韓国の湿地は今――緊急レポート

キム・ヘチャン(金 海 蒼)(韓国・国際新聞環境専門記者/部長)

 2006年夏、韓国の湿地は死につつある。ソウル汝矣島の約140倍(1億2000万坪=40,100ヘクタール、諫早湾干拓地の11倍)もあるセマングム干潟が大韓民国最高裁判所の判決で消えることになった。環境団体の切実な要望と抗議にもかかわらず、セマングム干拓事業の追いこみ潮止め工事が行われた。セマングム干潟は生命の水を失うことになった。日本の諫早湾のような事が韓国でも起ったのだ。
 2006年3月、韓国の最高裁判所はセマングム干拓事業に対して環境団体から提訴された訴訟に対して原告敗訴の決定を下した。セマングム干拓事業は全羅北道の群山と扶安の間を33kmにわたる潮受け堤防で連結して農地を造成する大規模国策事業である。1991年に着工し、2011年完工予定であるこの事業はこの地を干拓して年間8万6429トンの米を生産し、淡水湖によって年間10億トンの水資源を確保することが目的だと言う。
 しかしこのような干拓事業は自然生態系を破壊するとんでもない代価に比べ、経済的妥当性が低すぎるという批判を受けてきた。セマングム事業の妥当性を検討した民・官共同調査団の内部報告書でさえも潮受け堤防の完工時には漁業資源の半分近くが失われてしまうだろうという見通しを示した。特に潮受け堤防は海洋生態系に深刻な影響を及ぼし、セマングムで産卵・回遊・生育するハゼなど一部の海洋生物が消えてゆき、シナハマグリやマテガイ、ウチムラサキなどが大量死するだろうと予測した。また国際保護鳥であるクロツラヘラサギとミヤコドリ、ヘラシギなどシギ・チドリ類の生息地が失われ、種や個体数が急激に減少することが見込まれていた。
 持続可能性が重視される最近、このような無謀な干拓事業が容認される状況を直視して、環境意識の強い市民たちは大いに失望している。目先の利益のために未来を捨てる行為だというのだ。
 ある角度から見れば、今回判決を下した最高裁判事13人の中6人がセマングム干拓事業の問題点を認めたという点で「負けたけれども意味のある判決」だったことは良かったと言える。2人の最高裁判事は農地の必要性、事業性など重大な事情変更があったという点などを挙げて反対意見を出し、また4人の最高裁判事は多数意見に同意するがセマングム干拓事業に予想される問題点に対して親環境的な方向で進めよという補足意見を出したのだ。

 セマングム訴訟を引き受けた原告側弁護団はセマングム訴訟最高裁判所大法廷判決に対する立場を発表し、「最高裁判所の多数意見はセマングム干拓事業を認めようということであったが、セマングム事業は施行されてはいけない事業だったとして、セマングム河口干潟をよく保全し、これを持続可能な方法で利用する方策を捜さなければならないという少数意見が賢明な決定であったと評価を受ける時が来る」であろうとして、「遠くない将来、セマングム干拓事業に対する再評価がなされることを確信する」と主張した。

 いまやセマングム干拓事業の潮止め反対運動は失敗に終わったが、潮止め後のセマングム運動はここから始まるという見解もある。環境紛争研究所長であるシン・チャンヒョン氏の提案だ。その第1は、政府が言う「親環境順次開発」の内容を具体化してセマングムの開発方式に関する社会協約を結ぼうということだ。政府はセマングム湖の水質を環境基準以内で維持すると約束し、最高裁判所はこの約束を信じて埋め立て兔許を取り消す理由がないと判決を下したほどであり、この約束を守ることができなければ恒久的な海水流通は不可避であり、干拓地の面積は大幅に減らすしかないということだ。第2は、セマングムの土地利用計画に対して社会協約を結ぼうということだ。干拓事業の中止を要求する訴訟に負けたとは言え、来るべき世代が受け継ぐセマングムに関する発言権までも奪われたのではない。そして6月末、国土研究院の土地利用計画試案が出れば、これを土台にして環境と未来の観点で修正補完することができるよう事前準備が必要だというのだ。第3は、セマングムの生態系保存対策に関して社会協約を結ぶということだ。干拓事業による変化が予想される生態系の中で必ず守らなければならない生物種はどのようなものなのか、何をどのようにすればそれらを守ることができるのか、費用は誰がいくら負担するかなどに対する社会的合意が必要だということだ。中でもセマングムはシベリアとオーストラリアを行き来する渡り鳥たちの中継地であるので、これを保護するための国際社会の関心と支援を積極的に要請して、関連の国々と情報を共有し、予算を分担する国際協力も重要だというのだ。今や状況は危機的であり、真の意味で政府、企業、環境団体がセマングムの未来に対して悩まなければならない時である、という。どの位現実味があるかは分からないが、最善でなければ次善策であってもセマングムを保全する努力が必要だという点は同感できる。

乙淑島にあるサンカクイScirpus triqueterの群落

 私が住む釜山(プサン)の、洛東江(ナクトンガン)河口もセマングムとほとんど同じ開発の嵐の前に危機にさらされている。天然記念物第179号の洛東江河口乙淑(ウルスク)島南端の上を横切る鳴旨(ミョンジ)大橋建設工事が始まった。経済発展と便利さの名の下に私たちの美しさ、静かさ、懐かしさ、優しさのような見えないものの価値がすっかり無視されてしまっている。
 一時は東洋最大の渡り鳥渡来地として有名だった洛東江河口は87年の河口堰建設に引き続き西釜山開発事業という名目で鳴旨(ミョンジ)、新湖(シノ)、山(ノクサン)などの素晴らしい干潟が埋め立てられ、工場と住宅団地が入ってきてしまった。鳴旨大橋建設のほかにも各種開発事業が林立している。
 このような鳴旨大橋建設計画に対し、洛東江河口市民連帯会員たちは素手で闘っている。中でも「湿地と鳥たちの友だち」の朴重録(パク・チュンロク)委員長と「洛東江河口市民連帯」の崔鍾石(チョエ・ジョンソク)共同代表の奮闘は涙ぐましい。彼らは最近「朴弁(パクピョン)」、「崔弁(チョエビョン)」と呼ばれる。ここで 「弁(ビョン)」と言うのは弁護士(ビョノサ)の略称であると同時に愛称だ。というのは高校教師である朴委員長と歯科医師である崔代表が鳴旨大橋工事着工禁止仮処分申請裁判の第一線で、それも弁護士なしに直接原告側口頭弁論をしたからだ。当初から支援してくれてきた弁護士が今年初めから国選弁護人となって他の業務を引き受けることができなくなり、ふさわしい弁護士を探すことができなかったため、お二人が直接弁護をすることになったのだ。
 洛東江河口は釜山市沙下(サハ)区と江西(ガンソ)区にまたがる約109.3km2にのぼる湿地だ。こちらは去る66年7月、天然記念物第179号の文化財保護区域、82年10月には沿岸汚染特別管理海域、83年3月には自然生態系保全地域、そして99年8月には湿地保護区域という4つの法律のもとに保護されている場所である。鳴旨大橋建設計画というのは物流疎通及び交通渋滞解消のために釜山市がこの乙淑島南端に総事業費 4200億ウォンをかけて延長4.8kmの橋を架けるというものだ。
 93年12月鳴旨大橋建設計画は、都市計画施設が決まって以来、2002年2月文化財委員会で直線型迂回案の路線が決まって、2004年5月文化財現状変更許可が出た。これに対して釜山緑色連合および湿地と鳥たちの友だちなど洛東江河口市民連帯側は昨年12月行政審判を請求したが昨年4月却下された。昨年6月釜山市の湿地保護地域内行為承認が下されると釜山地方裁判所に工事中止仮処分申請を出したが去る3月棄却され、去る6月19日釜山高等裁判所は再び棄却の判決を下した。原告側は直ちに最高裁判所に上訴した。

鳴旨大橋架橋工事

 鳴旨大橋建設に関連する抗訴審におけるこれまでの争点と結果は以下のようである。
 第1、いわゆる原告適格の可否である。釜山市など被告側は洛東江河口に直接関連のない市民団体は原告資格がないと主張する。これに対して原告側は住民の居住がない国家指定文化財での開発活動に対して、市民たちの自発的参加と湿地保存のために創立された環境団体が異議を申し立てることは憲法に規定された当然の権利というのだ。特に洛東江河口を根拠として団体が活動し、現場教育活動の場となっており、鳴旨大橋建設による実質的被害者である点を強調している。この度の抗訴審判決で、そこまでも原告の適格性について認められたことは意味があると言わなければならないであろう。
 第2、橋の建設によって渡り鳥の生息環境に及ぶ影響がどうかということである。これに対して被告側は鳴旨大橋建設が湿地保護地域の機能を喪失させるとは考えにくいので湿地保存法に違反していなかったと主張する。これに対して原告側は、いわゆる専門家たちが作成した鳥類調査報告書の不完全さについて裁判所が信頼性を確認する努力を全くしなかったと強調する。実際、釜山市側が提示した報告書には洛東江河口に平均109種、個体数12万6775余が生息しているとされているが、湿地と鳥たちの友だちが調査した報告書では174種、個体数13万5100余であり、著しい差がある。原告側はまた国家機関である韓国環境政策評価研究院(KEI)の事前環境性検討意見書に、この事業の全面的見直しが必要であり、現在釜山市の主張する路線が最適ではないとを明言しているくだりがあるが、このような意見が洛東江流域環境庁の検討過程や地方裁判所の一審裁判で全く引用されなかったと主張した。抗訴審で裁判所は釜山市側の資料に基づいて釜山市の主張を一方的に認めた。
 第3、代替案があるかどうかという問題である。これに対して原告側は西釜山と都心を連結する道路は現在6か所あり、華明(ファミョン)大橋が建設中であって、軽電鉄用の橋の建設なども推進中なので、決して足りないとは言えず、乙淑島の橋梁区間も通勤時間帯を除けば車の流れは速いと主張する。既存の橋の拡張や接続道路の確保などの方法を通じて交通量の拡大が可能であるのに、代替案を発掘する努力に背を向けたまま民間企業に不当に多額の利益を保障する釜山市の大型建設事業は問題があると付け加える。ここでもまた裁判所は釜山市側の意見の方を受け入れた。

 まだ最高裁判所の決定が残っているが、法的に原告側が勝利する可能性はほとんど見えない。本当に洛東江河口を生かす方法はないのだろうか。それにはまず洛東江河口における保護運動への全国的な連帯が必要だと考える。洛東江河口は釜山のものであるだけではなく大韓民国のものであり、ひいては世界のものでもある。渡り鳥がいない場所には結局人間も住むことができない。10年、さもなければ20年後にソウルの清渓川(チョンゲチョン)のように洛東江河口の堰を壊し、鳴旨大橋の撤去を実現させることもできるだろう。洛東江河口の全面再生及び復元を計画する日はきっと来なければならないのだ。

 こんな騒ぎの中、2008年10月慶尚南道昌原市一帯で第10回ラムサール締約国会議(COP10)が開催される。国内外NGOを含めて、2000人近くが集まることが見込まれる。慶尚南道は道知事を含めて2008年締約国会議を成功裏に開催するため、去る3月に慶尚南道ラムサール締約国会議準備企画団を発足させた。6月には諮問委員会と推進委員会などを相次いで組織し、会議場施設基盤の構築に踏み出している。慶尚南道はできれば北朝鮮代表団の招請を成功させて環境分野の南北交流協力のきっかけを用意するという計画も持っている。慶尚南道は2008年ラムサール締約国会議を契機に慶南地域にある梁山市のミルバ沼、華厳沼、タンジョ沼、密陽市のサンドゥル沼など4つの山地湿地のラムサール条約湿地への登録を推進する見通しだ。
 これに比べて、洛東江河口という同じ世界的自然遺産を持っている釜山市は、2008年ラムサール締約国会議に対してすんなり受け入れられないと考え、何ら準備をしておらず、湿地を愛する世界の人々から叱責を受ける恐れが高そうだ。

 私は、去る2002年「そこに行けば鳥がいる」という本を通じてセマングム干潟、洛東江河口を含めて全国18カ所の湿地を紹介した。しかし、いまやその中で、たくさん修正しなければならない所がでてきた。セマングムしかり、洛東江河口しかり、泗川昆陽川も同様だ。一方その中で順天(スンチョン)1カ所ではあるがラムサール条約湿地に登録された所もある。
 私たちは生きて行くなかで、なくしてしまった後でそれを大事なものと悟ることになるのかも知れない。セマングム干潟と洛東江河口の破壊を見ながら、今こそ私たちの生活様式に対する反省が必要だということを強く感じる。また本当の意味で環境団体の国際的な連帯が切実な時である。東アジア・オーストラリア地域ガン・カモ類ネットワーク議長の日本の呉地さんが、湿地と鳥たちの友だちの要請を受けて洛東江と鳴旨大橋建設関連訴訟の弁論に直接出廷して、環境破壊の憂慮を語ったことや、釜山の湿地と鳥たちの友だちの朴重録委員長が、呉地さんの愛する伊豆沼に対する開発の動きに対して、先頭に立って韓国側の反対署名運動を始めたことのように、自然を愛する人々が鳥のように国際的に連帯をする道こそがまさに環境運動の力という気がする。2008年慶南のラムサール締約国会議こそそのような国際連帯の場となることを心から期待する。

(翻訳・柏木 実)

(JAWAN通信 No.85 2006年7月20日発行から転載)