COP9からCOP10に向けて
――NGOとして何が求められているのか

浅野正富(日本湿地ネットワーク運営委員)

はじめに

 JAWANは、2005年11月8日から15日まで、ウガンダの首都カンパラで開催されたラムサール条約第9回締約国会議(COP9)に、柏木実さん、小沢秀造さん、嶋田久夫さん、藤倉眞さん、そして私の5名の会員がオブザーバー参加しました。
 会議の内容については、釧路公立大の小林聡史教授や柏木さんによる詳細な速報や報告がJAWANホームページ(http://www.jawan.jp)に掲載されていますので、ここでは、COP9の印象とCOP10に向けて私たちNGOに何が求められているのかということを、思いつくまま綴らせていただきます。

COP9での日本の湿地保全取り組みの紹介

 日本は、公約としていた登録湿地をCOP7当時の11か所からCOP9までに22か所に倍増するという目標に対し、今回20か所追加して登録湿地33か所(COP8までの登録が13か所でした)と大幅に目標を上回る成果を挙げてCOP9に臨みました。11月10日に行われた日本政府主催の新登録地を紹介するサイドイベントでは、新たに20か所も登録され、それも様々な湿地タイプが含まれていると、ピーター・ブリッジウォーター条約事務局長からもお褒めの言葉をいただき、外国の参加者の多くも「日本はよくやっている」という好印象を抱いていたようです。また、展示ブースでは経団連や北海道電力の展示も行われ、企業も積極的に湿地保全・再生に取り組んでいるというアピールが行われていました。ラムサール・センターの中村玲子さんのラムサール湿地保全賞受賞も、アジアに向けて湿地保全に取り組む日本というイメージの定着に大いに貢献したことでしょう。11月14日にはJAWANも、JAWAN運営委員の呉地正行さんが代表を務めている「日本雁を保護する会」と韓国のNGOのKFEMと一緒になって「アジアモンスーン地帯の水田」というサイドイベントを開催して好評を博しました。
 このように、湿地保全のために積極的な取り組みを行っていることを幅広く紹介することができた日本にとって、COP9はとても大きな成果があったと評価できるでしょう。

「何かが違う」という思い

 しかし、COP9への日本からの参加者の中には、未登録地で登録を目指す地元の保全グループからの参加者は誰もいなかったのです。COP7では藤前や中池見、COP8では泡瀬と、開発を止めて何とかラムサール登録を目指したいという思いで地元の保全グループのメンバーがCOPに駆けつけて懸命に重要湿地の問題状況を訴えていた様子の再現はありませんでした。JAWANは、事前に用意したポスターや泡瀬や渡良瀬の写真を展示ブースに展示し、日本の重要湿地に関する問題状況の報告を行いましたが、それ以外にはCOP9に日本の問題状況は一切報告されませんでした。
 湿地の保全の問題を討議する締約国会議において、諫早や泡瀬その他の日本の重要湿地で様々な問題を抱えているところが全く話題にされることもなく、「日本はよくやっている」という評価だけが残ることについて、私は「何かが違う」と、違和感を抱かざるを得ませんでした。

COP9でのJAWANの展示ブース JAWANがCOP9で展示した3枚のポスター(B1サイズ)クリックで大きな画像を表示します。
★ポスターのPDFファイルはこちら

今までNGOが果たしてきた役割

 政府、自治体、企業、NGOが協働して湿地保全のための取り組みを進めていることを評価し、広報していくことはとても大事なことです。しかし、そればかりになってしまって、湿地関係者の多くが問題状況の存在を忘れてしまうようなことは、湿地の保全を進めるためには、決してあってはならないことです。1971年の採択以来、ラムサール条約とその締約国会議が大きな成果を挙げることができたのは、湿地保全に不十分な各国の現状に異議申し立てを続け、理想と現実のギャップを改善しようとし続けてきたNGOの存在があったからではないかと思います。
 締約国の政府代表に、自らの国の問題状況を積極的に明らかにすることや他国の状況をあからさまに批判することを期待することはとても難しいことでしょう。しかし、NGOであれば、自由に率直に問題状況を指摘することが可能ですし、良いものは良い、悪いものは悪いという価値評価を何の躊躇もなく表明することができるはずです。このようなNGOの存在を前提とすることによって、ラムサール条約は発展してきたのではないでしょうか。

COP9でのNGO

 今回は、恒例だった本会議前のNGO会議が開催されず、各国NGOの参加人数もCOP8に比べ少なく、NGOのまとまった報告を聞くことのできる場が確保されていませんでした。なぜNGO会議が開催されなかったのかという原因については諸説あるようですが、結果的にNGOの発言の場が激減したこと自体はとても憂慮すべき問題です。
 JAWANが展示をおこなった展示ブースについても、主催国ウガンダの地元NGOの多くが500ドルの参加費が高いからと参加を見合わせていたとのことで、折角ウガンダで開催したのに地元NGOのアピールの場を狭めてしまうような運営がされたことは非常に残念でした。
 韓国も国を挙げてCOP10招致に取り組んだだけに、バレンシアのCOP8のときのような派手なデモンストレーションはなくなり、最終日にセマングム問題の横断幕を広げてのアピールはありましたが、セマングムを何が何でも保全しようという勢いは感じられませんでした(この原稿を書いている間の12月21日には、セマングム訴訟の控訴審判決があり、干拓事業計画の取消を求めていた住民らの控訴が棄却されました)。
 そのような状況の中で、日本も、未登録地で登録を目指す地元の保全グループからの参加者がなく、JAWANだけが日本の問題状況を報告していたのです。かろうじてJAWANの存在価値を示すことができましたが、JAWANと連携した各地の保全グループが数多くCOPに参加できるような働きかけができなかったことは、非常に心残りです。


セマングム干拓中止とCOP10招致をアピールする韓国NGO

COP10に向けたNGOの誓い

 各地で様々な困難を抱えている保全グループがラムサールに期待し、そしてラムサールによって日本の湿地保全が進んでいくような仕組みを期待していた私たちにとって、この仕組みが別なものに変質していくか、より確かな仕組みにしていくことができるのか、まさに分岐点に立っているように思えます。
 COP9に集まった各国のNGOは、NGOのアピールの場が十分確保できなかった危機感から、2008年韓国慶尚南道で開催が決まったCOP10に向けてNGO会議の準備をきちんとやっていこうと誓い合いました。
 日本にとって、COP10は、15年ぶりのアジア開催、かつ、隣の韓国ということで、政府も、そしてこれから自然再生にシフトしていこうとする企業も強力な取り組みを進めていくと思われます。しかし、いくら政府や企業が頑張っても、草の根のNGOの声が反映されていかなければ、かならずや様々な問題を抱えた湿地の保全は後回しになり、湿地保全の取り組みは非常にいびつなものになってしまうでしょう。
 日韓のNGO、そして世界のNGOがこの3年間どのように連携を進めてその声を湿地保全政策に反映させることができるのか。NGOにとっても正念場です。

JAWANはどのように取り組むべきか

 そのような中で、サイドイベント「アジアモンスーン地帯の水田」でも大きくとり上げた蕪栗沼を中心に取り組まれている「ふゆみずたんぼ」は、これからのNGOの活動にひとつの展望を示すものと言えます。人工の湿地である水田が冬期湛水によって無農薬・無施肥での稲作が可能になり生物多様性の宝庫に変わっていくことを明らかにした「ふゆみずたんぼ」は、アジアモンスーン地帯に位置して日本と同じように稲作中心の韓国で開催されるCOP10においては大きな注目を浴びるでしょう。
 全国の水田をふゆみずたんぼのように環境創造型の農法に変えていければ、私たちの一番身近にある湿地である水田を、かつてのように生物多様性の宝庫にすることができるのです。最近コウノトリを野性に戻そうと放鳥した豊岡市のコウノトリの舞う水田が近い将来条約登録されることも決して夢ではありません。
 この蕪栗沼の画期的な試みが他の内陸湿地の保全運動にとっても大きな力となるように、内陸湿地の保全運動を連携させていく必要があるでしょう。そして、すでにCOP8で登録されている藤前干潟では、干潟の保全の取り組みから伊勢・三河湾流域ネットワークとしての保全・再生への取り組みに進化しつつあり、この藤前の成功が、いまだ登録されていない各地の重要干潟の保全、さらに流域全体の保全へと繋がるように、各地の重要干潟の保全グループの連携を強めていくことが求められます。
 私たちは、ここで改めて、干潟の藤前、内陸湿地の蕪栗を既存登録湿地のひとつの理想のタイプとして、既存登録湿地とこれから登録されるべき重要湿地、さらに地域の身近な湿地をネットワークとして保全していくため、COP16までに登録湿地100か所をめざすJAWANの立場を明確にしていく必要があるのではないでしょうか。
 COP10へ向けた取り組みは、COP9が閉幕した、そのときからすでに始まっています。登録湿地を核に、全国の湿地がネットワークとしてきちんと保全された未来を実現するために、皆さん、この3年間大いに頑張っていきましょう。

(JAWAN通信 No.83 2005年12月25日発行から転載)