2005年のCOP9に向けて
中池見のラムサール登録を目指す意義

浅野正富(日本湿地ネットワーク運営委員/弁護士)

COP9に向けて登録湿地倍増を目指す―COP7の決議11と日本の公約

 日本は、2002年のバレンシアで開催された第8回ラムサール条約締約国会議(COP8)において、2005年ウガンダで開催される第9回ラムサール条約締約国会議(COP9)に向けて1999年当時のわが国の登録湿地数11か所(2002年に2か所追加されて現在13か所)を倍増し22か所の登録を目指すことを公約しており、現在、環境省が公約実現に向けた準備を進めています。
 日本がなぜこのような公約をしたかというと、1999年コスタリカのサンホセで開催された第7回締約国会議(COP7)の決議11が、付属書の「ラムサール条約の国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」(以下単に決議11付属書という)を採択し、その決議11付属書が短期目標として、COP7当時1000か所近くに達していた登録湿地を2005年のCOP9までに少なくとも2000か所に倍増することを掲げているからに他なりません。
 決議11付属書の登録湿地倍増の短期目標を達成するために、国内の登録湿地の倍増を目指すことは、事情を知らない人にとっては、一見至極当然のことであるかのように見えるかもしれませんし、日本も良くやっていると思うかもしれません。

登録湿地倍増目標の背景にあるビジョン

 しかし、国内登録湿地の倍増によって、果たして、日本の湿地が本当に守れるのでしょうか。湿地保全に関わってきた人であれば誰もが、国内登録湿地が22か所に増えたからといって、これで日本の湿地が守られるようになって安心だと考えることはないでしょう。
 決議11付属書を見直してみますと、2005年までの短期目標の全文は、「登録湿地を拡充する際には、条約が採択した長期的ビジョン、戦略目標、及び登録湿地に関する目標を考慮すべきことを認識した上で、2005年に開催される第9回ラムサール条約締約国会議までに、少なくとも2000か所の湿地を『国際的に重要な湿地のリスト』に掲げるよう確保すること。」とあって、2000か所の登録湿地を目指す短期目標が長期的ビジョンや登録湿地に関する目標を前提にされていることがわかります。
 先ず、「長期的ビジョン」とは「生態学的及び水文学的機能を介して地球規模での生物多様性の保全と人間生活の維持に重要な湿地に関して、国際的ネットワークを構築し、かつそれを維持すること。」とされています。
 この長期的ビジョンを受けて、それを実現するため、次の4つの「登録湿地リストの目標」が定められています。
 1、各締約国に、湿地の多様性並びにその主要な生態学的及び水文学的機能を完全に代表する登録湿地の国内ネットワークを設立すること。
 2、適当な登録湿地の指定と管理を通じて、地球規模の生物多様性の維持に寄与すること。
 3、登録湿地の選定、指定及び管理の面で、締約国、条約の国際団体パートナー、及び地域の利害関係者の間の協力を促進すること。
 4、補い合う環境条約に関する各国の協力、超国家的な地域の協力、及び国際的な協力を推進する手段として、登録湿地ネットワークを利用すること。

COP7の決議11における賢明な利用原則と登録候補地選定のための二つのガイドライン

 そして、決議11付属書は、「登録湿地リストに関するビジョン、目標、短期目標」の項目の後に、「国際的に重要な湿地とラムサール条約における賢明な利用原則」、「ラムサール条約登録湿地に指定する優先的湿地を選定するための体系的方法に関するガイドライン」、「国際的に重要な湿地を指定するための基準及び長期目標、並びにその適用のためのガイドライン」の項目を置いています。
 「国際的に重要な湿地とラムサール条約における賢明な利用原則」は、「条約に基づいて湿地を国際的に重要なものと指定する(登録する)という行為は、保全と持続可能な利用という道程に踏み出すにふさわしい第一歩であり、その道程の終点では、湿地の長期的かつ賢明な(持続可能な)利用を達成するのである。」としています。「ラムサール条約登録湿地に指定する優先的湿地を選定するための体系的方法に関するガイドライン」では、すべてのラムサール登録基準及びすべての種に対する考慮、登録湿地候補のリストを作成するときの優先順位付け、規模の小さな湿地を見過ごさないこと、登録湿地の指定が締約国における法的な保護区という地位の付与を要求していないこと等々のガイドラインが定められています。COP7で登録湿地の基準が大きく変更されたと言われるのが、「国際的に重要な湿地を指定するための基準及び長期目標、並びにその適用のためのガイドライン」による基準の見直しで、基準1から基準8までが定められました。

登録湿地による国内ネットワーク構築のための倍増なのか

 このように、COP9までに登録湿地を倍増するということは、倍増だけが目標とされているということではなく、生態学的及び水文学的機能を介して地球規模での生物多様性の保全と人間生活の維持に重要な湿地に関して国際的ネットワークを構築するため、各締約国が、「国際的に重要な湿地を指定するための基準及び長期目標、並びにその適用のためのガイドライン」の新しい基準1から8までにしたがって湿地の多様性並びにその主要な生態学的及び水文学的機能を完全に代表する登録湿地の国内ネットワークを設立することを目標とし、その目標を実現するため「ラムサール条約登録湿地に指定する優先的湿地を選定するための体系的方法に関するガイドライン」にしたがって体系的方法によって登録湿地を選定するための優先順位付けをおこなうこと、また、登録湿地を増やしネットワークを構築する中で湿地の長期的かつ賢明な利用を図っていくという、大きな戦略的枠組みの中での短期目標に過ぎないことを理解しなければならないのです。
 したがって、日本が決議11付属書を遵守しようとするならば、単に短期目標の辻褄合わせで現在の13か所の登録湿地を22か所にするため重要湿地500の中から9か所選びさえすれば良いということにはなりません。しかし、環境省では、とりあえず公約を守るために9か所の登録候補地を選び、COP9の後のことはそれから考えようということらしく、長期的目標を持ち合わせている様子は窺えません。

候補地リストから中池見を外してしまったことの意味

 来年までに登録湿地を22か所にするため環境省が主催しているラムサール条約湿地検討会議の第1回会議でも、小林聡史委員からの「これまでの締約国会議における日本の発言量、存在感を考えると条約湿地を倍増するというたった一つの目標を達成するだけは足りないような気がする。」という発言によって、わが国の湿地保全取組の消極性が問題にされていました。また、第2回会議では、事務局案の候補地に中池見が入っていなかったことに対し、委員から候補に加えてもらいたいとの発言がありましたが、環境省の用意した候補地リストに中池見が入っていなかったことには、驚くとともに半ば呆れてしまいます。
2004国際湿地シンポジウムの中池見湿地観察会にて
 中池見は、COP8の決議11で、登録湿地とするため優先順位の高い事項としての努力を求められたタイプのひとつである泥炭地です。泥炭地について、COP7の決議11付属書中の「国際的に重要な湿地を指定するための基準及び長期目標、並びにその適用のためのガイドライン」による登録基準1の「適当な生物地理区内に、自然のまたは自然度が高い湿地タイプの代表的、希少または固有な例を含む湿地がある場合には、当該湿地を国際的に重要とみなす。」に該当するか否かを検討する場合には、COP8の決議11で採択された「十分に選出されていないタイプの湿地を国際的に重要な湿地として特定し指定するための追加手引き」による検討が必要とされます。
 この手引きに従って検討がなされれば、詳細は述べませんが、40mの泥炭層に10万年の記録が蓄積されている国際的にも第一級の泥炭地として評価される中池見は、本来登録候補地のリストの中でも最も高い優先順位が付けられてしかるべき湿地です。大阪ガスによる開発計画も中止され、今では条約登録するための障害がほとんど存在しないとさえ思われるこの中池見を候補地リストから外してしまっているということに、環境省の認識とラムサール条約の常識との間に大きなズレがあることがはっきりしてしまいました。

COP7の決議11の趣旨を生かしてCOP9での中池見の登録を目指す

 規模が小さいことや、保護区としての法的担保がないことをもって、国際的に重要な湿地を登録湿地の候補から外してならないことは、前述したとおり、COP7の決議11付属書の「ラムサール条約登録湿地に指定する優先的湿地を選定するための体系的方法に関するガイドライン」に指摘されているとおりであり、ラムサール条約のガイドラインに従う限り、中池見を候補地リストから外してしまう正当な理由は全く存在しないのです。
 環境省が湿地保全のために懸命な努力をされてきたことを否定するものではありませんが、候補地リスト作成の過程を見る限り、ラムサール条約の最新の動向を常にフォローアップし、その動向を取り入れて積極的な湿地政策を策定していくだけの十分な陣容が環境省に整っているようには見受けられません。
 最早、JAWANをはじめ日本全国で活動されている湿地保全のNPOや団体が、ラムサール条約が提起する課題に積極的に取り組み、環境省や国をリードして、日本の湿地政策を一歩でも半歩でも前に進めていくことによってしか、ラムサール条約が目指す湿地の多様性並びにその主要な生態学的及び水文学的機能を完全に代表する登録湿地の国内ネットワークを構築することは不可能と言えるのではないでしょうか。
 その意味において、地元と環境省を動かして中池見のラムサール登録をCOP9までに実現できるか否かは、正に現時点における日本の湿地保全運動の力量が問われていると言っても過言ではないでしょう。

(JAWAN通信 No.79 2004年12月10日発行から転載)