JAWANとIUCNと生物多様性条約

道家哲平 IUCN日本委員会事務局(日本自然保護協会)

 JAWAN(日本湿地ネットワーク)の会員の皆さんのなかで、JAWANがIUCNの会員団体であることをご存知の方はどれだけおられるでしょうか?
 IUCNは1948年に設立された国際団体です。正式名称は国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)です。
 日本では、世界の絶滅危惧種のリスト(レッドリスト)を作っている団体、あるいは、世界自然遺産の審査をする団体としてその名前を聞くことが多いように思います。しかし、それ以上に世界的な自然保護を進めていく上で多様な役割を演じているのですが、そのことは、IUCNの会員団体であっても十分には知られていません。もちろん、IUCNと湿地保全の関わりもとても深く、それこそ、ラムサール条約の事務局が、スイス・グラン市にあるIUCN事務局本部の建物の中にあることがそれを象徴的に物語っています。
 その活動を大きく分けていうと、レッドリストのように「世界中の専門家やNGOの情報を集め分析することで、新たな知識(グローバルスタンダードやグローバルトレンド)を生み出す」という活動があります。世界の保護地域(鳥獣保護区や自然公園)などのデータベースの作成も行っています。
 それから、世界遺産条約やラムサール条約をはじめとする国際条約に科学的情報の提供をしています。ラムサール条約、ワシントン条約、世界遺産条約、生物多様性条約といった自然保護にとって重要な条約は条約文の起草の段階から関わっています。このような科学的知見の蓄積や国際条約等への貢献、世界中に広がるIUCN会員とのネットワークを生かして市民社会の声を反映していることなどが評価され、「国連総会」で生物多様性の保全を専門に発言できる唯一の組織でもあるのです。
 IUCNは、現在、84の国、108の省庁、857のNGOが加盟しており、予算規模80億円超、スタッフは世界各国に約1100名を抱えるという想像もつかないような大きさの組織です。

 あらためまして、JAWANはそんなIUCNの会員団体の一つです。では、IUCNの会員であるということは、その利点も含めてどういう意味があるのでしょうか。
 一つの答えは、地球規模の生物多様性保全を進める一員になるということでしょう。IUCNにとって会員は、会費という形でIUCNを財政的にも応援してくれる存在ですし、世界中の様々な組織に支えられて活動しているIUCNにとっては「JAWANのような日本の湿地のスペシャリストが仲間である」ということは大きな強みなのです。
 では、逆に私達にとってIUCNは何なのか。誤解を恐れずにいえば、「使ってなんぼ」という存在のようです。逆にいうと、使いこなせると非常に便利な存在ともいえます。
 些細なことですが、自然保護の国際会議で「IUCNの日本のメンバーです」というだけで、ちょっとした仲間意識を抱いてくれるようです。周りに誰も知り合いがいないという状況にあっては、これは大変心強いのです。
 また、IUCNは、科学面と政策面の双方とネットワークがあり、それを利用することもできます。IUCN-Jは、2007年に、IUCNの後押しを得つつ、生物多様性条約のアーメッド・ジョグラフ事務局長を日本に呼び、その知見や影響力を使って、生物多様性国家戦略に自分たちの意見を訴え、大きく反映されました。
 より世界的なレベルでは、私たちの活動を「IUCNの声として」世界全体に訴えるということもできます。4年に1度開催するIUCN世界自然保護会議では、会員の要請に応じて、IUCNの名で勧告がだされます。愛知万博で問題となった海上の森の保全や、沖縄のジュゴンなどの希少種の保護など、IUCNを動かし、その声を使って政府を動かすということを日本の加盟団体はしてきました。ちなみに、今度の世界自然保護会議は、今年10月にスペイン・バルセロナで開催されます。
 もちろん、言葉の壁もあり、一団体でそこまでするのは大変ですが、そこでIUCNとの連携をはかり、日本の会員団体を支援するためにIUCN-Jが存在するのです。IUCN-Jでは、ホームページの管理やレッドリストを解説する冊子の製作、勉強会などを開催して、IUCNを始め最新の国際的な情報を会員間で共有しています。

世界自然保護会議
第3回世界自然保護会議の様子。バルセロナの会議には、自然保護関係者をはじめ8000人の参加が予想されている
CBD
GMツリーの規制を求めているNGOの様子。世界では、遺伝子組み替え技術を利用したポプラやユーカリといったパルプ用植樹(GMツリー)が進んで問題を起こしている。

 今回JAWAN通信に記事を投稿する機会をいただきましたので、今後のJAWANの活動にも関わる大事な情報提供を一つしたいと思います。それは、COP10が日本に来るという話です。COPと聞いて皆さんが思いつくのが今年10月に韓国で開催されるラムサール条約の締約国会議でしょう。それも大事ですが、今回の話題は、生物多様性条約(以下CBD)の方のCOP10です。実はCOPはConference of Parties(締約国会議)の略で、ラムサール条約もCBDも、昨年の暮れバリで開催された気候変動枠組み条約もCOPと呼ぶのです。
 CBDは、1992年ブラジルで開催された地球サミットで、最近話題の気候変動枠組み条約と同時に生まれた条約です。2年に一度COPを開催しており、2010年に開催予定の第10回のCOPを現在日本政府が名古屋市を開催候補都市として誘致しているのです。
 CBDは別名「地球の生命の条約Convention for life on Earth」と呼ばれるほど、非常に幅広い領域を対象とする条約で、ラムサール条約と同じくらい重要な自然保護条約で、IUCNも深く関わっています。
 実は、CBDのCOP10こそ、自然保護の歴史に残る会議になる(かもしれない)と世界では言われています。というのも、COP10が2010年から先の自然保護の大目標を定める会議となるからです。CBDでは、「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に抑える」という目標を掲げており、加盟国(現在アメリカをのぞく190カ国が加盟。ちなみに国連加盟国は192カ国)でその目標達成に向けて、様々なプロジェクトが実施されています。この2010年目標の見直しと新しい目標の設定が、日本の名古屋市で決まるかもしれないのです。
 2010年目標だけではなく、「陸水性物多様性」「海洋沿岸生物多様性」「保護地域」「持続可能な利用」「気候変動と生物多様性」「山岳生物多様性」が、COP10の集中討議事項となっており、世界レベルのプログラムや基準作りなどが行われるかもしれません。言うまでもなく、ほぼすべて「湿地」が関係してきます。

 「かもしれない」ということを連呼しているのは、CBDというのは190カ国の全加盟国一致で物事を決めていくため、なかなか物事が決まらないという現実があるからです。ですが、そんな状況だからこそ、NGOなどの市民社会の声がとても重視されているのです。国家同士の利害対立で議論が暗礁に乗り上げたとき、NGOの発言が膠着を打開する役割を常に演じています。
 ラムサール条約のCOP10の次は、CBDのCOP10が待っています(名古屋がCOP10開催地として正式に決定するのは、COP9が開催される2008年5月です)。JAWANの今後の活躍に期待するとともに、IUCN-Jのメンバーとして一緒に活動していきたいと心から願っています。

(JAWAN通信 No.90 2008年3月25日発行から転載)


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