自然再生事業の問題点が浮き彫りに
―釧路湿原自然再生大会の報告―

中山敏則(千葉県自然保護連合)

 6月20日から22日まで、「釧路湿原自然再生大会」が釧路市で開かれました。ラムサール条約釧路会議が1993年6月に開催されてから10周年ということで、環境省が主催して開かれたものです。同省がよびかけた大会企画に45の団体が参加し、49のイベントがおこなわれました。

 環境省は、自然再生事業を全国各地で推進しようとしています。しかし、なかなか思うようには進みません。そこで、釧路湿原をモデルケースとして位置づけ、そこにかなりの力を入れています。今回の大会は、同省がその“起爆剤”として開いたものです。

国交省の河川蛇行復元事業

 1日目の20日は、釧路湿原でおこなわれている自然再生事業の現場をNPO法人「トラストサルン釧路」の方々に案内していただきました。

 現場をみると、自然再生事業の問題点がはっきりみえてきます。その最大のものは、両省が、一方で再生事業を進めながら、他方では、湿原のあちこちでおこなわれている開発を容認していることです。国交省みずからが国営農地開発で釧路湿原をつぶそうとしているところもあります。

 国土交通省の北海道開発局釧路開発建設部(釧路開建)は、標茶町の茅沼地区で釧路川の蛇行を復活させる自然再生事業をすすめています。直線化した川5キロのうち1.3キロを元の蛇行した川に戻すというものです。事業費は10億円以上です。

 その目的は、「湿原環境や自然の川本来の生物生息環境を復元すること」です。しかし、蛇行復元事業のすぐ上流の湿原では、同じ釧路開建が、「国営総合農地防災事業」という名の農地開発を進めています。これは湿原に戻りつつある約916ヘクタールを再び乾燥化させようとするものです。この事業費は65億円です。

 つまり、6億円をかけて直線化した川を、今度は「湿原の乾燥化を防ぐ」などをうたい文句にしながら10億円以上をかけて元の蛇行に戻すということですが、そのすぐ上流では、同じ国交省が65億円をかけて湿原を乾燥化させる大規模な農地開発を進めているのです。「おいおい、正気かい」と言いたくなります。

 はっきり言えば、この自然再生事業は単に川を蛇行させるだけのハード事業です。森林保全など、湿原を集水域(湿原に水を供給する地域)全体で保護するというソフト面の対策はまったく考えられていません。

 ちなみに、21日に開かれた応用生態工学会主催のシンポでもこの河川蛇行事業がとりあげられ、「直線化した釧路川を再び旧河川のように蛇行化させることは、新たな自然破壊につながる」などの疑問や、「昔の蛇行河川に戻すことにこだわりすぎている。形よりも中身のある自然復元を進めてほしい」などという注文がだされました。

環境省による湿原再生事業

 広里地域では、環境省の東北海道地区自然保護事務所が、農地跡地をかつての湿原の状態にもどす自然再生事業を進めることにしています。現在は、再生事業の内容や手法を検討するための調査がおこなわれています。

 しかし、事業予定地の周辺湿原では、あちこちで埋め立て開発が進行しています。土砂や建設残土などが湿原に盛られ、何台ものブルドーザーが動き回っています。環境省はこれを止めさせようとせず、容認しています。

トラストサルン釧路による自然再生事業

 達古武地域での自然再生事業は、両省による事業とまったく違います。ここでは、周囲の荒廃した森林などをよみがえらせ、水環境を確保し、生態系の質の向上を図るという事業が進められています。ここの事業は、「環境省初のNPO委託の公共事業」としてトラストサルン釧路が実施しています。

 ここでの基本理念は、「釧路湿原を集水域で保護する」です。前述のように、国交省や環境省が主導する再生事業は、片方で湿原をつぶしたり、そうした開発を容認しながらの事業ですが、これとは別物です。

トラストサルン釧路主催のシンポ「自然再生と市民参加」

▲トラストサルン釧路が主催したシンポジウム「自然再生と市民参加」
 トラストサルン釧路が21日夕方に開いたシンポ「自然再生と市民参加」では、全国各地の事例や活動にもとづく教訓、自然再生事業の問題点などが率直にだされました。

 もともと、49あるイベントの中で、環境省や国交省などにたいして忌憚のない意見がでるのはこのシンポだけと見られていました。そのため、マスコミなどもこのシンポを注目していたようです。参加者も会場満杯の100人です。

 報告者は次のとおりです。
(1) 辻 淳夫(藤前干潟を守る会代表、JAWAN代表)
 「藤前干潟よりラムサール10年を振り返る」
(2) 鈴木マーガレット(JAWAN国際担当)
 「バレンシア決議から再生ガイドラインを考える」
(3) 中山敏則(千葉県自然保護連合事務局次長)
 「東京湾三番瀬と自然再生」
(4) 飯島 博(アサザ基金代表)
 「市民型公共事業による自然再生」
(5) 杉沢拓男(トラストサルン釧路事務局長)
 「トラストサルン釧路から見た自然再生事業」

▲トラストサルン釧路による達古武地域での自然再生事業地にて。ここでは、この地域本来の豊かな森林を再生するための調査がおこなわれている。環境省の支援を受けながら、湿原の緊急課題である土砂の排出対策、シカなどからの食害から樹木を護る対策などが試験的に実施されている。
 日本湿地ネットワーク(JAWAN)代表の辻淳夫さんは、藤前干潟をゴミ埋め立てから守り、ラムサール条約登録にさせた運動などを紹介し、湿地の重要性やそれを保全することの大切さを話しました。

 鈴木マーガレットさんの話は、ラムサール条約の「湿地再生ガイドライン」(「湿地復元の原則と指針」)は世界中のどの湿地にも役立つ原則なので、釧路湿原の復元事業もこれを基本にすべき、というものです。鈴木さんは、この原則と釧路湿原を照らし合わせ、現在ある自然を守ることの重要性を強調しました。また、湿地復元事業が進められている一方、ほかの箇所では湿原が埋め立てられている現状などをきびしく批判しました。

 私は、創意工夫をこらしたねばり強い運動によって三番瀬の埋め立てが中止になったことや、中止後に発足した三番瀬円卓会議の争点などを報告しました。

 飯島博さんは、茨城県の霞ヶ浦で市民型公共事業を先駆的に押し進めています。いまやすっかり有名となったアサザプロジェクトです。飯島さんは、その活動内容や教訓などを話し、「川を元のように蛇行させるだけでは、自然は再生できない」「行政主導の事業は失敗する」などと、自然再生事業の問題点や課題をわかりやすく指摘しました。

 トラストサルン釧路の杉沢拓男さんは、「湿原の保全・再生をはかるためには、集水域全体の保全が必要」「市民団体ならではの事業に発展させることが求められている。我々も国(行政)と肩を並べるくらいの成長が必要」などと、課題や決意を述べました。

 こうした討論内容は翌日の新聞各紙でも報じられました。

環境省主催のファイナルイベント

 私は、こうした議論や問題提起が、環境省主催のファイナルイベント「釧路湿原自然再生大会シンポジウム」(最終日の22日に開催)にどのように反映されるかを注目しました。結果は期待以上のものでした。

 このシンポで基調講演をおこなった中村太士氏(北海道大学大学院教授)は、「NPO(トラストサルン釧路)主催のシンポに参加しながらずっと考えた」とし、「自然再生事業で最も大事なのは現在残っている自然をどう保護するかということだ。この議論がない限り、再生の議論はありえない。いま残っている自然を保護することのほうが、つくることよりもよっぽどカネがかからないし、重要なことだ」などと強調しました。

 中村氏の講演内容は、随所にトラストサルン釧路主催のシンポの成果が盛り込まれていました。これには、正直いって感動しました。

釧路湿原自然再生事業の今後に注目

 今回の大会は、自然再生事業の問題点や課題がかなり鮮明になり、とても意義深いものだったと思います。

 環境省と国交省は、自然再生推進法にもとづく協議会(釧路湿原自然再生協議会)をこの9月に発足させるとのことです。釧路湿原における自然再生事業が今後どのように進むのかを注目していきたいと思います。トラストサルン釧路の今後の奮闘を期待します。

(JAWAN通信 No.76 2003年9月1日発行から転載)