャーを5名配置しています。
 谷津干潟は1993年の釧路での締約国会議で、国内の干潟で最初のラムサール条約登録地となりました。谷津干潟が保護されるきっかけをつくったのは1971年に周囲の干潟の埋め立ての開始と同時に立ち上がった市民運動です。運動が実を結んだのは17年後の1988年のことで、周囲の干潟は埋め立てられましたが、谷津干潟は国設鳥獣保護区に指定されました。
 「あと10年でシギ・チドリは危ないかもしれない……」
 前チーフレンジャーの鈴木弘之さんの一言から、まず現状把握をということでシギ・チドリの観察記録の分析作業が始まりました。一緒に取り組んだのは私と鈴木さん、当時谷津干潟のレンジャーだった小山文子さんです。
 分析の対象は、1997年から2007年までの観察センターの全開館日(約3,500日分)にスタッフやボランティアが確認したシギ・チドリ類の観察記録と、任意に計数した個体数の記録です。ここでは、紙面が限られるのでメダイチドリを例に分析の一部をご紹介します。
 図1と図2は、観察頻度と個体数の月毎の平均値をそれぞれ10年間の前半5年(前期)と後半5年(後期)で比較したものです。
図1

図2

 まず観察頻度ですが、前期の4月は70%を越える程度であるのに対し後期はほぼ100%です(図1)。一方、個体数では、前期の4月は100羽程度ですが、後期は200羽ほどに増加しています(図2)。4月と5月を連続して見ると、前期は4月より5月の個体数が多く、後期は反対に4月のほうが5月よりも多くなっています(7〜10月の秋期については省略)。このことから最近の5年間とそれ以前とは傾向が異なることが分ります。
 図3は、メダイチドリの春期の初認日(渡来期の最初に観察した日)を年ごとに示しました。1997年は特異的ですが、1998年以降は4月初旬から3月下旬へと到着が早まっているようです。
 以上をまとめると、最近のメダイチドリの春の渡りの時期が早まっている可能性があります。同じ傾向はコチドリとキョウジョシギにもありました。
 この他、詳細をご紹介できませんが、連続して観察された期間を連続出現期間とし、その期間の最初の日と最後の日の経年変化についても分析しました。観察頻度の分析とあわせて総合すると、春の渡りの出発が早まるもの4種、秋の渡りの到着が遅くなるもの6種、秋の出発が早まるもの6種と、他にも傾向があることがわかりました。もちろん全ての鳥で同じ傾向があるのではなく、安定している場合や傾向が認められない種もありました。 

背景にあるもの

 さて、以上の変化の要因は何でしょうか。近年、谷津干潟ではアオサの繁茂や腐敗、東京湾の青潮の発生、泥分の減少などが水鳥の餌となる底生生物や魚類に与える影響が懸念されています。しかし、今回のメダイチドリの例は、谷津干潟の何かが渡りの到着を早めていると考えるより、越冬地や谷津干潟に至るまでの過程に要因があると考えられないでしょうか。とは言え長距離を移動するシギ・チドリの渡りの変化の要因を掴むことは困難です。ただ、欧米の研究では、野鳥が地球温暖化の影響を受け春期の生活史が早まること、シギ・チドリが温暖化の指標となることが指摘されており、谷津干潟のシギ・チドリにもあてはまるのかもしれません。
 今後は、環境省による谷津干潟のシギ・チドリの個体数調査のデータ等と突き合わせて分析の確度を高め、シギ・チドリの渡りや個体数の変化をもたらす要因を探っていきたいと考えています。
 図3

今後の観察センターの役割

 日本の他の干潟に目を向けると、開発や埋め立てが進んでいるところもあります。幸い保護されている谷津干潟ですが、環境も水鳥の動向も変化しているようです。
 保全していくには干潟や水鳥を監視し、収集したデータを分析することが重要だと考えます。また、その結果は市民の皆さんにわかりやすく伝え、谷津干潟に限らず他の干潟や世界の湿地の保全に関心をもっていただけるように努めていきたいと思います。

(JAWAN通信 No.93 2009年5月30日発行から転載)

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