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「生物多様性国家戦略」

2012ー2020を評価する

草刈秀紀 市民がつくる政策調査会理事)

はじめに

 2012 年9 月13 日、平成24 年度・中央環境審議会・第2回自然環境・野生生物合同部会が開かれ「生物多様性国家戦略2012 −2020」の答申案がまとまった。
 今回策定された「生物多様性国家戦略2012 − 2020」の目的は、1)2010 年10月に世界合意となった愛知目標の達成に向けた日本のロードマップを示すこと、2)2011 年3月に発生した東日本大震災を踏まえた今後の自然共生社会のあり方を示すことの二つである。
 策定された国家戦略を一言で評価すると環境省の限界を示したと言える。以下、国家戦略の変遷、国家戦略の構成、愛知目標の達成に向けた問題点等について評価する。

国家戦略の変遷

 今回の「生物多様性国家戦略2012 −2020」は、第5次の国家戦略である。
 これまでの変遷は、次の通りである。
以下、名称と策定年度。生物多様性国家戦略(1996 年)、新・生物多様性国家戦略(2002 年)、第3次生物多様性国家戦略(2008 年)、生物多様性国家戦略2010(2010 年)、生物多様性国家戦略2012− 2020(2012 年)。
 96 年策定の国家戦略は、各省庁からの原稿を集めて束ねてホッチギスで止めただけの「ホッチギス戦略」と例えられていた。
2002 年の戦略は、各省庁から出された項目を系統毎に整理しまとめ上げられた。この時、日本の生物多様性の全体像が明確にされたと言える。2008 年の戦略は、第1 部を戦略、第2部を行動計画として、特に行動計画では「現状と課題」、「具体的施策」が記述され各省庁がどのような施策を展開してゆくのか分かりやすくなった。また、若干ではあるが、環境省における数値目標も示された。
 96 年から2008 年までは、法的な根拠のない戦略であったが、その後、2008 年に生物多様性基本法が制定されたため2010 年に策定された国家戦略は、日本で始めての法定計画としての国の戦略となった。今回まとまった「生物多様性国家戦略2012 −2020」も基本法に基づく法定計画である。
「法定計画」とは、法律に定められた計画であり、実行に責任を伴うが、基本法は、理念法であり、種の保存法や外来生物法などの個別法とは異なり罰則規定はない。しかし、政府は、基本法に基づき毎年、白書を作ることになっている。白書とは、政府の施策についての現状分析と事後報告を中心とした公表資料である。
 2010 年の国家戦略は、1)生物多様性条約第10 回締約国会議に向けて、基本法に基づく国家戦略とすること、2)生物多様性に関する国際的な目標の動向と2010 年以降の新たな世界目標( ポスト2010 年目標) の設定に対する日本の提案を示すことであった。
 今回の「生物多様性国家戦略2012 −2020」の特徴は、2020 年までの計画であることだ。日本は、他の国々と異なり、5年間の計画として、その都度、見直しを行ってきた。今回は、2020 年までの愛知目標であり、世界各国も20 年までの計画を示しているために計画期間を合わせた。今後、2020年までに改定がされないことはなく、愛知目標の中間評価が2014 年に行われる為、政府は、中間見直しも視野に入れている。


1996年
2002年

2008年
2010年


「生物多様性国家戦略2012 − 2020」

 2008 年の戦略以降、第1部を戦略、第2部を行動計画として、策定されたが、今回策定された国家戦略は、愛知目標の達成に向けた日本のロードマップを示すことになった為、3部構成となった。
 つまり、第1部「戦略」、第2部「愛知目標の達成に向けたロードマップ」、第3部「行動計画」という形式となった。しかしながら全体のボリュームを見ると全体で252ページの内、第1部102 ページ、第2部13ページ、第3部137 ページとなっており、最も重要な「愛知目標の達成に向けたロードマップ」は、わずか13 ページ程度であり、具体的な数値目標の記述はされていない。
 愛知目標を達成するための日本のロードマップが貧素であり、骨太の方針とは言いがたく、病気の病名で言えば「骨粗鬆症」と言える。

和暦、西暦の問題点

 前号の国家戦略までは、和暦と西暦が併記されてあり、分かりやすかったが、今回の国家戦略では、解読が面倒である。第1部と第2部は、西暦表記されているが、第3部だけ和暦表記であり、現状と目標などを知る場合、または、戦略とロードマップの整合性を第3部で確認する場合、西暦に直す必要がある。
 現代の国家戦略としては、分かりづらく、使いづらいものとなった。

愛知目標の達成に向けたロードマップ

政府によると、第2部のロードマップは、日本のロードマップであり、各省庁が合意したものを上げていると言う。
わずか13 ページの内容について評価は、次の通りである。
1)20 の愛知目標毎に記述されていない為、比較が難しい。
2)20 の愛知目標毎に日本の現状評価がされておらず、第1 部、第2部の参照が必要であり、分かりにくい。
3)指標として「関連指標群」が明記されているが、具体的な現状と数値目標は、第3部から導く必要があり、和暦から西暦への変換が必要である。
4)愛知目標3に関する記述は、現状認識も甚だしいと言える。
5)最も重要な生物多様性の主流化に関する戦略が読み取れない。
6)生物多様性の保全や持続可能な利用に関する法制度の整理はされているが、法改正の道筋は示されていない。

行動計画の問題点

 第3部の行動計画は、前計画と比較すると進歩が見られる。これまでは、「現状と課題」、「具体的施策」の書き方であったが、「現状と課題」は、第1部に移され、「具体的施策」の中に数値的な現状と目標が記述された。各省庁も数値的な現状と目標を記述したことは評価できるが、現状のみの記述も多く、目標や数値目標の記述が欠けている項目も多い。

まとめ

 「生物多様性国家戦略2012 − 2020」には、「豊かな自然共生社会の実現に向けたロードマップ」と言うサブタイトルが付けられている。だが看板通り実行できるのか疑問が残る。
 環境省は、毎回、各省庁と調整しながら国家戦略を作り上げてきたが、今回、第2部の「愛知目標の達成に向けたロードマップ」を手掛けたことにより、環境省の調整能力の限界が明らかになった。
 9 月13 日の審議会答申における議論で委員から「この国家戦略を実行する為には、内閣府に実行組織を作らなければ達成できないのではないか?」と言う発言があった。前例として考えられるのは、海洋基本法に伴う体制である。2007 年に海洋基本法が作られた。この基本法に基づき策定された海洋基本計画を集中的かつ総合的に推進するため、総合海洋政策本部が内閣府に設置されている。
これと同様、内閣府に、環境省がリーダーシップを持って実行する「生物多様性国家戦略総合推進本部」を設置し2020 年までに愛知目標を順守しないとやがて深刻な現実に向き合わなければならないだろう。
 自然は、微妙なバランスの上に成り立っているが、現在、この自然の摂理が壊れつつある。生物多様性はある程度の損失であれば自ら回復可能であるが、回復が不可能な程、崩壊していくティッピングポイント(臨界点)が近いと言われている。回避できないティッピングポイントに直面することにならないよう真剣に現実に向き合って施策を遂行する義務が議長国にある。
 この答申案の詳細は、環境省ホームページ「生物多様性国家戦略2012 − 2020」の策定に関する中央環境審議会の答申について(お知らせ)
「生物多様性国家戦略2012−2020」の閣議決定について(お知らせ)をご参照ください。

(JAWAN通信 No.103号 2012年10月21日発行から転載)

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