三番瀬の保全をめぐる現状
埋め立て計画の白紙撤回と円卓会議の発足
東京湾奥部に残された干潟・浅瀬「三番瀬」は、2001年9月に埋め立て計画が撤回された。撤回された101ヘクタール埋め立て計画の主な目的は、三番瀬に第二東京湾岸道路(第二湾岸道路)を通すことだった。
撤回したのは、2001年春の知事選で埋め立て計画の白紙撤回を掲げて当選した堂本暁子千葉県知事である。しかし、知事は、第二湾岸道路は積極推進の姿勢である。この道路は、陸上部分はほぼ9割が確保されている。しかし、三番瀬で中ぶらりんになっているため、三番瀬を通さないかぎり建設は不可能である。
浦安市の埋め立て地に確保されている道路用地は三番瀬の猫実川河口域(浦安に隣接する海域)につきあたるため、道路を通すためにはこの海域をなんとかする必要がある。そこで知事は、埋め立て計画をいったん白紙撤回したものの、新しい三番瀬計画を策定するため、2002年1月に三番瀬円卓会議を発足させた。
円卓会議は2年間ひらかれた。そこでの議論は、最初から最後まで、猫実川河口域の扱いをどうするかが焦点だった。海域に土砂を入れて大規模な人工干潟(砂浜)をつくるべきという提案がなんども持ちだされた。にもかかわらず、猫実川河口域の現地視察(見学)は一度もおこなわれなかった。一方、第二湾岸道路の問題は、知事の指示でいっさい議論がされなかった。
白紙撤回された埋め立て計画(101ha)(クリックで拡大)
浦安の第二湾岸道路用地
「三番瀬再生」をめぐる動き
円卓会議は、2004年1月に「三番瀬再生計画案」をまとめた。計画案には、猫実川河口域を保存することが盛り込まれた。これは、環境保護団体の代表委員や三番瀬保全団体、さらにはJAWANなど全国の環境保護団体が保全を強く訴えたからであった。
しかしながら、この海域につながる市川塩浜2丁目地先で海に張り出す形の石積み傾斜護岸をつくり、その前面に人工砂浜をつくることが「計画案」に盛り込まれた。
これは、多種多様な生き物が生息している浅瀬(浅海域)の一部をつぶすものであり、ひいては、猫実川河口域の大規模な人工砂浜化(埋め立てと同じ)につながる恐れの強いものである。そのため、三番瀬保全団体は強く反対した。パブリックコメント(意見公募)でも、反対意見が多数寄せられた。しかしながら、円卓会議はこれらの意見を無視した。
県は昨年(2004)12月、円卓会議の後継組織である「三番瀬再生会議」を発足させた。今年4月には、県が「三番瀬再生基本計画素案」を発表した。この素案には、猫実川河口域を保全するということが明記されていない。素案を審議した再生会議は、「猫実川河口域の評価や扱いは意見が分かれている」とし、県の素案をそのまま認めた。
一方、県は、「再生会議」の別組織として、「三番瀬漁場再生検討委員会」を立ち上げた。この委員会は、「漁場再生」などのために猫実川河口域を人工干潟にすべきと主張している委員が10人中7人を占めている。埋め立てに反対している委員は一人もいない。
また、県が別に設置した「市川海岸塩浜地区護岸検討委員会」では、浅海域をつぶす形で石積み護岸を実験的につくることが合意された。県は今後、関連事業として、石積み護岸の前に「干出域」(人工砂浜)をつくることなども今後検討するとしている。これらが「再生会議」でおおむね了承され、12月上旬にパブリックコメントにかけられる予定である。
他方で、かつて三番瀬埋め立てを推進していた地元市川市は、今年6月、猫実川河口域の人工海浜化構想をまとめ、広報紙で大々的に発表した。
7月には、首都圏8都県知事が連名で第二湾岸道路の整備を国に要望した。10月には、自民党の強い要請で県議会の中に「三番瀬問題特別委員会」が設置された。この委員会は、三番瀬再生や第二湾岸道路などの問題を検討することにしている。
三番瀬の現況(クリックで拡大)
第二東京湾岸道路の予定ルート(クリックで拡大)
「再生会議」などで議論されていること
今のところ、「三番瀬再生」の具体的事業は市川塩浜護岸改修だけである。その事業計画をめぐり、再生会議や護岸検討委員会の会合が何回もひらかれている。貴重な浅瀬をつぶして石積み傾斜護岸をつくることが三番瀬再生の“目玉”というのだから、「おいおい、正気かい」と言いたくなる。
議論の内容をみると、東京湾奥部に奇跡的に残された干潟・浅瀬をそのまま保存するという意見は“タブー”に近い状態である。11月17日の護岸検討委員会では、海をつぶしての石積み護岸をつくることにたいし、「千葉の干潟を守る会」の竹川未喜男委員だけが合意しなかった。竹川委員の主張はこうである。
1)円卓会議がまとめた「三番瀬再生計画案」には「海を狭めない」ということが明記されており、これに反する。
2)浅瀬に生息している生物にどういう影響をおよぼすのかという予測調査が不十分である。また、浅瀬をつぶすことの問題が十分に議論されないまま、石積み護岸をつくることだけが議論されている。
3)直立護岸が危険だというのなら、いまの形のまま短期間で改修すればよい。しかし、海をつぶし、しかも多額のカネを費やして石積み護岸をつくるという。そのため、2丁目護岸の改修だけで5年間かかる。他方で、崩壊危険性がいちばん高い塩浜1丁目の護岸は放置され、改修の対象外とされている。
竹川委員の主張は正論である。しかし、ただ一人合意しない竹川委員は、「なぜ合意しないのか」「合意すべきだ」などと、ほかの委員から激しく攻められた。環境派と目されている学者・専門家も、竹川委員に強い調子で合意をせまった。
それでも竹川委員が折れなかったため、「委員1名が合意事項を保留」ということで、11月25日の再生会議に諮問された。
この再生会議では、護岸改修にともなう「生物調査及び予測結果」も県が報告した。生き物がたくさん生息している浅瀬(浅海域)の一部をつぶして石積み護岸をつくるのだから、影響は大きい。県は、「護岸改修によるハビタット(生物の生育・生育場)への影響」について、こんな報告をした。
(1)直接的な影響
石積み傾斜護岸に改修されることにより、現在の直立護岸直下に成立している潮間帯生物のハビタットは喪失し、石積み傾斜堤上の潮間帯に置き換わる。護岸を建設する海域には、ウネナシトマヤガイなど、千葉県のレッドデータブックに掲載されている絶滅危ぐ種もたくさん生息している。したがって、石積み護岸をつくったあとに、ウネナシトマヤガイなどが再定着するかどうかが今後の検討課題になる。
(2)間接的な影響
改修後の護岸形状が周辺域の地形や底質に影響を与えた場合、その場所に生育・生息する生物に影響がおよぶことが考えられる。
これはすごく重要な問題である。三番瀬の保全・再生にとって根幹となる問題といってよい。ところが、再生会議では、この報告について議論がまったくされなかった。そして、石積み護岸改修がおおむね了承された。
これが、市民参加組織「三番瀬再生会議」の実態である。これについては、円卓会議や再生会議などを傍聴しつづけている人からこんな意見がだされている。
「三番瀬再生会議は、けっして三番瀬の自然や生態系を保護したり、良くしようとする会議ではない。はっきりいえば、三番瀬で行われる公共土木工事について議論する場となっている」
「県は、市民運動(埋め立て反対運動)の高揚でいったん白紙撤回された埋め立て計画を、形をかえて遂行しようとしているのではないか。円卓会議や再生会議は、市民運動を封じ込めたり、自然保護団体の妥協を引き出し、公共土木工事を進める手段に利用されている。これは、成田空港の2期工事を進めるために利用された成田空港円卓会議と同じだ」
猫実川河口のカキ礁の観察会
三番瀬を守るために
以上の経過をみればわかるように、かつての埋め立て推進勢力は猫実川河口域の「埋め立て」(=人工砂浜造成)をけっしてあきらめていない。その根底には、なんとしてでも第二湾岸道路を通したいという強い意向が働いていると推測される。
環境省は、三番瀬をラムサール条約登録の最有力候補地にあげていた。しかし、登録されなかったのは、登録されると第二湾岸道路をつくれなくなるという思惑があったからである。
猫実川河口域は、三番瀬のほかの環境条件には存在しない底生生物など、多種多様な生き物が生息している。アナジャコや絶滅危ぐ種もたくさんいる。ハゼなどの稚魚がたくさん泳ぎ回っており、稚魚の楽園ともなっている。約5000平方メートルの貴重なカキ礁も存在する。それほど、ここは生命力豊かな浅瀬である。生物多様性の観点からも、ここを保存することは重要である。
そんな大切な浅瀬をつぶして、石積み護岸をつくったり、人工海浜(人工干潟)をつくったりすることは、自然破壊でしかない。千葉の干潟を守る会、三番瀬を守る会、三番瀬を守る署名ネットワーク、千葉県自然保護連合などの団体は、「わずかに残された干潟・浅瀬をこれ以上つぶすな」などの要求を掲げて、さまざまなとりくみを進めている。
三番瀬市民調査の会も、2002年春から猫実川河口域の調査を継続的におこなっており、この海域が“命はぐくむ海のゆりかご”であることを実証している。今年は、市民調査の会によるカキ礁調査を新聞やテレビ、週刊誌が大々的にとりあげ、大きな反響をまきおこした。
(JAWAN通信 No.83 2005年12月25日発行から転載)
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