第三次生物多様性国家戦略の期待と課題

大野正人 (財)日本自然保護協会 保護プロジェクト部

 この約1年間、環境省では「生物多様性国家戦略」の2度目の見直しの検討が行われ、11月14日には中央環境審議会を通り、「国家の戦略」として閣議決定されます。愛知県で開催が予定される生物多様性条約第10回締約国会議(CBD COP10)を控えた「日本の生物多様性保全」の第三ステージがはじまります。
 日本自然保護協会(NACS-J)では、国内の生物多様性が悪化する状況から、新たな国家戦略の「実効性を高める」ためには、省庁連携による行動計画、数値目標や指標の必要性を求め、様々な提言を検討の場等で発表してきました。
 今回の見直し作業では、企業や地方行政などからも委員会の場で意見をヒアリングし、全国8カ所でも地域の市民団体からも意見を聞く場が設けられるなど、生物多様性保全には様々な関係者の関与が不可欠なことが浮き彫りになりました。
 このようなヒアリングと小委員会での議論を踏まえ、第三次生物多様性国家戦略は危機状況と基本方針などをまとめた「戦略」と個別具体的な課題・施策の「行動計画」の2部構成とされています。「戦略」では、生物多様性の重要性を私たちの暮らしや文化に結びつけた整理がなされ、危機状況が理解しやすいものになっています。また、100年かけて壊してきたものを保全・回復していく「100年計画」としてこの国家戦略を位置づけ、生物多様性からみた100年後目標像が描かれています。
 しかし、今後の100年に向けて、この5年、10年に達成しておかなければならないことを「行動計画」に示さなければなりませんが、あげられている施策メニューは、まだ各省庁のこの数年の関連事業や新規事業などをテーマごとに束ねたにすぎない内容です。「戦略」であげられた危機を克服するための目標や基本戦略がどのように「行動計画」に結びついていくのかが明確ではありません。本来ならば、このような機会に現在の施策の総点検をして、新たな目標に向けた制度や施策の再構築と予算獲得ができたはずですが、そこまでの大手術にはなりませんでした。



 「行動計画」の検証・評価には数値目標や行程が必要ですが、省庁間協議が難航し、具体的に目標が数値化されたものは限定的です。ラムサール条約登録湿地については、JAWANや「ラムサール条約湿地を増やす市民の会」のみなさんの働きかけによって「平成22年までに10カ所の登録を目指す」という数値目標が盛り込まれました。このような数値目標が示されれば、環境省としての意気込みが明確に示され、その後の検証もしやすくなります。
 今回注目したいのは「日本の生物多様性総合評価」の展開が盛り込まれていることです。これにより、「ホットスポット(重要地域)の選出」「生物多様性のシナリオ分析」「優先施策の課題整理」などを行い、COP10開催を意識して、その手法を海外へも伝播することを目標としています。しかし、評価したことが具体的な施策・制度に結びつけなければ意味がありません。環境省が2001年に選定した重要湿地500がその例で、開発の回避や保全策が講じられず、依然と危機にある湿地が多いのが現状です。「生物多様性総合評価」を基軸として得られた情報と知見をもとに「国土形成計画」など国や地方の今後の土地利用を制御していくことも必要です。「生物多様性総合評価」が機能し波及効果をどれだけおよぼすかが次の国家戦略の見直しの際に、第三次戦略の実効性=生物多様性が保全されるか否かを評価するカギになることは間違いありません。
 
   カウントダウン2010
「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に抑える」という世界目標にむけたキャンペーン。NACS-Jも10月にエントリーしました。
 また第三次戦略では、「生物多様性を社会に浸透させる」ことが基本目標の一つになっています。この実現には、JAWAN会員の方やNACS-Jの自然観察指導員が行っている現場での活動や地域の取り組みが不可欠で、各現場での活動が生物多様性の保全につながり、国や世界にその効果が広がることを期待しています。



(JAWAN通信 No.89 2007年12月15日発行から転載)


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