釧路湿原自然再生全体構想案に見る
保全優先原則の危うさ

浅野正富(日本湿地ネットワーク運営委員/弁護士)

 2004年12月、釧路湿原自然再生協議会は、釧路湿原自然再生全体構想案を公表しました。自然再生推進法制定時に一つのモデルとして想定されていた釧路湿原の自然再生事業が、1年余の協議会の検討を経て、全体構想を示す段階に至ったわけですから、ようやく自然再生推進法に基づく自然再生事業が目指しているものの片鱗が見えてきたと言うことができます。
 自然再生推進法制定の際に、先ず再生よりも保全が優先されるべきで、保全の原則が徹底しない中で再生を唱えることは、新たな自然破壊を招くだけではないかとの危惧が多くの自然保護団体から指摘されていました。
 したがって、今回の釧路湿原自然再生全体構想案が、保全と再生の関係について、どのように言及するのかは大いに注目されていたところですが、構想案は、再生と保全の関係について、自然再生を実施する上での原則のAで、「残された自然の保全を優先し、できるだけ自然の復元力にゆだねて、自律的な自然の回復を目指す。」としました。今回の全体構想案が「保全を優先し、」と明確にしたことは、ひとまず評価できるものと言えるでしょう。
 しかし、具体的にどのように保全を優先していくのかは、全体構想案では明らかにされていません。再生事業よりも保全を優先するというのであれば、優先される保全の内容とこれから行なわれる再生事業の内容、そして両者の関係が明確に示されていなければなりません。
 具体的には、先ず、今までの施策によって保全できているところ、保全できなかったところを明確にする必要があります。そして、保全できているところについては、今後の開発の可能性からどのように保全していくことが可能なのか、万一、開発が避けられなかったときには、どのような手当てが可能なのかということを検討しなければなりません。その上で、今までの施策で保全できなかったところについては、何が保全できなかった原因なのか、今後、保全できなかった原因となった行為自体をやめさせて再生していくことができるのか、それとも原因行為自体はやめさせることはできないけれども対症療法を駆使することで悪影響を低減させ、再生させていくことが可能なのか、そのような分析が最低限なされていなければならないでしょう。これらの検討・分析なしに、保全を優先した再生事業を行なうと言われても、保全が優先される担保は何もありません。全体構想というのは、本来釧路湿原で行なわれる再生事業のイメージを明確にするものである筈です。しかし、今回示された全体構想は、あえて論じるべきところを論じずに、再生事業と保全の関係を如何様にも解釈できる余地を残してしまっています。過去、釧路湿原を破壊してきた宅地開発、ゴルフ場開発、道路整備、河川改修、農地への転用、森林の伐採や管理放棄等々、これらは今後どうなっていくのでしょうか、全体構想案ではこの部分が意図的に論述されていないとしか思われません。釧路湿原の保全、再生は、これらの破壊の原因となってきた行為の今後のあり方と無関係に行なうことは絶対に不可能です。
 曖昧模糊としていて釧路湿原における保全と再生の関係を具体的にイメージできない全体構想は、保全との関係が曖昧な再生事業を許容し、右手で開発、左手で再生というまさに喜劇的な(悲劇的な?)事態を招来する可能性を内包しています。
 保全を優先するという原則論を掲げながら、具体的に保全と再生の関係に踏み込んでいないことは、全体構想案の致命的な欠陥といっても過言ではなく、自然再生推進法制定時に指摘された危惧が、釧路湿原においても現実のものになりつつあると言えるのではないでしょうか。

(JAWAN通信 No.80 2005年3月20日発行から転載)