中池見湿地はなぜラムサール条約に
登録できないのか――中池見の近況報告

笹木智恵子 NPO法人ウエットランド中池見

 晩秋の中池見は、ヨシの穂が白く風に波打ちノジコやオオジュリンがヨシの合間をさかんに行き来しています。錦に紅葉した中池見を囲む里山は、赤く熟したミヤマガマズミ、コバノガマズミ、カマツカ、フユイチゴ、ヒメアオキの実がたわわに実り、冬鳥たちにいのちの糧をあたえています。これから長く厳しい北陸の冬を迎えるのです。
 11月初旬のめずらしく小春日和の日に、「モニタリングサイト1000」のアカガエル卵塊調査の準備で山際の湿地を草刈り機でヨシやノイバラを刈り払っていると、1994年ころ大阪ガスのアセスメント調査で湿地に打ち込んで水環境調査に使っていたポールに当たり、折れてしまいました。なんとそこから透明な水がこんこんと湧き上がってきました。正真正銘の泥炭湿地の地下から湧き上がっているのです。水温15度、弱アルカリの甘く柔らかな水です。この場所は小さな鳥たちにとってもオアシスになるでしょう。
 さて、この中池見はいま、混沌とした状態になっています。

西側の山から眺めた中池見湿地の全景

中池見湿地の開発計画

 1993年、釧路市を開催地としてアジアではじめてラムサール条約会議が開催された年に、中池見では福井県が後押し、敦賀市が誘致という形で「大阪ガスの液化天然ガス備蓄基地建設計画」が発表されました。湿地の全面破壊です。地元での運動も限界になったとき、各大学の研究者たちの生態学調査がはじまり、身近な自然の生物の多様性に新たな発見が多々ありました。1996年「中池見湿地トラスト」を設立、運動を開始しました。
 1999年秋「’99国際湿地シンポジウム」in敦賀(9月28日)開催の翌日、突然、大阪ガスからLNG計画の10年延期するとの発表がありました。シンポに参加のピーター・ベイ氏はじめJAWANの関係者は出発直前の敦賀駅で知ることができました。大きな前進でしたが気の抜けない状態でした。
 2000年8月、カナダのケベック市で「ミレニアム・ウエットランド・イベント」と銘打って、国際的な団体やカナダ政府等が共同で湿地関連イベントを企画、大掛かりな国際会議が盛大に開催されました。中池見関係者も大阪ガスと中池見湿地トラストが参加しました。アメリカのレイ・ヒューガ氏を議長としたシンポジウム「日本の本州中央、中池見湿地の開発と保全」に保全側から河野、角野、加藤先生。大阪ガス側から下田、藤井氏と安田教授の各3名の発表質疑がありました。会場満席のなか、議論は白熱し5時の終了予定時刻を6時まで延長されるという大波乱のシンポでした。泥炭湿地について日本では北海道のみしか認識されていないのです。泥炭層は、釧路湿原が約5千年、中池見は約12万年です。ラムサール条約では泥炭地を重視しているのですが日本の基準では泥炭の深さは選定基準の対象外なのです。

開発計画中止にはなったものの

 その後、大阪ガスの経営見直しにより2002年2月計画中止の発表がありました。大阪ガスが買収した土地すべてを敦賀市に寄付されることになり、現在はトラストと2名の地権者の保有地以外すべて敦賀市の所有になっています。寄付を受けるに当たり、杉山恵一氏を座長とする中池見検討協議会が設立されました。県の自然保護課の職員もオブザーバーとして参加しました。
 JAWANはじめ日弁連、日本生態学会・中池見アフターケア委員会が自然公園に位置づけ、国定公園の飛び地として登録するよう敦賀市へ働きかけをしましたが、すでに市の担当者は、敦賀市の都市公園として農水省と国交省へ申請していました。都市公園でも国定公園にすることは可能という弁です。福井県では工業団地(福井臨海工業地帯)の中に自然公園を建設(三里浜ハマナス公園)し、自然豊かなところは都市公園とするようです。日本語を逆解説しなければ理解不可能な現状なのです。福井県は中池見に関しては後ろ向きであり、知事も県議会の「中池見をラムサール登録」にという議員の質問にも、メモ書きの文書を棒読みしている状態でした。2004年10月、敦賀で開催された「国際湿地シンポジウム」後に福井県知事への表敬訪問を申し出た折、自然保護課から厳しい顔で「中池見のことを話すのなら知事にも副知事にも会わすことはできない。」と言われたことを思い出します。
 しかし、当日になり副知事にお会いしたら、湿地の重要性など、予定の時間をオーバーするほど熱心に通訳を入れないで会話が弾んでいました。これからも消極的な県と推進したい敦賀市との溝を埋めて行くことが必要になります。また先日、毎日新聞(11月9日)に「大ガス手切れ金120億円」という見出しで、大阪ガスは建設費負担金120億円の敦賀港タンカー接岸用岸壁を、完成後全て福井県に寄付するという記事が記載されていました。LNG計画を放棄した大阪ガスもある意味で被害者かもしれないと、寄付を受け取る県の担当者の顔が目に浮かびました。

敦賀市もラムサール登録に向け小さな一歩

 敦賀市では平成19年度の重点要望事項で福井県に中池見のラムサール登録に協力を要請しました。市は中池見の自然の重要性を認識してというより観光に利用したい意向のようです。中池見の価値は生物の多様性と約40mもの泥炭層の存在です。この自然を保全してこそ価値があることを、市と共通認識を持ちながら運動を進める段階にきました。
 今夏、市から委託を受けて「中池見ふれあいの里」を管理している大阪ガスの関連会社が、今年度限りで撤退するとの報告を受けました。この機会に保全エリアだけでなく、中池見全体の保全を提案し、地元樫曲の元地権者との協力も必要になります。敦賀市は来年度の新たな管理者を模索しています。

環境省の見解

 9月30日に敦賀市男女共同参画センターでラムサール学習会を開催しました。講師に環境省中部地方環境事務所の所芳博課長を迎えての第一回の学習会で「ラムサール条約ってなーに?」をテーマに解説、その中で「中池見は条約規定の基準はクリアしているが、環境省が登録要件としている3項目中の1項目が充たされていないので、登録は厳しい」と指摘されました。100ha以上にならないとのことです。1999年コスタリカで決議されたガイドライン「小さな湿地も見過ごさないこと」にも大きくかけ離れています。2004年バレンシアで決議が採択された「泥炭地に関する地球的行動のためのガイドライン」も考慮されていません。国際基準と日本の基準と考えかたが大きく隔たっているのです。環境省が決めるのか、偉い先生方が決めるのかは、雪深い北陸の、40mの泥炭の深さを持つ中池見からは見ることも知ることもできません。
 先日、探していた大阪ガスが詳しく調査した泥炭層のボウリングの地質調査資料が出てきました。見つけて下さったテクノグリーンの社員の方に感謝です。これほどの資料はどこのラムサール登録湿地でもないと確信します。

(JAWAN通信 No.89 2007年12月15日発行から転載)


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