シンポジウム
「伝えたい!豊かな吉野川河口干潟」を終えて

近森憲助(吉野川ひがたネットワーク)

 吉野川河口及び沿岸域は、開発による自然破壊パターンの展示場のような様相を呈しつつある。なかでも河口干潟の真上をまたぐ東環状大橋(仮称)の架橋工事は、すでに3年目に入っており、さらに吉野川が紀伊水道と出会う、まさに「吉野川の口」や河口の付け根にあたる沖洲海岸では四国横断自動車道の道路橋建設及び自動車道のインターチェンジをつくるための埋め立て工事が、それぞれ計画されている。
 このような状況にあるなかで、湿地や干潟の修復・再生及び保全に関する国内外3人の専門家を中心としたシンポジウムを開催できたことは、主催者である私たち「吉野川ひがたネットワーク」のメンバーにとって、大変ありがたいことであった。
 このシンポジウムのねらいは、「河口及び沿岸域の環境保全のあり方を探ると同時に、そこに息づき、存在している自然の価値を徳島に住む人々にアッピールすること」とした。なぜなら、開発計画が次々と打ち出され、粛々と進められていく状況を目の前にしながら、どのように対処していけばよいのか、ネットワークが活動を開始して約1年半、私たちは、ずっと苦悩し考え続けてきたからである。ちなみに、吉野川ひがたネットワークとは、徳島県自然保護協会、とくしま自然観察の会、日本野鳥の会徳島県支部、パンダクラブ徳島、吉野川河口と沖洲海岸を守る会、吉野川ひがたの会の6団体が各団体相互の情報交換を主な目的としてつくられた吉野川河口や沖洲海岸など沿岸域の保全をめざすためのゆるやかな市民ネットワークである。

吉野川河口干潟を視察するベイ博士(中央)

 シンポジウムは、平成17年1月30日(日)午後1時より4時30分まで徳島市内の「ふれあい健康館」ホールにて開催された。参加者は主催者側スタッフを含めて約130名であった。
 2部構成としたシンポジウムの第1部では、米国の自然再生・修復の専門家であるピーター・ベイ(Peter Baye)博士、従来から、河口及び沿岸域の保全について、有益な示唆と助言をいただいている清野聡子先生(東京大学総合文化研究科助手)及び小林聡史先生(ラムサール条約事務局においてアジア地域を担当、現在は釧路公立大学教授)が、それぞれ「都市の近くにある河口干潟の保全―サンフランシスコ湾が教えてくれるもの(Conservation of Urban Estuarine Wetlands: Lessons from San Francisco Bay, California, USA)」、「四国三郎が海と出会うところ―吉野川河口干潟の特性」及び「国際的な視野からみた吉野川河口及び沿岸域の価値」と題する講演を行った。休憩後の第2部では、3人の講師によるパネルディスカッションが行なわれ、ここでは、フロアの参加者との間で活発な質疑応答がなされた。
 ベイ博士からは吉野川河口及び沿岸域とサンフランシスコ湾沿岸との間には、「都市近郊に貴重で豊かな自然が残されている場所」という共通点があることや、サンフランシスコ湾沿岸において「開発から再生へ」という動きが生まれたきっかけ(一握りの住民の開発に対する危機感の表明)やその後の経緯(危機感の高まりと広がり、開発を規制する法律の制定及び科学者の第三者的関与など)について、お話があった。
 政治的風土や文化が異なるにしても、このお話は、私たちにとって大変参考となるものであり、また勇気づけられるものでもあった。また、実際に湿地の修復・再生に関わった経験から「ミティゲーションの基本は、まず保全されるべき自然が壊されることを避けること」であり、「どれほど科学的・合理的に再生・修復計画を立て、それを忠実に実行したとしても、実際にどのような湿地が再生してくるかは予測できない」という指摘からは、自然湿地保全の重要性を痛いほど感じた。
 清野先生は、環境保全活動においては、科学的データをしっかりと見つめることが重要であることを強調された。また、諫早湾干拓事業に関する佐賀地裁の判決は、科学的データだけではなく、そこに住む人々が日々の生活の中で育んできた地域の自然に対する感性が、その十全な保全にとって、とても大切なものであり大きな力となることを裁判所が認めたものであるとの指摘もあった。
 このお話からは、継続的で有効な環境保全にとって、専門家と地域住民との連携が何にもまして重要であり、従来から私たちが要望してきた河口及び沿岸域保全を検討するための第三者機関設立の必要性を確認することができた。さらに、ベイ博士の発言を受け、日本における科学者の第三者的関与について、その現状に関するコメントがあった。
 小林先生からは、ラムサール条約が生まれた経緯や意義についてお話いただいた後、自然湿地を保全することが、環境保全からだけではなく、経済的にも、また私たちの生活にとっても価値があり、意義深いことであるとの指摘があった。先に述べたベイ博士の指摘とあわせ考え、あらためて河口及び沿岸域の保全の必要性とその重要性を痛感した。また、吉野川河口や沖洲海岸の現状と類似した状況下にあった地域において、道路建設をはじめとする開発事業が住民投票の結果中止された事例が紹介された。
 第二部においては、「サンフランシスコ湾において開発が中止された経緯の詳細」、「吉野川河口及び沿岸域がラムサール条約登録湿地になる可能性」及び、その他第一部における講演内容に関する質問を中心にディスカッションが行われている。
 これまで述べてきたように、このシンポジウムを通して、徳島に住む人々の間で現状に対する危機感がしっかりと共有されるようにするためには、あらゆる手段を使って、河口及び沿岸域の価値やその保全の重要性をアッピールしていく必要があること、そのときには、科学的データをしっかりと見つめ、ここにかかわるすべての人々が有機的に連携して活動を進めていかなければならないこと、自然湿地保全の経済的合理性や、私たちの生活にとっての必要性や重要性を学ぶことができた。

シンポジウムの会場 シンポジウムに関わった人たち

  シンポジウム参加者が100名を越えたことは、私たちだけではなく、徳島に住む多くの人々が吉野川河口及び沿岸域の保全や開発のあり方に大きな関心を抱いていることを示している。このことは、アンケートの回答からも十二分に読み取ることができた。このような人々の意識が、河口及び沿岸域に寄せる思いが、このシンポジウムをきっかけとして、ますます高まってゆくことを心から期待したい。

(JAWAN通信 No.80 2005年3月20日発行から転載)