オオタカなどの鉛中毒被害について

竹下信雄(日本雁を保護する会顧問)

 1989年4月、北海道美唄市の宮島沼で多数のハクチョウ類が衰弱し、死亡する事件が起きました。原因究明が始まり、農薬説、餌付けによる過剰カロリー説などが次々に否定されました。ある食品メーカー幹部が現場を訪れ、「我が社のスナック菓子が原因であるはずがない」と力説するほど騒ぎか大きくなりました。やがて突き止められた死因は、それまで野生鳥類では日本では報告されていなかった鉛中毒でした。鉛中毒は獣医学では古典的な病気として、必ず教科書にも載っているそうですが、国内では前例がなかったので、そこに行き着くまでに時間がかかったのでした。
人の鉛中毒は、古代ローマ帝国の建築書に「水は鉛によって毒になる」と明記されていることから、知られていなかった訳ではありません。貧血、神経障害がおき、筋肉が麻痺し、ひどい場合には死亡します。軽い鉛中毒症状として、知能発達の遅れ、社会性発達の不全が指摘され、思春期の粗暴行為の原因のひとつになると考えられています。
写真1 北海道の海岸で休むオオワシ
(写真はいずれも斎藤慶輔氏撮影・提供)

 欧米にならい日本でも鉛散弾を規制すべきだ、という議論が始まりましたが、環境庁(当時)はまったく気乗りせず、時間が過ぎていきました。1996年2月、北海道の網走海岸で1羽のオオワシ死体が収容されました。死因は鉛中毒でした。血中からかなりの濃度の鉛が検出され、胃の中から粒の揃った鉛数粒が発見されました。鉛中毒にかかり弱った、あるいは死んだカモを食べてオオワシが鉛中毒で死んだのです。その後ぞくぞくと、オオワシ、それにオジロワシの鉛中毒例が北海道東部で見つかりました。
 それらが精査されるうちに、胃の中の鉛が、不規則な形で大きさも違う複数の小片である場合がほとんどであることが分かりました。また、少数ですが、大きなものがひとつ見つかる例もありました。前者は、エゾシカ猟に使われる鉛ライフル弾の破片(写真2左)、後者はやはりエゾシカ猟に使われるスラッグ弾(散弾銃で発射される大きな1発玉、写真2右)が原因でした。もともとは海や川で魚をとり、海岸のアザラシなどの死体をついばんでいたオオワシたちが、野外に放置されたエゾシカの死体を食べるようになっていたのです。銃弾による傷から肉を食べ始める、そこには打撃を大きくするために命中した瞬間に弾けるようにつくられている鉛ライフル弾の破片があり、それものみこんでしまうのです。あとは強い酸性の胃酸が鉛を溶かし、血液中に取り込まれていきます。

写真2 オオワシ死体のレンドゲン写真
左:背中から見ている。鉛ライフル弾の破片を多数のみこんでいた。
右:オオワシ死体のレンドゲン写真。背中から見ている。鉛スラッグ弾をのみこんでいた。

 北海道当局はもとより、環境庁もさすがにこの事態の深刻さを認めて、鉛ライフル弾などの規制が北海道で始まりました。ハンターへの自粛呼びかけのあと、2000年秋から鉛ライフル弾のエゾシカ猟使用禁止、01年秋から散弾銃による鉛弾エゾシカ猟禁止(鉛スラッグ弾などの規制目的)を始めました。これによって、オオワシなどの鉛中毒はなくなるはずでした。たしかに98年度の26羽をピークに猛禽類の鉛中毒死例数は減少傾向にあります。しかし、ゼロにはなりません。2001年度からも、11、9、10羽と報告されています。それはなぜか、というと、北海道ではヒグマ猟がありそれの鉛ライフル弾利用は禁止されていませんでした。03年秋、警察が検問して分かったことは、多くのハンターが「自分は銅弾を持ってエゾシカ猟にいく。しかしヒグマに出会ったときのことを考えて、威力があるといわれる鉛ライフル弾を持っている」と言ったのでした。そしておそらく、いや間違いなく彼らの多くは、鉛のライフル弾でエゾシカを撃ったのです。
 北海道は昨年(04年)秋から、ヒグマ猟の鉛ライフル弾禁止措置をとりました。これで、道内でエゾシカ猟には一切の鉛製の弾丸は使われなくなることが期待されました。しかしながら、今冬も1月末までに少なくとも3羽のオオワシが鉛中毒で死亡しています。これらの死亡数は、見つかったものだけの数字であることに注意が必要です。実際の数はすくなくともその10倍以上と考えるべきです。こうなれば、しばらくの間北海道では銃によるエゾシカ猟を禁止すべきでしょう。また、北海道以外での実態調査も必要でしょう(今までのところ、猛禽類の鉛中毒例は見つかっていない)。
 なお、鉛散弾の水辺での規制が国内でも始まっています。とても満足できるものではありません。散弾の問題は、さらに複雑な話になるので、機会があればまた寄稿させていただこうと思います。

(JAWAN通信 No.80 2005年3月20日発行から転載)