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山から海まで

社会の仕組みを変えよう

辻 淳夫       
(伊勢・三河湾流域ネットワーク共同代表)

 このままではいけない! 多くの人びとの思いが、民主鳩山政権を誕生させた。
 力あるものが、保身と利益誘導に動かしてきた政治を、根底から変える機会がやってきた。
 「公共事業」という名の暴力が、もっとも公共的なものである自然環境をこわしてきた。新政権は全国のダム事業を凍結し、見直しに着手したが、見えてきたのは、ダム問題で長年翻弄された人びとの疲労感と、工事で落ちる金を頼りに自立心を失った地域の姿だった。市場経済社会の中で、都市に若者をみ、海に排水している流域都市の住民が、そ の感謝を形にしてお返しする方法を含めて、水と食料を産み出す持続的な生産基盤と、自律的な地域経済を再興させる仕組みを考えよう。

090809石ころツアー豊川
川の石ころコロコロツアー in豊川
 
 この夏、伊勢・三河湾流域ネットワークで「川の石ころ コロコロツアー」を企画した。鮎釣りの名所寒狭川(かんさがわ)で、川の石ころを見るちょっと風変りなバスツアーに 40名、案内人には設楽(したら)ダム問題でがんばるネット仲間の市野和夫さん、「川の石ころレフェリー」として、矢作川の漁協組合長、新見幾男さんにも同行してもらった。

 新見さんは、既に 7つのダムや堰を持つ矢作川で、「環境漁協宣言」(2007年)を出し、最上流部の上矢作ダム建設に反対してきた方だ。6月の伊勢・三河湾流域ネットワーク総会で、「これまで、自分の川のことは自分でやる他ないと思っていた。しかし、昨年秋の落ちアユがとても少なかったのに、この春、意外にも多くのアユが登ってきた。また遺伝子調査では、天竜川から木曽川水系まで同じと知って、近隣の川のことも考える必要があると悟った」と話された。

 寒狭川は豊川の最上流部で、豊川河口には日本一アサリの稚貝が生まれる六条潟があって、瀕死の三河湾漁業を辛うじて支えている。寒狭川に計画される設楽ダムは、溜めた水の6割を「環境保全用水」としてそのまま川に流すというムダなダムの典型だが、ダムが止めるのは水だけではない。干潟に供給される土砂も止めてしまう。もっと困ることは、ダムを造るとその下流は石ころが供給されずに岩盤がむき出し、魚の住める川ではなくなると、流域再生活動調査の折、市野さんから聞かされた。アユやアマゴが、どんな石ころのある川で生きているのかを見たくなり、川のプロである新見さんに、寒狭川を一緒に見に行ってと頼んで実現した企画だった。

寒狭川の清流0604
寒狭川の清流で遊ぶ

 NGOのベテランから家族連れの子どもたちまで、みんなで冷たい清流に入って、初めて箱メガネでアユやカワムツなどが泳ぐのを見て大はしゃぎした。昼食にはアユの塩焼きをいただいた後、地元の釣り師に川自慢を聴いたり、「川の石ころ」レフェリー新見さんに、寒狭川を見ての感想をうかがった。

 「土台のしっかりした素晴らしい川だが、底の石が光っていない(苔が食べられてない)、海からの登りアユがおらず、今ひとつ元気がない(途中の堰で止められて登りアユがこないので養殖アユを放流している)今は、アユが登れる魚道ができるようになったので、ぜひ魚道をつくってほしい。魚が多いことが人びとのエネルギーとなって、川が守られる」と、(豊川の川漁師さんに向けての?)エールを送られた。
 いろんな話が出た後、小学 1年生のもかちゃんが、「魚がいっぱいいる川を壊して、ダムは何のためにつくるのですか?」と真っすぐに問いかけたのには感動した。
 「設楽ダムの建設中止を求める会」代表の市野さんが、「他の人はまた別のことを言うかもしれないけど、私は全くいらないダムだと思います」と、丁寧に答えられた。
 もかちゃんが、「いらないダムをつくって魚たちが困ることをなぜするのですか?」と、 さらに尋ねたら、私たち大人は何と答えられただろう?
 前からの計画だから、予算がついたから、他に仕事がないからと、ホントは良くない、したくないと思っても、しなければならない仕事のように見せかけて、自然を壊す仕事を、その仕事でお金を得るためだけに続けてきたのだから。
 公共事業なら、いくらでも金を使えるかのような(国土交通省が国家予算の半分以上?)実態を許してきた社会が、ムダと知りつつ、止めると倒れる「自転車操業」を続けさせた。自然を壊し、地域の資源と活力を吸い取ってきた結果が、途方もなく増え続ける国の借金(国民が貯蓄して貸した)とつながることに、気付かなかった私たちの責任も重い。
 折しも「生物多様性COP10」、一般の認知度が低いと言われるが、日本政府にも、企業、市民、NGO、そして報道にも、問題の本質が捉えられていないようで心配だ。
 地球の生命にとって、多様性の減少(絶滅危惧種の増大)も重要な指標だが、トンボやメダカなど、どこにもいた普通種が激減し、旬には当たり前に食べられたおいしいアサリが、貧酸素による青潮で毎年全滅することの方が、食糧危機、生存の危機だと分かりやすい。

 ラムサール条約が定義した「湿地」は、「山から海までの水でつながる生態系」であり、その「ワイズユース」(持続的な利用)を求めているが、機械力を手にした私たち人間は、その奢りと浅知恵で、水でつながる生態系をズタズタにしてきた。
 今こそ、山から海までの流域全体を包含する私たちの生存基盤を生命流域(Bioregion)と捉え直し、かつての、ゆたかな「山の幸」、「里の幸」、の流域内自給を取り戻し、「海の幸」自律的、持続的に生きて行ける社会をめざすことを提唱したい。
 JAWANも加盟している生物多様性条約市民ネットワークに「生命流域部会」を設立した。また詳しく紹介して、その理念を広め、一緒にやっていただきたいと考えている。

(JAWAN通信 No.95 2009年12月10日発行から転載)

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