ラムサール条約指定10周年を迎える
厚岸湖・別寒辺牛湿原(北海道)

小林 聡史(釧路公立大学教授)

 現在。日本国内にラムサール条約登録湿地は計13箇所あるが、そのうちの約半分、6箇所が北海道にある。北海道東部には、クルマで1時間程の距離に3箇所が存在している。日本で最初の登録湿地となった「釧路湿原」と、ラムサール条約第5回締約国会議(1993年釧路会議)の際に指定された「霧多布湿原(2504ha)」と「厚岸湖・別寒辺牛湿原(4896ha)」である。

 厚岸湖・別寒辺牛湿原はユニークな登録湿地である。名前が示すように、汽水湖である厚岸湖と、そこに流れ込む別寒辺牛川中流域に広がる別寒辺牛湿原とを組み合わせて指定した湿地複合体である。地元厚岸町の基幹産業である漁業、特に名産のカキ養殖が厚岸湖、すなわち登録湿地の中で営まれている点である。ラムサール条約登録湿地に指定されると、漁業などの人間活動が規制されると考える人がいまだに多いが、条約の「ワイズユース(賢明な利用)」理念からして厚岸湖での漁業活動は湿地の有効活用として日本でも代表的な例と言えるだろう。

 本年は釧路会議から10年、すなわち厚岸湖・別寒辺牛湿原も指定からちょうど10年の記念すべき年となる。しかしここに来て、ワイズユースの代表と誇るべき湿地から、一気に危機的状況にある湿地として注目を浴びることとなった。昨年暮れ、厚岸町議会の最中のマスコミ報道で、別寒辺牛川上流部に巨大な砂防ダム(堤長=218m、堤高=7.10m)(下写真)が建設されていたことが明らかになった。地元でもごく一部の人間を除いてダム建設について知らなかったようだ。そもそも上流部の川幅は2〜3m程なのだから、ダムの大きさに驚いた人が多い。

 別寒辺牛川上流部には、矢臼別演習場(1万7000ha)という日本国内でも最大規模の自衛隊演習場があり、1997年からは米軍も実弾演習を行っている。砂防ダムの建設目的は、演習によって生じる恐れのある土砂が下流へ流出、厚岸湖等の漁業への影響を防止することであった。米軍演習受け入れの見返りとしての事業であろうが、そもそも自衛隊による演習自体は1960年代から行われてきており、これまで土砂流出により漁業被害が出たという報告はない。砂防ダム建設第一期工事では、別寒辺牛川の3本の支流にそれぞれ砂防ダムを建設する予定で、報道されたのは最初のダムが完成しており、今後2基目のダム建設が予定されているというものだった。今回のダム建設はアセスの対象とはならず、実際に土砂流出の有無が調査されていたわけではない。別寒辺牛川はラムサール条約登録湿地というのみならず、絶滅危惧?B類に分類されているサケ科淡水魚イトウの生息地としても重要だ。

 地元厚岸では3月に厚岸町主催の環境フォーラムが開催された。これは砂防ダムをメインにしたものではなかったが、質疑応答の中で地元漁民も十分な説明は受けていなかったこと、また別寒辺牛川水系のみならず、同じ演習場に関して風連川水系ではすでに13基もの砂防ダムが造られていることが指摘された。また、釧路市ではイトウおよび砂防ダムの専門家によるシンポジウムが開催され、漁場に影響を及ぼすような細かい土砂は砂防ダムでは止まらないこと、今回のようにいきなり大きなダムを砂防ダムとして建設すること自体が異例のことだと指摘されていた。

 この問題に関しては札幌防衛施設局が事務局となり、「矢臼別演習場・別寒辺牛川水系土砂流出対策等検討委員会」が設置され、第1回目の会合を4月末に行った。検討会の結論には時間がかかりそうだが、日本政府が昨年ラムサール条約第8回締約国会議(バレンシア会議、スペイン)で大々的に宣伝していた日本の湿地再生事業が釧路湿原で始められている中、その隣ではダムによる自然改変を行っているという一貫性のなさは、今後大きな問題になっていくだろう。

(JAWAN通信 No.75 2003年6月1日発行から転載)