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藤前干潟の現状

名古屋鳥類調査会 会長 森井豊久

*藤前干潟に飛来する多様な野鳥

ラムサール条約登録湿地および国指定藤前干潟鳥獣保護区である藤前干潟(愛知県名古屋市・飛島村)は、伊勢湾最奥部に位置し、干潮時、干潟の干出する河口部のエリアであり、名古屋という都市の中にあって、野鳥をはじめとする生きもの達の大切な餌場、すみかとなっています。また、庄内川両岸には葦が広がり、この葦原は夏鳥のオオヨシキリ、冬鳥のオオジュリンなどの重要なすみかでもあります。

藤前干潟は平成14年11月にラムサール条約に登録、平成16年8月には「東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ重要生息地ネットワーク」に参加しました。藤前干潟およびその周辺では、水鳥を中心に年間約120種の鳥類が観察されます。

春と秋、干潟は多くの旅鳥たちで賑わいます。その多くはシギ・チドリの仲間です。遠くはロシアのアムール川やアラスカのツンドラから1万キロメートル以上も離れたオーストラリアやニュージーランドへ移動するオオソリハシシギなども飛来します。藤前干潟は、鳥たちがひとときの休息と採餌に立ち寄る命をつなぐウェットランドです。

シギ・チドリの他に、カモ類、ウ、カモメ類、カイツブリ類が多く飛来します。猛禽類も頻繁に観察できます。ミサゴ、ハヤブサ、ハイタカ、オオタカ等を記録します。全国、何処でも増えているカワウも多い日は、5000~7000羽を記録します。全身の黒いカワウ総勢の追い込み漁は音と迫力がすさまじいものがあります。

もちろん、バードウォッチャーが駆けつける希少種も多く記録されています。シベリアオオハシシギ、カラフトアオアシシギ、ヘラシギ、クロツラヘラサギ、ヘラサギ、カラシラサギ、アカガシラサギなどです。

近年のニュースとしては、コウノトリが続けて2羽飛来しました。2006年に飛来した1羽は大陸から飛んできたとみられる個体で、2018年に飛来した1羽は発信機を装着した国内放鳥の個体でした。

*最近の藤前干潟の鳥類

私は藤前干潟およびその周辺で野鳥を見続けて約50年となります。野鳥撮影に熱心に出かけてもいましたが、名古屋市野鳥観察館が昭和60年にできてからは、来館者に案内をするとともに、カウント(鳥類調査)を日々しています。長年のカウント結果からは、藤前干潟に飛来する鳥類の変遷をはっきりと見ることができます。

近年、藤前干潟で増えた鳥類は、ミサゴやカンムリカイツブリ等、魚を主食にしている鳥類です。反面、減り続けているのはシギ・チドリの仲間です。例えば、シロチドリは、かつては何処の浜辺へ行っても見られた三重県の県鳥にもなっている鳥です。ハマシギも減り続けています。ハマシギはゴカイや小さなカニ、干潟の表面の微細なバイオフィルムを多く餌としています。ハマシギの減少は非常に気になります。また、トウネンも減っています。夏羽のトウネンは顔や胸を美しい橙色に染めた可愛い小型のシギです。このトウネンは、かつては1500羽余りの大群で飛来し、干潟を一気に華やかにしてくれていました。しかし、今は春でもそのトウネンの大群が見られない日が多くなりました。春の干潟には欠かせない鳥だったので、戻ってきてほしいと期待しています。

◇ミサゴの観察記録

かつては1羽見られたら、その日は幸運だったと言われたミサゴでしたが、2000年ごろから増加が見られ、今は1羽も見られない日はほぼないです。渡りの時期である10月頃が最も飛来数が多くなります。

1984年10月7日   1羽

1998年11月23日   3羽

2000年10月5日  16羽

2006年10月25日  19羽

2007年10月31日  34羽

2008年10月30日  35羽

2015年10月31日  44羽

2020年10月15日  37羽

◇カンムリカイツブリ

10年ほど前は越冬個体が数十羽見られる程度でしたが、ここ数年間で急激に増えました。毎年、北へ渡る前の3月は特に増えますが、昨季はついに1000羽を超えました。

2011年3月19日   25羽

2014年3月24日  102羽

2020年2月25日 1,394羽

◇シロチドリ

かつてと比べると大きく減少しました。

1975年9月14日 2,280羽

1979年9月19日 1,210羽

2000年10月29日  110羽

2006年10月21日  202羽

2010年10月1日  205羽

2016年11月22日  105羽

2020年11月7日   28羽

*ハマシギ

1990年代前半には1万羽以上が飛来したことがありましたが、東海豪雨のあった2000年の直後は飛来数がぐっと減少。その後も減少傾向にあります。

1987年5月7日  4,545羽

1993年5月18日 10,491羽

1995年4月16日 11,234羽

1998年5月10日  8,210羽

2001年5月6日  4,813羽

2010年5月12日  2,507羽

2016年5月12日   648羽

2020年5月2日  1,118羽

写真5-2 ハマシギの群れ

*野鳥観察館での活動

藤前干潟に隣接する名古屋市野鳥観察館は、藤前干潟という名前がまだない藤前干潟の埋め立て問題が起こる直前の昭和60年に開館しました。平成18年度からは指定管理者制度が導入され、これ以降、東海・稲永ネットワーク(名古屋鳥類調査会、尾張野鳥の会、㈱東海緑化)が指定管理者となり(※現在は名古屋鳥類調査会と㈱東海緑化のみで構成)、野鳥観察館の管理・運営を行っています。来館者の対応はもちろん、小中学校などの団体利用も受け入れ、館内に30台ある望遠鏡で藤前干潟の野鳥をじっくりゆっくり観察してもらっています。

来館者対応以外で特に力を入れて行っているのは、日々のカウント(鳥類調査)、ブログ「観察館日記」での情報発信、イベント「渡り鳥調査隊」の実施です。

写真5-3 渡り鳥調査隊の様子

藤前干潟が埋め立てから守られることとなった大きな原動力は熱心な市民運動でしたが、埋め立て問題が大きくなる以前から続けられていたアマチュアによる鳥類調査のデータも干潟の重要性を示す根拠のひとつとなりました。この経緯から、今もしっかりと鳥類調査を継続し、発信しています。また、鳥類調査を今後も継続してくれる人材を育てたいという思いから、イベント「渡り鳥調査隊」で、小学生などを対象に調査の体験をしています。

今後も多くの渡り鳥たちが飛来する藤前干潟であることを願い、今日もカウントを続けています。

写真5-1

JAWAN通信 No.133 2020年11月30日発行から転載)