堀 良一(日本湿地ネットワーク運営委員/弁護士) 1997年4月14日の諫早湾干拓事業の潮受堤防締め切りは、あの豊かだった諫早湾干潟と浅海域を約3500haにわたって消滅させた。約300枚の鉄板が海中に落下してこの広大な湿地の息の根を止めようとする様はギロチンと称された。 以来、有明海のいたるところで、潮流の低下や、貧酸素水塊、赤潮などが発生し、最近では謎の浮遊物質と呼ばれる粘着質の物質が発生して、魚網にからみつく不気味で衝撃的な事件までが起きている。 魚介類の減少は漁民を次々に廃業に追いやり、ノリ養殖業も歴史的な不作のなか、経営維持のための大変な借金にあえぐような状況に見舞われている。不作続きのなかで、遂に自殺者も出るようになった。ノリ養殖業者が借金苦のなかで年老いた母親と心中をはかり、母親の命を絶ったものの、自分は死にきれず、承諾殺人罪で起訴されるという、やりきれない悲惨な事件も発生した。 * * *
原因裁定は、この4月から本人と参考人の尋問手続に入り、審理は本格化した。 4月2日には有明海のそれぞれの場所から、潜水漁や漁船漁業、ノリ養殖業など、それぞれの業種を代表して5人の漁民が肌で感じた有明海の異変と漁業被害について生々しく証言した。国側の意地の悪い反対尋問の揚げ足取りにも、漁民は毅然として反論した。 これに続いて現在では、研究者が登場しての参考人尋問が行われている。 漁民側からは潮汐・潮流、赤潮、底生生物の各専門家3人を参考人として申請した。現在、潮汐・潮流、赤潮について、漁民側と国側それぞれ2人の専門家の証言が終了している。国側が参考人として申請した2人の研究者は、有明海異変について数多くの研究や論文があるなか、1本の論文もなく、具体的な調査・研究も行っていない人物で、証言は一般論に終始し、最後には赤潮をテーマにしているのに「自分は赤潮は専門ではない」などと言い出して傍聴席の失笑を買った。 また、この間、1日半にわたって船上からの現地調査も行われた。実際に潜水して死滅したタイラギを見せたり、魚網を使って潮流の変化などを訴えたり、魚群探知機や水中カメラを使用して海の底の状況を見せたりと、漁民の現場における訴えに、裁定委員や専門委員も大いに興味を示し、次々に質問を投げかけていた。 原因裁定は、あと2人の参考人の証言を終えれば、裁定委員会による本格的な内部検討に入り、早ければ年内にでも結論が示される可能性がある。 佐賀地方裁判所も、すでに仮処分が、今や遅しと決定が出されるのを待っている状態である。
他方、国は、深刻な漁業被害を受けて、みずから設置せざるをえなくなったノリ第三者委員会が、有明海異変の原因は諫早湾干拓事業にあると想定されるとして、その検証のため、短期・中期・長期の開門調査を提言すると、こんどは形だけの短期開門調査を実施してお茶をにごし、事業者の農水省OBを中心とした別の第三者委員会を立ち上げて、中・長期開門調査を否定することにやっきとなった。 これに対しては、漁民の激しい抵抗と漁民の惨状を無視できない有明海沿岸の3県の県議会が全会一致で開門調査を求める決議をあげ、沿岸市町村からも次々に同様の決議があがるなかで、事業者の農水省はなかなか開門調査を行わないと言えなくなっていた。 ところが、連休明けの5月11日、遂に農水大臣は正面突破をはかり、漁民と自治体の意向や世論を無視して、中・長期開門調査をやらないで、代替案でお茶をにごすという発表をした。漁民は、出先機関の九州農政局に押し寄せて激しい抗議行動を展開し、5月24日には佐賀・福岡・熊本の3県漁連が開門調査を求める決起大会を開き、激烈な議論のなか、農水省の攻撃に屈することなく、あくまでも中・長期開門調査を求めていく方向を確認した。いま、諫早湾干拓事業と有明海異変をめぐる状況は、厳しいつばぜり合いの状況にある。JAWANとしても、これまで以上の取り組みが求められるところである。 (JAWAN通信 No.78 2004年7月1日発行から転載) |