藤前干潟近況
――藤前干潟が抱えている自然界と人間界の問題

辻 淳夫(藤前干潟を守る会/日本湿地ネットワーク代表)

 5月3日の生きものまつりの準備に追われながら、この原稿を書いています。昨秋のラムサール登録と、年頭からの各種キャンペーンで、藤前干潟への関心が一気に高まっていて、連休中とはいえ、どれだけたくさんの人がこられるか心配です。

▲毎春恒例の藤前干潟の生きものまつり
 しかし、昨年から始まった養成講座を修了したガタレンジャーや、今年の受講生も積極的にスタッフとして参加してくださるので、大丈夫でしょう。

 今年は、オープニングに地元の新次郎太鼓が参加してくれることになっています。また恒例の寸劇では、あの『海を返して』を9幕で演じることになっています。藤前干潟を保全に導いてくれた諫早が、ギロチンから6年にもなるのに今だ水門が開かないことへの憤りと、海のいのちの切なる願いをたくさんの人々に共有してもらえると思います。

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 「サクセス・ストーリー」などと言われて、全てがうまくいってるように見える藤前ですが、実は大きな不安と深刻な悩みも抱えています。

 ひとつは自然界。この冬ハマシギが例年の半数ほどしか干潟に入らず、また干潮時に飛来しても長居せず、餌が少ないのかと心配されているからです。東海豪雨災害再発防止の川床浚渫事業の影響で泥を被ったのか、ゴカイやヨコエビなど、小型の餌が減っているように見えるからです(泥質変化は、アナジャコの増加からも分ります)。春の渡りで顔を見せる常連の鳥たちがどうなるのか、注目することになるでしょう。

 もうひとつの大きな悩みは人間界。ゴミ埋立から守られた藤前の魅力と本質を伝えたい、そのための保全と活用の拠点施設が、当然と期待していた藤前地区にではなく、まずは藤前干潟の見えない庄内川左岸の稲永公園側に作られそうだからです。名古屋市が用地を提供し、環境省が予算規模10億円の施設を構想しているのですが、平成14年度と平成15年度で確定した予算7億円で15年度中に建てるには稲永サイドしかないというのです。残りの予算を16年度でとって、16年度中に藤前地区にも野外観察用の施設を整備するとも説明されているのですが、予算前倒しで稲永サイドを推進する積極的な理由として、2005年の愛知万博(「愛・地球博」)の目玉として間に合わせたい、2004年にできる名古屋駅からの臨港線によってアクセスが良くなることが上げられています。

 私たちも、藤前干潟が、環境博の目玉として世界に発信できることを心から誇りに思い、この機会に多くの方に訪れてほしいのですが、干潟を保全しゴミ問題に画期的な転機を与えた現場を一目見たいと訪れる人々を、その期待に反して、現場ではないところに案内してしまう申し訳なさと、恥ずかしさをどうすればよいのでしょうか?

 名古屋市の半分のゴミを焼却している工場と、かろうじて残された渡り鳥渡来地の対比こそ、世界の都市が共通して抱えるゴミ問題へのインパクトのあるメッセージになるはずであり、これまでの苦難の歴史に耐えてきた地元の方たちも、「ゴミの町」から「干潟の町」へ転換していけると、大きな期待を寄せていたのですが。

(JAWAN通信 No.75 2003年6月1日発行から転載)