「吉野川河口干潟」の危機的現状・課題・展望
―吉野川のシオマネキは開発を呼んでいるのではない―

井口利枝子(とくしま自然観察の会世話人)

「こんなに美しい空と風があることを世界に誇りたい」と、多くの徳島人は誇ってきた。しかし今、吉野川河口域は開発の展示場となってしまった。
 吉野川河口の景観の雄大さや自然環境の恵みを享受する幸せ。そして、無惨な姿を見なければならない、どうしようもない喪失感とそこに立ち会わなければならない不幸。その両方を経験することになってしまった私たちはおろおろとし、地団太ふんだり、悔し涙を流したり、何に対して、だれに対してなのか申し訳ない思いを募らせている。

吉野川河口風景   吉野川河口の開発計画
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奇跡の川といわれた吉野川河口はいま……
最悪のシナリオで開発がすすむ

 ご承知のとおり、吉野川河口域500haは、「東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ類重要生息地ネットワーク」に日本で最初に参加しており、勝浦川河口とともに、環境省の「日本の重要湿地500」にも選定され、国際的に重要な湿地に挙げられている。わが国では最大級の規模をもつ吉野川の汽水域と河口干潟は、シオマネキなど多くの貴重生物の生息地であり、シギ・チドリなど160種を超える野鳥の餌場となっている。河口と浅海域は豊かな沿岸漁場であり、良質の海苔やシジミを産してきた。県都の入り口にこれほどすばらしい自然環境や景観を保持しているところはない“奇跡の川”と誰もが誇ってきた。
 現在吉野川河口干潟は主に3件の大型公共事業による撹乱の危機に曝されている。図に示すとおり、河口1.5kmのところに東環状大橋が建設されており、河口域の干潟や河道の空や空間への影響が心配されている。そして、高速道路(四国横断自動車道)が、河口入口を橋梁式で通過する臨海部ルートで計画され、政治的状況の変化により、着工を視野に入れた段階にある。さらに、河口入口右岸側のマリンピア沖州第二期工事は、高速道路のインターチェンジ用地として沖州海浜を埋め立てる計画である。RDB掲載種であるルイスハンミョウを移植するミティゲーション措置として人工海浜がつくられるものの、二枚貝など多種多様な生物の豊かな生息地である干潟が完全に消滅する。これらの開発工事は、道路と港湾の複合形であるため、総合的な検討が行われることはなかった。計画の将来性も十分議論されたとは言い難い。隣接したところで同時進行する大型工事であるにもかかわらず、複合的な環境影響評価もなしに粛々と進んでおり、水面や空間の遮蔽による干潟環境や生態系への影響が心配されている。

国土交通省の道路計画図(クリックで拡大)

吉野川河口の中央を通過する東環状大橋建設は
干潟生態系を分断してしまう

 東環状大橋(仮称)事業は、アセス対象外の事業とはいえ、吉野川の河川管理者である国土交通省との河川協議にもとづいて影響予測評価がおこなわれたが、「環境影響評価検討のあらまし(2003年8月徳島県)」に示されるように、動植物・生態系に関しては、すべて「影響は軽微である」「影響はきわめて小さい」「影響はほとんどない」という文言で結ばれていて、せっかく調査をしながら、非科学的であり前時代的な予測評価となっている。
 その後、県内学識経験者による環境アドバイザー会議が設置されたが、環境影響予測について十分に審議されないまま、2003年12月には架橋工事が着工された。
 さらに本年3月に、モニタリング手法を検討するために徳島大学への委託事業として「汽水域生態系モニタリング手法研究会」が立ち上げられたが、着工後2年間2億円という多くのエルギーと費用を投じたモニタリング調査報告はどのように評価され審議されていくのか、吉野川河口の環境保全の要ともいうべきモニタリング調査体制については極めて曖昧なままである。環境保全目標も明確にせずただモニタリング調査さえすればいいという姿勢そのものであり残念でならない。市民の意見が干潟保全に生かされる道は閉ざされているのが現状である。

干潟観察会と東環状大橋建設 建設中の東環状大橋

緊急問題!! 四国横断自動車道の沿岸部ルート建設は必要ない

 日本道路公団が民営化され、10月1日に新会社がスタートし、吉野川の河口を通過することになっている四国横断自動車道(徳島〜小松島間)の整備方法が注目されている。つまり、西日本高速道路株式会社ならば建設費は完成後の通行料収入を原資とする借金で賄われ、国と県が負担する新直轄方式ならば税金でつくられる。今後3、4ヶ月の間で検討されることとなっている。
 四国横断自動車道のルートのうち、吉野川河口〜マリンピア沖洲〜新町川河口〜勝浦川河口までの臨海部を通過する橋梁式高速道路建設によって、多くの県民が愛してやまない吉野川河口の空間の広がりや景観、豊かな自然環境を著しく損なうことになる。
 吉野川河口の北岸と南岸を結んで勝浦川周辺までの区間には、すでに東環状線事業(事業費1300億円)が進行中であり、接近したところに平行して計画されるこの高速道路ルート(事業費1603億円)は、明らかな二重投資であり、しかも、国土交通省に設置した「道路事業評価手法検討委員会」において、このルートは費用対便益および採算性については最低のランクとして評価されている。私たちは、他の市民団体とともに、新たな高速道路を建設するのではなく、既存の道路や東環状線の有効活用を図るべきだと訴えているところである。

マリンピア沖洲埋立工事

私たちができることを確実に
吉野川河口保全の目標をしっかりと見極めていきたい

 これまで私たちは、東環状大橋建設にかかわるモニタリングや河口保全に関して、関係各所に何度も何度も要望書を提出したり、慣れない折衝を繰り返してきた。また南港ウェットランドグループなどのサポートでシギ・チドリや底生生物など市民調査を定期的に行ってきた。しかし、河口域は法制度も管理区域も複雑であることから、河口の保全を総合的に考えて実行していくのは至難の技である。そのためその具体的な方法については迷路を手探り状態で進んでいくような気持ちになり、いい知恵もあまりうかんでこないが、以下のような活動を考えている。皆様からのアドバイスを期待したい。
  1. 四国横断自動車道の臨海部ルートは、徳島の財産である吉野川の環境や景観に甚大な影響を与える。大幅な環境破壊をしてまで、無駄な投資をするのは環境、財政両面から大きな損失であり、臨海部ルートの橋梁式道路を整備する必要性はないと考える。“吉野川や徳島の渚に高速道路はいらない”運動を広げることが緊急課題と思っている。
  2. いま霞ヶ関の国土交通省では、全国の一級河川同様、吉野川の百年の計となるべき「河川整備基本方針」策定が進んでいる。さらに今後河川整備計画の策定にあたり、吉野川の汽水域の重要性を評価し、保全することを盛り込むこと、新河川法の精神に則り住民参加型のしくみづくりが実現されるよう積極的に具体的な提案をしていく。
  3. 吉野川河口の価値を自然や文化などいろいろな面から正当に評価するために市民調査を継続し、しっかり記録に残す。あらためて河口の価値を調べながら保全活動を行なう。
  4. 現在建設中の東環状大橋については、今後も市民としてしっかり見届けていく。
  • (1)事業主である徳島県は、干潟部に橋脚を立てない環境配慮型設計工法を採用したと主張してきた。果たして、潮流、地形、底質や鳥の飛翔への影響はどうなのか、市民によるモニタリング調査を行う。
  • (2)徳島県と河川管理者である国土交通省との間の河川協議は、様々な課題が積み残しになっており、河川協議そのものを形骸化させないように見守っていく。
  • (3)市民参加型モニタリングのしくみづくりを継続して訴えていく。行政に委ねるだけでなく、専門知と地域知をあわせた市民検討委員会をつくり、河口干潟保全に生かすための活動をおこなう。

(JAWAN通信 No.83 2005年12月25日発行から転載)