伊勢湾「木曽岬干拓地」環境復元の取り組み
木原寿代(自然観察指導員三重連絡会事務局長、松名瀬干潟ウォッチング代表)
三重県桑名市長島町にある施設「輪中の郷」に展示の約300年前の「古図」を見ると、当時は木曽三川(揖斐川・長良川・木曽川)の原型にあたる河川が網脈状に流下していて、河口域は広大なデルタ地帯であった様子がうかがえます。
伊勢湾奥域の開拓の歴史は古く、1600年代には開始されていたといいます。度重なる洪水で1900年代初頭、明治政府は治水事業の一環として、オランダからデ・レーケなどの技師を招き、明治改修と呼ばれる大規模な河川改修に着手しました。その時に流路は現在の揖斐川、長良川、木曽川の三川に分流されました。
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木曽岬輪中の郷の古地図 |
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木曽岬干拓地(2006年1月)撮影:伊藤恵子 |
悪名高き「長良川河口堰」は10年経過した今も、国は過去の過ちを認めようとしていません。その「長良川河口堰」のお隣り「木曽川」の左岸、三重県と愛知県の県境に、これまた国の失策の干拓地があります。その名は「木曽岬干拓地」。
愛知県の「鍋田干拓地」に隣接した面積443.4haの干拓地です。木曽岬干拓地は鍋田干拓地事業に続いて1966年(昭和41年)に国(農林水産省)によって着手されました。当初の事業目的は、都市近郊農業地帯としての立地条件を生かし、後背地農家の経営規模を拡大し、農業の近代化および経営の安定化をはかることでした。しかしその後社会情勢が変わり、この目的の実現が出来なくなり放置されたのです。
言うまでもなく、干拓地の過去は広大な浅海、干潟であり、伊勢湾の生物生産力と水質浄化に大きく寄与していました。干拓による機能消失は、伊勢湾の漁業衰退と環境の悪化をもたらしました。当時、木曽川河口一帯はハマグリやノリの主産地でしたが、国策ということで地元の漁業者は断腸の思いで漁場を手放しました。干拓計画時に三重県が地元漁協や浅瀬の土地所有者に、干拓後の農地を有償で優先配分するとの協定を結んでいました。しかし、土地が農業目的でなくなり、この協定が実行できないことで補償問題がこじれた経緯があります。
以来40年、この干拓地は手付かずのまま経過しました。1997年(平成9年)に三重県と愛知県は共同で「木曽岬干拓地土地利用検討委員会」を設置し木曽岬干拓地の利用について検討した結果、2000年(平成12年)に79.6haを愛知県が、335.2haを三重県が購入しました。4.2haは第二名神用地として道路公団に、河川堤防関係の24.4haは国土交通省のものとなっています。
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木曽岬県道バイパス工事 |
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伊勢湾岸自動車道盛り土現場 |
2005年(平成17年)1月、三重県は当面の土地利用として、20haを建設発生土ストックヤードとして、125.1haを野外体験広場、55.2haを農業体験広場、61.7haを運動広場、59.9haを自然体験広場、13.2haを道路、水路として整備することになりました。将来的には盛土等を前提とした、高度な形での都市的な土地利用に発展させていくという段階的な利用計画です。
2月には、この事業の実施にあたり「木曽岬干拓地環境影響評価準備書説明会」がありましたので参加しました。日本野鳥の会三重県支部からは、全国有数のチュウヒ繁殖地としての保護が訴えられました。木曽岬町民からは『S41年には206あったノリ養殖業者が8になった。増産ということで犠牲を払って耐えてきた。県は「地元と手をたずさえて取り組む」と言いながら地元に何も相談もない。漁業者全員の好意を踏みにじるものだ』などと厳しい意見が続出しました。
3月には「木曽岬干拓地整備事業環境評価準備書」の意見公募に対して、自然観察指導員三重連絡会からは、「三重県側での説明会は、事業についての理解が得られているとは思われない状況です。このまま事業を推し進めるのではなく事業計画自体について、場合によっては干潟に戻すことも含め、地元住民だけにとどまらず、漁業関係者や自然環境に関心のある者、伊勢湾全体の状況改善に取りくむ者など、多くの人で十分な話し合いを行うべきであり、そのような議論の場が設けられることを要望します。」と意見書を提出しました。
10月には「木曽岬干拓地整備事業に係る環境影響評価に関する聴取会」に「伊勢・三河湾流域ネットワーク」の4名の皆さんと共に「干潟や浅海の復元」を求めて意見を述べました。しかし意見書はあくまでも参考とするだけにとどまり、2006年(平成18年)6月、三重県は伊勢湾岸自動車道よりも北側部分から、海抜マイナス50cmの現状の土地に対して、高さ5mの盛土工事を始めました。
「自然再生推進法」が出来て、干拓地を干潟や浅海に戻す事業も行われる時代です。木曽岬干拓地は、伊勢湾の環境復元の第一歩として、残された部分について粘り強く見守っていく必要があります。
三重県・愛知県の土地利用計画
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干潟復元のイメージ案
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取り戻したい風景 |
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(JAWAN通信 No.86 2006年11月25日発行から転載)
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