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< 勝訴判決 >

「泡瀬干潟埋立公金支出差止等請求控訴事件」

〜生物多様性の宝庫 泡瀬干潟を守るため〜

御子柴 慎 (長良川法律事務所・弁護士)

(1)泡瀬干潟は、沖縄市の東海岸に広がる、琉球列島の中で現存する干潟としては最大の約 290ヘクタールという広大な面積を誇る、豊かな植生、貴重な生物たちの宝庫となっている干潟です。
 この泡瀬干潟で現在進められている埋立事業に関し、2009年 10月 15日、福岡高裁那覇支部は、住民勝訴の一審判決をほぼそのまま維持し、沖縄県知事及び沖縄市長に対し、地方自治法 2条 14項及び地方財政法 4条 1項違反を理由として、調査費及びこれに伴う人件費を除く一切の公金の支出等をしてはならない(但し、判決確定時までに支払義務が生じたものについては除く)とする極めて画期的な判決を言い渡しました。

(2)泡瀬干潟において進められてきた開発事業とは、公有水面埋立免許・承認当時の計画によると、国と沖縄県が事業主体となって、泡瀬干潟と周辺海域約 187ヘクタールを出島方式によって埋め立て、国の埋立部分については沖縄県に売却し、さらに沖縄県から沖縄市に約 90ヘクタールを売却し、基盤整備の上バブル経済時に端を発した一大リゾート地を形成しようとする時代錯誤も甚だしいものとなっています。
 貴重な自然を守るため、2005年 5月、公金支出の差止を求め住民訴訟の形で提訴したのが本件訴訟です。

締め切られた第一区域
傷ついた泡瀬干潟、閉め切られた第一区域

ミナミコメツキガニ
住宅街のすぐそばにミナミコメツキガニの大集団

(3)訴訟提起後、住民運動の高まりから、2006年 4月に実施された沖縄市長選において、「検討委員会を立ち上げ事業の是非を再検討する」ことを公約とする東門美津子氏が事業推進派の対立候補を破り当選し、東部海浜開発事業検討会議(注:沖縄市では泡瀬干潟埋立事業のことを東部海浜開発計画と称しています。)が立ち上げられました。
 さらに、一審の審理が終盤にさしかかっていた 2007年 12月 5日、東門市長は、同検討会議の意見などを踏まえ、結論として大要①「第一区域については、工事の進捗状況からみて、今後の社会経済状況を見据えた土地利用計画の見直しを前提に推進せざるを得ない」②「事業着手前である第二区域については、推進は困難、具体的な計画の見直しが必要」との考えを表明するに至りました。

 結果、沖縄市のために国と県が埋立をしているという図式の埋立事業において、当の沖縄市の首長が土地利用計画の全面見直し(埋立区域の半分についてはそもそも埋立自体を撤回)を表明したにもかかわらず、その見直された方針に基づき新たな土地利用計画が策定されるまでの間、工事を止めるわけでもなく漫然と貴重な泡瀬干潟及びその周辺海域の埋立工事が進んでいくという、誰が考えてもおかしな状況が生まれることとなりました。

(4) 2008年 11月 19日に言い渡された住民勝訴の一審判決は、このような誰が考えてもおかしな状況について、それはおかしいでしょというメッセージを司法が示してくれたものでした。

 ところが、沖縄県及び沖縄市は一審の判決を不服として控訴をし、さらに国、県は、判決が確定していないことを理由に工事をそのまま続行するという暴挙に出たのです。控訴審では、県、市に時間稼ぎをされ、形だけの新たな土地利用計画の策定とそのような計画に形だけのお墨付きを与える御用学者等の意見書などが証拠として提出されてしまうと、行政の広範な裁量論の前に、一審の画期的な判断を維持することは難しいとの判断もあり、とにかく新たな土地利用計画を策定されるまえに高裁の判断を示してもらうことに力点を置き、速やかな審理を目指しました。
 幸い高裁裁判官がこの速やかな審理に理解を示してくれ、わずか 3回の弁論期日が開かれただけで平成 21年 10月 15日のスピード判決を実現し、住民側の作戦どおり、沖縄市の新たな土地利用計画の策定は間に合わず、一審の判断をほぼそのまま維持する内容の判決を勝ち取ることができました。

第一区域の中のサンゴ(スギノキミドリイシ)
第一区域内のサンゴ(スギノキミドリイシ)

(5)従来型の司法の判断の枠組みからすると、免許・承認時点までの事情をもとに免許・承認自体が違法といえなければ、その後の事情の変化、過大な需要予測と現実との著しい乖離等をいくら主張しても全く考慮してもらえないまま住民敗訴となるのが常でした。 そのような中、免許・承認当時の判断が違法とまではいえなくとも、その後の事情の変化により経済的合理性を認めることができない場合には、費用対効果の観点からそれ以降の事業に対する支出は違法となるという判断の枠組みを示したという意味で一審判決は非常に意義のあるものでした。さらに、本判決は、一審判決の判断の枠組みを高裁レベルでも維持したということで、同種訴訟にとっても非常に意義のある重要な判決だと思われます。

 沖縄県も沖縄市も、高裁レベルでの判断という重みを踏まえ上告については断念をしました。ところが、沖縄県も沖縄市も、計画見直しのための調査費及び人件費について差し止めの対象外とされたことを契機として、高裁が示した、沖縄市が現在策定を進めている新たな土地利用計画についての批判を考慮することもなく、早くも、漫然とこれまでどおりのスケジュールに従って見直し作業を進め、新たに策定されるであろう土地利用計画に基づく事業の推進の意向を示しています。
 豊かな植生、貴重な生物たちの宝庫であった泡瀬干潟には、既に強引に進められてきた工事によるものと思われる悪影響があちこちに出てきています。かけがえのない貴重な泡瀬干潟が有する価値を正当に評価した場合、現在沖縄市が策定を進めているような土地利用計画では、これを上回るような価値(経済的利益)を生むことはおよそ不可能です。
 折しも 2010年には、名古屋市で、わが国が議長国となり生物多様性条約第 10回締約国会議が開催されることとなっています。議長国の名に恥じぬよう、生物多様性の宝庫である泡瀬干潟を守るため、公共事業見直し方針を掲げている現政権のもとで本件事業の全面的中止を実現すべく、国内外からの更なる要請、運動の高まりが強く期待されるところです。

<写真提供:泡瀬干潟を守る連絡会> 
(JAWAN通信 No.95 2009年12月10日発行から転載)

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