天野一葉(WWFジャパン自然保護室) モニタリングサイト1000とは、生物多様性条約に基づく、「新・生物多様性国家戦略」(2002年改訂)の中で提唱されているプロジェクトです。鳥や魚、森林など日本全国の特徴的な生きものや環境を長期間にわたってモニタリングし、身の回りの自然環境がどう変化しているかをとらえ、保全計画に生かしていくための基礎資料とします。WWFジャパンは、このうちのシギ・チドリ類調査を環境省より委託されています。 調査の歴史 戦後、大規模な公共事業や土地改良により、日本の干潟の約4割、淡水湿地の約6割が失われました。それに伴い、干潟や湿地を利用する代表的な鳥類であるシギ・チドリ類も、減少傾向にあるといわれています。シギ・チドリ類は干潟など湿地生態系の上位消費者であるため、生態系の健全性のバロメータになります。シギ・チドリ類が多く生息できる環境は、食物が豊富にあり、生態系が健全であることを意味します。 シギ・チドリ類の渡来状況 2005年度は86〜96カ所で調査が実施され、春期調査では、4月24日の一斉調査では、45種35,326羽が、調査期間中に記録された最大渡来数(調査期間内に記録された種ごとの最大数を合計した数値)では、53種116,251羽が記録されました。秋期調査では、9月18日の一斉調査で49種14,625羽、最大渡来数は54種38,175羽が、冬期調査では、1月15日の一斉調査で
33種26,636羽、最大渡来数で39種44,230羽が記録されました。また、冬期にズグロカモメ1,955羽(最大渡来数2,474羽)、クロツラヘラサギ125羽(244羽)、ツクシガモ2,615羽(3,873羽)が記録されました。
交流会の開催 モニタリング調査では、同じ方法で継続的に調査を行い、長期的な変化を検出します。渡来するシギ・チドリ類の絶対数を把握することは難しいのですが、毎回、調査範囲、時期、時間などの条件をなるべく同じにして、相対的な渡来状況の変化を捉えようとします。また、時期、潮や天候により変化するシギ・チドリ類の渡来状況を正確に捉えていくためには、その地域を熟知していることが必要であり、調査の継続のためには、調査の意義についての調査員や地域の理解と関心、新しい世代の参加も必要です。
シギチドリネットワークとの連携シギ・チドリ類の大部分は長距離を移動する渡り鳥で、繁殖地のアラスカやユーラシア大陸北部から、越冬地のオーストラリアやニュージーランドまで、片道1万2千km以上を渡る種もいます。日本は主に中継地として東アジア・オーストラリア地域フライウェイ(地球規模の渡り鳥の移動範囲の一つ)に含まれています。このように国をまたがって移動するシギ・チドリ類とその生息地の保全のために、日本やオーストラリアの環境省、国際的な環境保護団体などが中心となり、東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ類ネットワークが1996年に発足しました。ネットワークへは、現在、12カ国39カ所、日本では8カ所が参加し、参加地では、姉妹湿地との国際交流、観察会、シンポジウムなどの普及啓発活動、調査研究活動、調査データの蓄積、ネットワーク間での情報交換が行われています。WWFジャパンも、国内コーディネータとしてネットワーク活動を推進しています。 最小推定個体数の算定ネットワークへの参加基準の一つに、シギ・チドリ類の最小推定個体数の1%(渡りの中継地の場合は0.25%)を支える湿地であるという条件があります。モニタリング調査の結果は、東アジア・オーストラリア地域に、シギ・チドリ類が少なくとも何羽いるか(最小推定個体数)を算定する基礎データとなっています。例えば、キアシシギの最小推定個体数は40,000羽なので、 冬期は400羽以上、春、秋期は100羽以上の群れが記録されているかどうかを調べます。最小推定個体数の1%以上が渡来する湿地は、ラムサール条約登録湿地の条件でもあり、国際的に重要な湿地であるとみなされます。 基礎調査の重要性 モニタリング調査だけで、湿地の保全が進むわけではありませんが、国の事業としての調査の継続により、公表された報告書及びデータベースの形で、各地の基礎情報が蓄積されています。これらは公式の記録として、重要な湿地が選定・公表される際や、国や地方自治体が鳥獣保護区を設定する際の基礎資料となっています。また、ラムサール条約や、東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ類重要生息地ネットワークへの登録・参加申請の基礎資料にもなっています。調査が継続され、結果が公表されていることは、シギ・チドリ類や湿地の保全計画、地域の開発計画などに対して科学的な提言を行う際の基礎活動として、なくてはならないものです。 (JAWAN通信 No.85 2006年7月20日発行から転載) |