韓国の干潟が危ない!!
――消え行くシギチドリの楽園、セマングム干潟

梅村幸稔(NPO法人藤前干潟を守る会・ガタレンジャー)

 自分が韓国の干潟に関心を持ったのは2002年2月に韓国のソウルで行われた『ハマシギ・ヘラシギシンポジウム』に参加したのがきっかけだった。それ以前にも藤前干潟でのシンポジウム等で、韓国の干潟活動家のゲストから韓国の干潟の現状を聞く機会は何度かあったが、ある意味外国のことなので……と聞き流していた部分がかなりあったと思い出される。
 そのシンポジウムの中でキーワードのようにある干潟の名前が挙がっていた。それが『セマングム』だった。韓国地名に関してソウルとプサンしか知らなかった当時、空港でもらった韓国の観光マップを広げてもその場所がどこなのかまったく見当も付かず、通訳をしてくれた友人から教えてもらい、やっとだいたいの位置がわかった次第だった。
 シンポジウムが終わり、一行はセマングムの見学に向かうというのだが、残念なことに自分は日程の都合が付かず帰国となってしまった。
 2004年4月、藤前干潟を守る会とJAWANの共同企画でおこなった韓国エコツアーに参加し、初めてセマングムに行くことができた。話には聞いていたがとてつもなく広い。何点かの観察ポイントを回ったが、想像以上の広さだった。
 工事はすでに完成間近だと聞いていたが、まだ潮位の変化もあり、オック塩田跡の堤防からはマンギョン江の干潟に300羽以上のオオソリハシシギの群れと、沖の干潟の上には数千を超えるであろう中型シギの影が餌をついばんでいるのが陽炎越しに見えていた。
 塩性湿地にも立ち寄ったが、すでに潮位の低下の影響がでていて、湿地周辺の地面はひび割れ表面には海水が干上がり薄らと塩が浮いていていた。この状況を見て改めて環境への影響がかなり進行していることを感じた。
 2005年4月、やはりセマングムのことが気になってしまい、知人の野鳥研究者3人を誘い再度セマングムの地に来ることができた。
 午前中はクム江の野鳥観察館と堰下流の干潟でカウントした後、オック塩田跡の堤防にあがりマンギョン江の干潟でカウントを始めた。観察を始めてしばらくすると、沖のほうから黒い雲がどんどん近づいてくる。それがだんだん鳥の群れだと理解してくるのだが、はっきり言って数万のシギが目の前で群飛するところなど一度も見たことがないので、思考が間に合わない。それがオバシギの群れだとわかるのに数分、数がだいたい5万近い群れが数個あるのかと推測するのにさらに数分以上かかり、やっと正気にもどった状態だった。その間、感動とパニックで「ウォー!?」とか「ウァー!?」とただひたすら叫んでいた。
 観察地の近くにひと群れが下りたので観察を続けると、脚にフラッグをつけている個体が何個体か確認できた。黄と赤2種類で、ともに角を落としていないタイプのフラッグをつけている個体が目に付いた。多分日本でこのような大群が観察できる場所はもう一個所もないだろう。世界中の生息数のうち何割が利用しているのか不明だが、もしこの渡来地がなくなれば、絶滅へのカウントダウンは一気に加速することは間違いないと実感した。

オバシギの大群飛。マンギョン江の干潟の上空に5万羽近くのオバシギが群飛する。 かつてこんな数のオバシギの大群を見たことはない。

 2006年4月、メールで「セマングムの堤防が完成してすでに閉め切られた」という情報が流れた。季節は春の大潮の時期、しかもシギチドリの渡り最盛期でもある。気になって気になって仕方がなく、連休を利用して5月1日にセマングムに向けて出発した。
 5月2日、群山市内を流れるクム江の河口干潟を見に行ってみた。ここはセマングムから北に数十km程度しか離れていないので、シギチドリの行き来があると考えたからだ。満潮に近かったため、比較的近くに観察することができたが、種類的にはハマシギやトウネン、アオアシシギが多く、オバシギの数はそれほどでもなかった。
 午後からオック塩田跡へ向かい、マンギョン江の干潟の観察をすることにした。しかし、そこは自分の知っているかつてのマンギョン江干潟の風景とはまるで違う風景だった。
 干潟だった場所は完全に干上がり乾燥してひび割れが始まり、川に面したところは崩れて30cmちかい段差ができている。締め切られてしばらく経っているとはいえかなり悲惨な状況だった。早速観察を始めてみるが、近場にはアオアシシギとチュウシャクシギが数羽いるのみで群れといえるような集団利用はまったく見つからない。水位が下がり、干潟だった場所が干上がって陸になっているのだから餌が取れるはずもなく、シギチドリが利用するにはかなり難ありの環境になってしまっている。
 沖のほうを見てみると数百m先の浅瀬だったと思われる場所がちょうど干潟が干出したような状態になっていて、そこにシギの群れが集まっているのが確認できた。
 その後、KFEM(韓国環境運動連合)のオ・ドンピルさんの案内でファポの塩性湿地に行ってみた。草地帯はすでに湿地というカテゴリーに入らないのではないかと思うほど乾燥がひどく、マンギョン江までの数百mは乾燥してひび割れた大地が続いていた。ここはまだ川の影響がつよいのか浅瀬が残っていて、ハマシギ、トウネンをたして約3千羽、オバシギは約千羽が確認できた。

ハダン。取り残された漁船、水位低下で干上がった干潟の上には、もう漁にでることのない漁船が取り残された。 プアン。砂漠のような風景が広がる。

 5月4日、オ・ドンピルさんの案内でセマングム南岸のプアンへ観察に行った。以前、エコツアーで訪れた際、干潟の中をトラックが貝取りの人を乗せて沖のほうへ走っていく風景を見た場所だ。ここも乾燥が進み、岸辺から3〜4kmくらい地先まで小型車や原付バイクでも走れるほどになっていた。干潟の中を走る車からの眺めは、干潟を走っているというよりもどこかの砂漠を走っているという印象で、車の走れる限界近くに来るまで一羽の鳥すら見られなかった。
 岸から4km近く来たあたりでやっと貝取りをしている人影を見つけることができた。その先にはやっとシギチドリの姿が現れ、オバシギが約2千羽、ハマシギ、トウネンがあわせて約5千羽、メダイチドリが約百羽など、比較的まとまった集団利用が確認できた。
 今回訪れてみて、第一印象として、明らかにシギチドリの減少が進んでいる印象を受けた。今年の春は浅瀬が残っていたのでまだなんとかなっていたと思うのだが、秋以降は餌をとる場所が壊滅的になるのではないかと思う。
 昨年、数万羽のオバシギの大群飛を体験したが、本当に最初で最後の体験になってしまうのかと思うととても悲しい。セマングムを利用してきた鳥たちは一体どうなってしまうのだろうか。

(JAWAN通信 No.85 2006年7月20日発行から転載)