トップ ページに 戻る

千葉県が流域治水に転換

~一宮川流域の水害対策~


行政が動かなければ水害を防ぐことはできない。千葉県の一宮川流域では、住民が「豪雨から茂原・長生の住民を守る会」を結成し、流域治水(総合治水)への転換を県に求めてきた。運動の基本は「行政を動かす」である。この住民運動をJAWAN加盟団体も支援してきた。その結果、県は流域治水の推進に舵を切った。

図4-1

*流域治水推進に舵を切る

二級河川一宮川の流域では大水害が多発している。人口9万人の茂原市は、2019年10月の豪雨で約3700戸が浸水し、3人が犠牲になった。

この甚大な浸水被害は、河川整備だけでは猛烈な豪雨に対応できないことを明らかにした。そこで日本湿地ネットワーク(JAWAN)加盟の県自然保護連合と県野鳥の会は茂原市民と共同で県河川整備課と交渉した。2019年12月である。降った雨を流域全体で処理する総合治水(流域治水)への転換を強く求めた。この交渉がきっかけとなり、「豪雨から茂原・長生の住民を守る会」が結成された。

県は流域治水を推進する方向に踏みだした。「守る会」が2020年8月25日におこなった懇談で、県一宮川改修事務所は「流域治水の考え方をとりいれ、先進的な一宮川モデルをめざす」と表明した。

「守る会」は12月3日、同事務所と2回目の懇談をおこなった。浸水対策の進捗状況を確認し、流域治水の推進や遊水地の利用などについて意見を交わした。

県は、一宮川の中・下流で河道や河川断面の拡幅、遊水地(調節池)の増設工事などを進めている。上流域と支川については「一宮川上流域・支川における浸水対策検討会」を発足させた。検討会には河川と都市計画の専門家も加わっている。これまで5回開き、流域対策案をまとめた。流域対策案は、河川整備と内水対策、土地利用施策などを連携させた浸水対策を推進するとしている。流域治水の推進である。流域治水の実現に向けて、県の部局横断的な体制による支援のもと、地域住民と県・市町村が連携してさまざまな施策を進めるとしている。

一宮川改修事務所は、2019年10月の豪雨と同じ規模の雨が降っても氾濫させないための事業を大急ぎで進めている。「守る会」との懇談で、「こんなスピードでやっている事業はほかにないのではないか」と強調した。

「守る会」は、静岡県が地域ぐるみで推進している巴川流域総合治水事業を紹介し、「先進的な一宮川モデルをぜひ実現していただきたい」と要望した。

県は一宮川流域における流域治水推進の体制を強化する。2021年度の機構改革で、本庁の河川整備課に一宮川流域浸水対策班を新設する。

写真4-1
千葉県の一宮川改修事務所(右)と話しあう「豪雨から茂原・長生の住民を守る会」のメンバー=2020年12月3日、県長生合同庁舎
写真4-3
千葉県知事あての要望書を水質保全課(右)に手渡す「守る会」の共同代表

*このままでは茂原市は海底に沈む

~地盤沈下防止も要請~

茂原地域は地盤沈下がすごい。この51年で1.2mも沈下した。地盤沈下が浸水被害に大きな影響を与えている。

図4-2

地盤沈下の原因は天然ガスを含むかん水(地層水)のくみ上げである。天然ガスかん水にはヨード(ヨウ素)も含まれる。

日本のヨード輸出量は南米チリに次いで世界第2位である。そのほとんどを茂原地域を中心とする千葉県が占めている。茂原市の天然ガスとヨードの生産量は日本一である。ヨードは、原発事故などが起きたさいに住民の被ばくを抑える重要な薬でもある。

「守る会」は2020年12月23日に担当の県水質保全課と交渉し、地盤沈下の防止を要請した。知事あての要望書を手渡し、「豪雨の際は茂原市の市街地全体が水没しかねない。地盤沈下を止めてほしい」と求めた。

水質保全課はこう答えた。

「茂原地域の地盤沈下は、地下からの天然ガスかん水のくみ上げが主な原因とみられる」

「県は、天然ガスかん水をくみ上げている9社と協定を結んでいる。協定では、採取した天然ガスかん水から天然ガスやヨードを分離したあとのかん水を地下へ戻し入れるよう求めている」

「しかし、くみ上げた層にそのまま戻すと、鉱床を薄めるというか、破砕してしまうことになる。したがって、採取したかん水のうち地下への戻し入れが可能な割合は約1割である」

「現時点の天然ガス埋蔵量は800年分である」。

参加者はこう述べた。

「このままでは茂原市は海底に沈み、消滅する」

「一宮川中流部の堤防が沈下したので、何キロにもわたって土のうを2段積んでビニールシートで覆った。一宮川第二調節池では越流堤が40cmも沈下したので、今年(2020年)、越流堤をかさ上げした」

「茂原市は50年間に6回も大水害が発生している。茂原市は“水害のメッカ”となった。人口も減りつづけている。茂原にはもう住めない、と言う人もいる」

「茂原市の地盤沈下はタブーとなっている。企業利益につながっているからだ。地盤沈下は一種の公害でもある。天然ガスかん水の採取を規制し、沈下を止めてほしい。それは茂原市民の命を守ることになる」

水質保全課によれば、地盤沈下防止を同課に要請した団体は「守る会」がはじめてとのことである。

写真4-2
茂原地域の地盤沈下防止を求めて千葉県の水質保全課(手前)と交渉する「豪雨から茂原・長生の住民を守る会」=2020年12月23日、千葉県庁で

*流域治水の推進と地盤沈下防止を要請

~茂原市と2回目の懇談~

「守る会」は2021年1月12日、茂原市と2回目の懇談をおこなった。

静岡県の巴川流域総合治水事業を紹介し、県と茂原市などが連携して地域ぐるみで流域治水を推進するよう求めた。茂原市が地盤沈下対策に力をいれることも要望した。

市は流域治水の推進についてこう話した。

「一宮川の上流域・支川における浸水対策案が昨年12月にまとまった。堤防高が不足している区間では堤防をかさ上げする。上流域においては調節池を設置する。水田や休耕田などでの遊水機能の保持もとりくむ。こうした流域治水を推進するため、一宮川流域の6市町村が加わる一宮川流域治水協議会を設置した。茂原市としては、流域治水にむけてどういう対策が実現可能なのかを検討する部会を市独自で設ける。部会には、職員や地元の自治会長、農家組合などに加わってもらう」

地盤沈下対策については、茂原市に地盤沈下対策協議会ができているという。協議会には関係企業も加わっている。しかし、天然ガスとヨードの生産は茂原市の主要産業になっている。そのため、地盤沈下にふれることはタブーとなっている。市は地盤沈下対策の具体的な回答をさけた。

「守る会」はこう要請した。

「産業がかかわっているので簡単ではないと思うが、産業と市民が共存していかなければならない。水害とも密接に関係しているので、沈下をどうするのかということを市役所内部や対策協議会などで議論してほしい。この問題を知らんぷりしてこのまま放置すると、茂原は地盤沈下がつづき、 とりかえしのつかない事態になる。この地域を持続可能な社会にしていくためには、地盤沈下の問題は避けてとおれない。茂原市が海の底に沈まないように策を講じていただきたい」

「守る会」は水害防止の流域治水を推進するため、さまざまな運動を進めることにしている。

写真4-4
茂原市の都市建設部(手前)と懇談する「豪雨から茂原・長生の住民を守る会」のメンバー=2021年1月12日、茂原市役所
写真4-5
茂原市長あての要望書を都市建設部の白井高次長(右)に手渡す「守る会」の共同代表

JAWAN通信 No.134 2021年2月28日発行から転載)