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八ッ場ダムの中止を実現するために

嶋津 暉之
(水源開発問題全国連絡会共同代表)

 前原誠司国土交通大臣は昨年9 月17 日の就任早々、八ッ場ダムと川辺川ダムの中止を言明した。そして、全国で工事中または計画段階にあるダム事業のすべてについて事業継続が妥当かどうかの見直しを行う考えも表明した。必要性が希薄となり、建設すれば、子孫にとって大きな負の遺産となる八ッ場ダムと川辺川ダムの中止、全ダム事業の見直しを表明した前原大臣の英断に拍手を送りたい。

 全国ではいまだに数多くのダム建設が続けられている。それらのダム建設に対して、多くのところで反対運動が展開されている。かつてダムは水不足を解消し、洪水の氾濫を防ぐために必要なものとされていたが、今は時代が変わり、その必要性が疑問視され、自然に大きなダメージを与えるものとして建設反対の声が大きく広がるようになった。その象徴が西の川辺川ダムと東の八ッ場ダムである。
 八ッ場ダムとは、国土交通省が利根川の支流・吾妻川の中流部(群馬県長野原町)に建設する総貯水容量1億750 万m3 のダムである。利根川の洪水調節と首都圏の水道用水・工業用水の開発を目的とする多目的ダムである。ダム予定地には関東の耶馬溪とされる吾妻渓谷と、源頼朝が見つけたという言い伝えがある名湯、川原湯温泉がある。
 
 前原大臣の「八ッ場ダム中止」の言明に対して、「八ッ場ダムを中止するな!」と、関係6都県知事とダム予定地から強い反発の声が上がっている。昨年10 月19 日には6都県知事がダム予定地を視察して、中止撤回を求める共同声明を発表した。しかし、八ッ場ダム中止への知事たちの凄まじい反発は、何としても八ッ場ダム事業を推進しようとする河川官僚とダム工事関連会社とその周辺の議員たちが演出している面が強く、中止反対の理由は事実に基づくものではないから、前原大臣が八ッ場ダム中止の科学的な根拠を明確に示せば、知事たちは反対の姿勢を続けることが困難になるに違いない。
 
 利水に関しては、首都圏の水道用水は1990 年代後半からほぼ減少の一途を辿るようになっている。これは節水型機器の普及などによって一人当たり給水量が減少してきたことによるものであるが、近い将来に首都圏の人口も漸減していくようになるし、また、節水型機器は今後とも普及していくから、水道用水の減少傾向は今後も続くことは確実である。
 一方で、利根川・荒川水系で数多くのダム建設等の水源開発が行われてきた結果、各都県とも大量の余裕水源を抱えており、水余りの状況を呈している。今後は水需要の一層の減少で、水余りの状況がますます顕著になっていくから、八ッ場ダム等の新たな水源開発が必要であるはずがない。
 
 治水に関しては、八ッ場ダムの治水効果は小さなものである。利根川の河道は長年の河川改修により、余裕を持って大きな洪水を流せるようになっており、八ッ場ダムのわずかな治水効果は利根川の治水対策上、意味を持たなくなっている。6都県知事の共同声明の中で、「最近の大きな洪水で利根川中流部の堤防から漏水が発生しているので、八ッ場ダムが必要だ」というものであるが、八ッ場ダムによるわずかな水位低減はその漏水防止対策には全くならない。堤防の漏水は堤防の強化でしか防げないものであって、八ッ場ダムにその対策を求めるのは筋違いであり、知事たちがそのように非科学的な要求をするのは都県民の安全を守ることを真剣に考えていないことの証左である。
 
 八ッ場ダムの問題はそれだけではない。かけがえのない自然を喪失させ、地すべり等の災害誘発の危険性をつくり出し、さらに国民に巨額の費用を負担させつつあるダムである。このダムの建設は子孫に巨大な負の遺産を残すことになるからこそ、首都圏では八ッ場ダムの反対運動を大きなうねりとなって広がってダム中止が政治的な課題にもなってきた。前原大臣の中止言明は反対運動の成果の現れといってよい。
 
 一方、中止言明に対するダム予定地からの強い反発には理由がある。ダム予定地では代替地への移転、補償金など、ダムを前提として生活設計を立てている人たちが少なからずいて、ダムの中止はその人たちの生活設計を白紙に戻し、苦境に追い込んでしまう。今年1 月24 日の現地での前原大臣との意見交換会でも住民代表のほとんどはダムの建設を求めた。しかし、これはダム推進側が演出した面が強く、一般の地元住民はダム建設よりも生活の再建、地域の再生を求めているとされている。
 
 ダム予定地は代替地の造成の大幅な遅れと高額の分譲価格により、外への移転が相次いで、人口が激減し、活性が大きく失われてきている。国と県は、八ッ場ダム湖を観光資源としてダム予定地周辺を一大リゾート地にする地域振興構想を示しているが、その構想は絵空事にすぎない。ダム湖周辺が観光地として賑わいを見せているところは皆無である。しかも、八ッ場ダム湖は夏期に水位が大きく低下し、また、水質の悪化が予想されるから、特に条件が悪い。ダム中止後はそのような絵空事ではなく、吾妻渓谷などの自然を観光資源として活かして着実に地域を再生する道筋を考えなければならない。
 
 ダム予定地は長年多大な不利益を受けてきている。長年、ダム事業の犠牲となってきた人々の真の生活再建・地域再生を実現するためには、ダム計画中止後に、ダム予定地の生活再建の推進を可能にする法律の制定が急務である。この法律に基づき、地域を再生させるための様々な取り組みがなされていかなければならない。それは、不要なダム計画の推進で地元を半世紀以上も苦しめてきた国と群馬県、さらに、ダム計画を後押ししてきた下流都県の責任の下に行われるべきものである。
 前原大臣が言明した八ッ場ダム中止を実現するためには、法律の制定も含め、真の生活再建・地域再生を実現する具体的なプランの提示が必要不可欠である。

妻渓谷( 6月)
吾妻渓谷( 6月)

(JAWAN通信 No.96 2010年3月15日発行から転載)

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