市民による海岸植物群落調査の意義
開発法子((財)日本自然保護協会保護・研究部部長(研究担当))
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写真1 調査風景 |
日本自然保護協会(NACS-J)では、海岸植物群落の保護に取り組むため、2004年から3年間にわたり、全国の砂浜海岸を対象に、市民による海岸植物群落調査を実施してきました(写真1)。調査では、海岸に生育する植物群落だけでなく、砂浜のようすや人工構築物、人びとの利用状況など海岸の環境についても調べました。これまで調査には1000人を超える人たちが参加し、約1000カ所の海岸の調査結果が集まりました。
現在、結果の集計と解析を行っているところですが、今回は調査の中間結果から見えてきた日本の海岸の現況を報告します。 海岸の植物群落が危ない!
海岸には、ハマヒルガオなど海岸にしか生育できない植物が生育し、日本のふるさとの海辺の景観を形づくっています。これら海岸植物は、潮風に含まれる塩分や、風による砂の吹きつけ、埋もれなどの影響を受ける変化の激しい過酷な環境に適応して生育しています。
しかし、海岸の人工化が進むとこのような海岸特有の自然環境が失われてしまいます。内陸のような穏やかな環境になると本来なら海岸には生育できない植物が入りこんできます。すると、海岸植物は競争に負けて、生育地が狭められ減少してしまいます。さらに埋め立てなどの人工化が進むと、砂浜や塩生湿地など生育地そのものが消滅し、海岸植物群落はもとより、海岸独自の生態系も失われます。第5回自然環境保全基礎調査では、自然海岸は全国の海岸線の約53%、島嶼域を除く本土域では約42%まで減少していると報告されました(環境省 1998)。
1996年にNACS-JとWWFジャパンが発行した「植物群落レッドデータ・ブック」の解析結果からは、海浜草本群落、塩生湿地群落、マングローブ林、河川礫原草本群落、貧栄養湿原、河畔林など河川や湿地、海岸等水辺の植物群落が危機に直面している実態が明らかになりました。
中でも植物群落を含む海岸の自然については、国の施策において河川などに比べ保護の取り組みが大きく遅れています。その主な原因の一つとして、我が国の海岸管理における縦割り行政の弊害があげられます。
行政上、日本の海岸は、海岸保全区域、河川区域(河口)、港湾区域、漁港区域、保安林、農地(干拓地)に区分され、国の所管はそれぞれ、国土交通省河川局海岸室、河川局、国土交通省港湾局、水産庁、林野庁、農林水産省農村振興局と分かれています。海岸の管理についても、海岸法や港湾法など、規定している法律が別になっています。そのため、国レベルで海岸全体の自然環境を調査し、モニタリングする体制ができておらず、海岸の自然環境に関する全国的なデータの蓄積はほとんどありません。危機的な海岸植物群落の保護に取り組むためには、保全策の検討に資する全国の海岸のデータが必要でした。
このような状況から、市民による海岸植物群落調査を立ち上げました。短期間で全国の状況を把握するには、日ごろから自然観察に親しんでいる人たちのネットワークを活かした市民による調査が有効と考えました。
(↑クリックで拡大表示) 調査の中間結果
2004年3月から2006年3月末までに実施された723海岸(26府県)の調査結果の一部を紹介します。
波打ち際から内陸へと連続する海岸の範囲について調べたところ、約75%の海岸が、堤防や護岸などの人工構築物や道路、クロマツ植林等で分断され、海岸の奥行きが狭められていました(図1)。その分、海岸植物群落の生育地が減少しているといえます。海側にも陸側にも人工物がない自然の海岸は、1割にも満たない状況でした。「調査に行ったら護岸工事で砂浜が無くなっていた」といった報告も届きました。
生育している海岸植物の種数については、半数以上の海岸で5種以下となっており、10種以上の生育が確認された海岸は、全体の8%でした(図2)。奥行きのある自然状態のよい海岸では概ね20種以上の海岸植物が見られます。
植物群落の生育状態については「壊滅状態」とされた海岸は22%を占め、半数以上の海岸で生育状態が「悪い」とされました(図3)。群落へのインパクト要因としては、もっとも多かったのは護岸工事。次いで、人の踏みつけ、台風、ゴミ・廃棄物等の投棄でした(図4:インパクトを分類しまとめた結果)。
さらに、200カ所を超える海岸で、北米原産のコマツヨイグサ(写真2)の生育が確認されました。ほかにもキミガヨランやオオフタバムグラ、アメリカネナシカズラなどの外来種が各地の海岸に入り込んでいることが報告されました。
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写真2 コマツヨイグサ |
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写真3 オオハマガヤの植栽 |
外来種オオハマガヤの問題
外来種の中で、在来の海岸植物にとってもっとも大きな脅威となっているのがオオハマガヤの植栽です。私たちの調査で、東北地方を中心に外来種のオオハマガヤAmmophila breviligulata が広大な草原を形成していることが明らかになりました(写真3)。特に大規模なオオハマガヤの植栽が、青森県、秋田県、山形県、石川県で確認されました。これらの海岸では、治山事業として、クロマツの保安林を飛砂の害から守るために、その海側に草本類を植栽していますが、そこに外来種のオオハマガヤが用いられていたのです。
オオハマガヤが一面に植栽されてしまうと、在来の海岸植物は生育する場を奪われ、本来の日本の海浜植生が破壊されてしまいます。そこでNACS-Jでは、事業者に対しオオハマガヤの導入の中止と、導入に至る実態調査、既に植栽されたものの除去と従来の海浜植生への回復を実施するよう要請しました。
事業者からは実態調査とこれ以上の導入の中止、植栽地から拡散したものの除去を行うとの回答がありました。事業者に確認したところ、オオハマガヤが導入された経緯は、本来は在来種のハマニンニクを植栽に用いるところを、外観が類似しているオオハマガヤを区別せずに誤って植栽してしまっていたことが明らかになりました。一方、自然の植生への回復については困難との意向が示されたため、自然植生回復に向けて継続して協議することとしました。
海岸植物群落の保全にむけて
調査結果が示すように、海岸の植物群落は、人工構築物やクロマツ植林による砂浜の分断、外来種の侵入によって、生育場所が失われつつある実態が確認されました。海岸植物群落の保護を進めるには、汀線−砂浜−後背地の海岸環境の連続性を確保する形で保全することが重要です。それは植物群落そのものだけでなく、砂浜に営巣するコアジサシや、産卵に訪れるアカウミガメなど野生動物の生息地を保護することでもあります。海岸の景観や人が海の自然と触れ合う場をも守ることです。
またさらに、各地で海岸の侵食が見られ、海岸植物群落生育地の減少に拍車をかけています。侵食の原因としては、河川の上流部でのダム建設や河口部での堰建設などによる陸から海への土砂の供給の減少、消波堤による海食崖の侵食の低減、海岸での人工物構築による潮流の変化などが考えられています。このようなことから、海岸植物群落の保護を考えることは、その生育地である海岸環境を考えること、そして海に流れ込む河川の管理や海岸管理のあり方を考えることに深く結びついているといえます。
1999年海岸法の一部が改正され、防護だけでなく、環境や利用とも調和のとれた総合的な海岸管理をすることが目的として位置づけられました。海岸ごとに策定される海岸保全基本計画(防護、環境、利用の基本的事項)では、地域住民の参加が位置づけられており、海岸の保全に対してだれでも意見を出すことができます。
市民参加調査は、多くの人が調査に関わることで、地域レベルできめ細かく海岸植物群落の状況を把握することができるのはもちろんですが、少しでも多くの人が関心をもって海岸の自然を見守っていくことに大きな意義があります。これは、人の立ち入りやゴミの投棄など海岸植物群落への直接的なインパクトを低減させることや、海岸保全に係る市民の意見を海岸管理に反映させていくことにつながります。
NACS-Jでは、本調査の解析結果をもとに、海岸植物群落保護の視点から海岸管理のあり方を見直し、これまでの海岸管理において十分考慮されてこなかった海岸の自然環境保全のための提案を行っていきたいと考えています。
- 調査結果は、NACS-Jのホームページで公開しています。http://www.nacsj.or.jp
- ホームページでは、調査員が撮影した現地の写真や海岸の紹介文を掲載。県ごとの植物種リストや、主な植物群落の分布、アカウミガメ・コアジサシなどの生育分布も地図表示されています。
(JAWAN通信 No.86 2006年11月25日発行から転載)
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