湿地再生は永遠のチャレンジである

伊藤よしの(グループ・エコアイランド)

 2005年1月、三番瀬などで開催されたシンポジウムでサンフランシスコ湾における湿地再生の経験について講演されたベイ博士は、スピーチでこう述べておられます。「湿地の再生はたとえよく計画され、成功した再生事業であっても、予期せぬ事態で予期せぬ方向へ向かいうる。科学者にとってもチャレンジであり続けるのだ。」
ベイ博士のお話をポイントアウトすれば
  1. サンフランシスコ湾の破壊、環境悪化を憂えた先見の明のある市民による保全のキャンペーン開始
  2. 芸術家、政治家など影響力を持つ人々などの参加・協力を得、湿地保全のための数々の法律が整備されていく
  3. 多数の科学者による「サンフランシスコ湾ハビタットゴールズ」の作成と、企業や行政、NGOらによるその利用
  4. 事業許可獲得のためのミティゲーションとしての再生から、いったん破壊された湿地を取り戻すための大規模な再生事業の方向へ
ということでしょう。
 ベイ博士は、「ハビタットゴールズ」の重要性と公正な結果を期待してのインディペンデントな科学者による研究、しかもほかのグループの科学者がそれを検証するというシステムを紹介されました。
 ハビタットゴールズは「こうしなさい」という規制的な面を目指して作られてはいません。多方面の調査に基づく指針集というところでしょうか。開発の計画を持つ企業も湾の管理主体も、保全や再生の提案をするNGOも非常にしばしばこのゴールズを参考にし、引用するそうです。

 このサンフランシスコ湾の経験を、私たちはどう活かすことができるのでしょう。
 「多くの一般市民を納得させる提案ができるようになるために、NGOに何が必要かを考える」という宿題をかかえて、サンフランシスコ湾へ行ってきました。結論からいうと宿題はまだ終わっていません。文化的・歴史的側面が大いに作用しており、算数のようにはいきません。しかし訪問先の人々や資料から得たヒントをいくつか書いておきたいと思います。

 ホームステイさせていただいたのは’92年の国際湿地シンポジウムで日本の湿地を訪問された元議員のエミリー・レンゼルさん宅です。フローレンスさんをはじめ環境団体が応援して市会議員に当選して、湿地保全に貢献し、現在は婦人団体の活動も行っています。たまたま地域の婦人の集まりを見学させていただきました。それは経済活動に関するもので、株を買い、活動費の捻出をはかるというものだったようです。それぞれがお勧めの株の情報を持ち寄り、活発な議論検討が行われていました。パロアルト市は、ITに詳しい人にとっては憧れの地だそうです、ここでも移民が増え、マンションの建築ラッシュのように見受けられました。
 カリフォルニアは自然災害が少ない(地震はあります)ので、アメリカ各地から移住してくる人も多いらしく、住宅の値段は一番高いと聞きました。街づくりのお話などは伺うチャンスがありませんでしたが、泊めていただいたお宅は古い農家をご自分で改築されたもので、市による歴史的な美しい建物として認定されているようでした(下写真参照)。
 パロアルトにはエミリーさんの名前のついた湿地もあります、しかしなぜか訪問した際には案内板が取り去られていました。
 エミリーさん宅には女性議員候補らの選挙キャンペーンでちょうどお忙しいさなかに訪問して迷惑をおかけしましたが、ほんの一部とはいえ本当の手作り選挙キャンペーンを見ることができたのは幸いでした。女性たちが持ち寄りの食事をしながら会議し、あちこちに話をしに行き、手紙を出しているようでした。目先の利益で動かない、持続可能な社会の構築を目標とする政治家が増えてほしいものです。


エミリーさん宅

 日本でもNGOはいろいろなところに出かけます。JAWAN代表の辻淳夫さんの話ですが、鳥のための保全など理解しないという場所に出かけて、自らの経験を淡々と話されたところ、はじめは警戒されたようですが、しまいにはお互いを理解し合えたそうです。
 話し合いは相手を説き伏せるためではなく、お互いを理解するためにもつというのはこのことでしょうか。このような取り組みは私たちにはまだ経験不足だといえるかもしれません。地域の環境の破壊を憂えた市民が活動をはじめたところまでは日本も同様です。そのあと、芸術家や政治家が同調し、力を発揮する―この点はどうでしょうか。一部は同じように思えます。
 フローレンスさんが繰り返し言われるのは「人間の暮らしのためにも自然が必要である」ということです。そこでのくくりがうまく説明できるかどうかは私たちの力量次第のような気がします。食物連鎖の頂点にいるということは連鎖に含まれているということであり、ほかの生き物におきている問題は人間の問題であることは明らかです。
 一般的な人が理解・納得できるような提案ができるようになるには、幅広い地域の問題の理解にもとづく前向きで具体的な提案を準備する必要がありそうです。広範囲なインディペンデントの科学者のデータがどれくらい利用できるかも決め手になりそうです。
 そういう意味でも、登録湿地となったあと、流域全体につながりを広げ、多方面の人々がかかわりあって活動をはじめている藤前(伊勢湾流域)や、たくさんの地域の人々がかかわって事業も実施しているアサザプロジェクトなどは参考になります。


ラリビエ再生湿地の一部

 サンフランシスコ湾では、さらに大規模な湿地再生に向けて市民や政府が協働しています。サンフランシスコ湾保全運動の英雄たちの中のお二人、ラリビエ夫妻も少し年齢を重ねておられるものの、まだまだ湿地の保全・再生に対してアンビシャスにチャレンジ中です。驚いたことの一つですが、このように湿地保全の英雄とたたえられる方でも、立派な事務所を持っているわけではなく、フローレンスさんの台所が事務所であり、ニュースレターはラリビエ氏が作ってこられています。お人柄でしょうか、NGO同士の争いなどとも無縁に感じられました。彼女の一声で政府の保護区の管理事務所が動くのも面白く思いました。再生湿地では侵入種との戦いもあります。また塩がたまった池のままの状態を好む種もあり、防災のための堤防も必要です。このような諸条件を、話し合いながらバランスの取れた計画にするためのシステムができているようです。


ラリビエ夫妻

 現存する湿地は保全が最優先、失ってしまった湿地はサンフランシスコ湾のように再生をするためのシステム作りが前提になります。
 理想的な湿地再生も保全計画も最初から存在するのではなく、作り出すものであること、作ったとしてもうまくいくとは限らないことを覚悟しつつ活動を続け、協働のシステムを作り上げるのは私たち自身の課題です。

(JAWAN通信 No.83 2005年12月25日発行から転載)