倉澤七生 イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク事務局長 海洋基本法が制定された。だが……この7月、国会与党議員中心で進められた「海洋基本法」が制定された。海に関しては長らく縦割り行政の弊害を受けてきたので、政策本部が内閣府におかれ、省庁横断的な施策を実現する上で今回の制定は歓迎すべきものといえるかもしれない。少なくとも最初の発想としては「国連海洋法条約に基づく海洋の統合的管理」という目的があったのだからだ。たまたまそれが中国のガス田開発事件が起きたため大いに促進され、結果として開発と領土が先行することになってしまったが。今に始まったことではないが、今回の基本法もはなから市民の参加は想定外で、現在作成中の基本方針についても環境への配慮は見られず、もちろん市民の声が反映されたとは言いがたいまま、最後にパブリックコメントを形ばかりとるということになりそうだ。 海洋基本法の動きに伴い(と思う)、生物多様性条約を批准して14年、3度目の正直で沿岸・海洋の生態系の保全が入った。生物多様性条約会議(COP10)の日本招致もあるし、海洋保護区ネットワークの2012年目標など、環境省としてもとうとう海の保全問題を避けては通れない場面にきたようだ。 クジラ保護―それは禁句!今回、私は環境省の地方ヒアリングやIUCN-JやWWFジャパンなどが主催した勉強会で、海洋の生物多様性について意見を述べる機会を得た。言うまでもないことだが、クジラを始めとする海生哺乳類は海の生態系の要となる種である。沿岸にすむ海生哺乳類50種のうち、40種はクジラ類であると今回戦略では記述されているが、生息数わずか100頭前後のニシコククジラも含めてクジラはすべて水産庁が管轄する資源だ。しかも「クジラ」のことを話すのはこの国ではリスクありすぎ!の避けるべき話題だ。自然保護運動に関わる人たちの中でも、クジラ保護というものは自然保護ではなく、欧米の動物愛護の受け売りと見られ、なかなか話題にしにくい。一般の関心も薄いため情報量も少なく、そのなかで産業側のキャンペーンが大ヒット、世論として定着した。 たとえば、8月末に毎日新聞に知床のウォッチング船がツチクジラ猟に遭遇した記事が掲載された。「銛ブスブス」というタイトルが批判を受け、その1カ月後の同紙の「開かれた新聞委員会」では、「ウォッチング側擁護に終始した」とか、「中身は反捕鯨ではないが、見出しが中立的ではなかった」という「反省」が掲載された。 記事には「見る」側、「捕る」側(和歌山県太地の船)どちらの視点も書き込まれていた。しかし、記事にも反省会にも出なかったことがある。ツチクジラがどういう生き物か、ということだ。 ツチクジラという種は北太平洋だけに生息し、ワシントン条約では付属書Iで水産庁も希少種に分類している。体長12m前後とミンククジラ(8mくらい)よりも大きいが、「小型沿岸捕鯨」対象種でIWCの管理外にある。日本周辺には3つの個体群が存在されると考えられ、それぞれの推定個体数は太平洋側(北海道〜相模湾):5,000頭(2,500〜10,000頭)(Miyashita and Kato 1993)、日本海東部:1,500頭(同370〜2,600頭)(Miyashita 1990)、オホーツク海南部:660頭(同310〜1,000頭)(Miyashita 1990)(水産庁「資源管理の部屋」より)だ。日本では年間66頭(それぞれから52−10−4頭)のツチクジラ捕獲を許可している。推定個体数は1993年のままなのに、捕獲数はこの13年で54頭から66頭まで拡大された。このように、なぜ国際的に批判を受けているのかが伝わらない仕組みがある。
第3次国家戦略は海に優しかったか生物多様性国家戦略の案作りは、局長諮問の有識者の懇談会という形で始まる。今回も、審議会の前に7回の懇談会が開催され、かなり熱心な討議が行われた。しかし、海の専門家はいなかった。懇談会におけるヒアリングではたった1回、知床世界遺産登録について、漁業者との関係が難しいという話があったのみ。その後の審議会のメンバーも一人だけで、残念なことに、今回戦略の沿岸・海洋に関しては陸のように生物多様性の危機が分析され、どのように危機を回避するのかという検討はなかった。日本の排他的経済水域は世界で6番目(国土面積は世界で60番目)という広さなのに、とうとう統合的な海洋環境の保護と管理に関して懇談会では話題に上らず、「沿岸・海洋に関しても分析的に書くべき」という意見が聞けたのは、結局7月に事務局案が出た後の審議会だった。時すでに遅し。 誰が悪いといっていても始まらない。が……海の保全が進まないことについて、もちろん環境省だけを責めるのは間違いだということはわかっている。海の生物保全に責任ある水産庁は、「漁業は持続的な資源利用の推進、生物多様性保全で成り立つ産業」と主張する。そこには過去の乱獲の反省や漁業の現状についての分析はない。TAC制度など、一部の魚種の管理も問題含みで現在検討中と聞くし、「作り育てる漁業」の中身も、膨大な数の稚魚や幼生の放流というその場しのぎとしか思えない手段に頼り、海そのものの機能を回復させようとする姿勢に欠けるのは、諫早干拓問題などに明らかだ。 多分、水産庁は林野庁よりも不器用で、変わり身もできずにひたすら防御的になるのだろう。捕鯨問題のように。 はからずも今日(11月18日)、調査捕鯨船団が南極海に向けて出航した。今回は、ミンククジラ、ナガスクジラに加え、ワシントン条約で日本が留保していないザトウクジラを50頭も捕獲するという。それは国が公然と条約違反をすることではないのか。 彼らにとっては「伝統文化」を守り、資源利用を国際的に認めさせることが漁業の再生よりも重大事だ。その実証のため、経済的に割が合わないため大手企業が手を引いた事業を、税金をつぎ込んでやり続ける。肉が余れば会社を興すよう促し、伝統文化継承のため鯨類研究者が学校をまわり、子どもたちに捕鯨とクジラの調理方法を伝授するのを奨励する。「クジラが増えすぎて魚を食べすぎ、そのうち魚が食べられなくなる」というのもクジラ利用の正当性のためにひねり出されたもので、国内でも水産資源学者が「そん なことはない」といっているのに、今回も戦略から削除できなかった。 「それでも」と私は思う。 おかしなことを書いても、肝心の保全戦略があればまだ我慢もできる。しかし、保全の戦略がないのに、「保全だけではなく、持続的な利用も進めるべき」とか「資源として国際的に認められるよう努力する」というただし書きだけしっかりと書く。こんな水産庁の体質改善まで環境省にできるわけはないので、そこはやはり世論形成ということになるのだろう。 海の生態系保全これからは今回の成果の一つは、もちろん「海の保全が日本にとって重要だ」というお墨付きが得られたことだが、捕鯨問題のみならず、さまざまな問題へのかかわりで「水産庁ってへん!」と少なからぬ人が感じているのが分かったことも収穫だった。いよいよ水産庁が本気で変わらなければならないところにきていると期待しよう。それから、保護に役に立つかどうかはともかく、ようやく水産庁がニシコククジラを水産資源保護法にリストするようだ。業界紙が「コク鯨販売禁止」と書いたところを見ると、少なくとも定置網に追い込むような不届き者はいなくなるはず?? それにしても……。私自身の力不足を棚に上げるつもりはないが、海の保全に関しての世論の関心は低すぎる。これをきっかけに、海にまつわる多様なテーマを共有し、海洋基本法など法律への意見を反映させるネットワークの形成や、海洋保護区設置への環境省の後押しなどを通じて、保全の中身を充実させていくことが重要だ。そして、私的には「クジラ類」にも市民権をということも付け加えたい。 願わくは皆さん、ほんのちょっと沖にも漕ぎ出してみてくれませんか? |