伊藤昌尚 日本湿地ネットワーク事務局長 1.地球温暖化の真実元米国副大統領アル・ゴア氏の著作「不都合な真実」を読まれたと思います。「不都合な真実」では1970年のキリマンジャロの氷冠とその30年後の姿やアルプス、パタゴニア、ペルー、ヒマラヤの山岳氷河が溶けてなくなっていく姿が説明されています。写真による過去と近年の対比がわかりやすく衝撃的でした。 私は、南極半島ラーセンB棚氷の衛星画像4枚に目を見張りました。海に突き出していた長さ240km、幅50km、厚さ200mの氷の板が崩壊していく様子が示されていました。科学者たちがこれから100年は保つと予想していた棚氷は、わずか35日間で無くなってしまったのです。同じようなことが北極海やグリーンランドの氷床に起きているのです。 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2007年公表の第4次報告書で「気候システムの温暖化に疑う余地がない。20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為的起源の温室効果ガスの増加が温暖化の原因であった可能性が高い」と断定しています。 アル・ゴア氏は「温暖化に関するもうひとつの問題は、否認から一挙に絶望へと、その中間点で足を止めることなく飛んでいってしまう人々が多いことです。確かに危機はあります。しかし私たちは、手を打つことができるのです」と述べています。そして世界各国が、「今、行動を起こす」ことを提言し、世界が政策転換を行えばまだ間に合うと私たちを励ましています。私はアル・ゴア氏や志の高い科学者たちの発信した「気候システムの温暖化は疑う余地がない」、そして「今ならまだ間に合う」というメッセージの両方を確かなものとして信頼しようと思います。 2.共通ではあるが差異ある責任地球環境の温暖化の主たる責任は先進国にあることは認めざるを得ません。世界の温暖化ガス排出量の大部分を先進国が排出しています。日本もその中の一員です。先進国は産業革命以来、経済発展のために環境への配慮という倫理条件を犠牲にしつつ現在の文明を築いたと言えます。その過去の負債(累積排出量)を弱い立場の発展途上国や貧困に苦しむ国に押しつけるわけにはいかないでしょう。「環境と開発に関するリオ宣言」(1992年)にはその第7原則で「各国は、地球の生態系の健全性及び一体性を保全、保護及び回復のために、地球規模のパートナーシップの精神によって協力しなければならない。地球環境の悪化に対する異なった寄与という観点から、各国は共通ではあるが差異ある責任を負う」と述べています。「共通ではあるが差異ある責任」の考え方は環境重視の先進国と開発途上国の激しい議論の結果から出てきたものと言われます。全ての国が納得する万能の論理ではないかも知れませんが、過去の行いに対する責任を負うとともに排出量の総量削減を目指す公平な基準と考えます。みなさんはどのように考えられますか。 3.日本政府の温暖化対策昨年12月、気候変動枠組み条約バリ会議(COP13)が開催され、ポスト京都議定書に関するバリ・ロードマップを採択しました。日本は7月のアジア太平洋会議と同様に数値目標の設定に反対する米国に同調しました。米国や中国、インドなどの温暖化ガスの主要排出国に枠組みの参加を求めるためという理由によりますが、EU(欧州連合)や途上国からは強い反発を受けました。鴨下環境大臣のバリ会議での発言は全く評価されなかったようです。参加した国際環境NGO 100人が選ぶ「化石賞」に日本は1位から3位まですべて受賞しました。1位は「将来の自国の絶対的な削減目標を明らかにしない国」、2位は「京都議定書の精神をないがしろにする国」、3位は「途上国への技術移転を妨害している日本、米国、カナダ」の共同受賞でした。しかし鴨下環境大臣は1月12日、テレビインタヴュー(日本の明日)に答えて「今、行動しなければならない」とアル・ゴア氏と同じ意見をよどみなく答えています。地球温暖化への理解力は十分にあったが、日本の環境大臣としてバリ会議では発言ができなかったということなのでしょう。 日本政府は2007年2月、「21世紀環境立国戦略」を策定し終え、今年7月北海道洞爺湖サミットの議長国として地球温暖化対策にリーダーシップを発揮すると意気込んでいます。しかし今年1月のダボス会議でも先導役を先送りしてしまいました。アル・ゴア氏は「これから2〜3年が最後の決断の時になる」とノーベル平和賞の授賞式で述べていますが、日本政府はなかなか踏み切れないようです。 日本国内の最大の抵抗勢力は経団連の鉄鋼業界や電力業界などとされます。国別の削減目標導入に反対し、「日本の省エネルギー技術は世界一」、「日本は既に削減努力をしてしまっているので削減余地がない」と主張しています。米国の主張に同調することは国益と言えるかも知れませんが、サミット議長国の存在感を示すには温室効果ガスを確実に削減し、低炭素社会への道筋を洞爺湖サミット開催前に打ち出すことが不可欠です。 4.この地球をどんな地球にしたいのか私たちはこの地球をどんな地球にしたいのでしょう。私たちの地球は本当に美しい星ですね。人類は今、岐路に立っていると思います。人類生存にふさわしい地球を次の世代に本当に手渡せるのか心配になります。「地球温暖化は私たちの予測をこえて進行し、既に限界をこえてしまった」(ジェームス・ラブロック)とする悲観的意見も表明されています。「この10年に変化を起こさなければ、人類の滅亡につながります。残された時間はあと10年もない」(ジェームズ・ハンセン)という怖いような警告も発せられています。テレビや新聞で地球温暖化の報道記事を毎日のように見かけ豊富な話題が提供されています。温暖化防止についての議論が活発になっていくことは迫りくる温暖化危機に向きあう第一歩になります。日本社会の温暖化への認識は1年前とは別世界のように異なり飛躍的に高まっていると思います。メディアがこの緊急性と重大性に注目していることは望ましいことです。 地球温暖化に対して科学的議論をする余地は今後もあるでしょうが、日本を含め国際社会が温暖化対策と適応策を決意する以外に道はないことは明らかです。地球温暖化の危機に向き合い、この地球を保全するという共通の決意の下に結束し行動しなければならないと思います。 今年10月末に開催されるラムサール条約COP10(韓国チャンウォン市)では「湿地」の保全と持続可能な利用の重要性、そして湿地の重要性と地球温暖化との視点を強調すべきです。日本湿地ネットワークはチャンウォン市の会議場に沢山の方が参加されることをお願いしたいと思います。ラムサール条約の今後10年の新たな課題が提起され、地球規模での挑戦が始まるものと期待しています。 (JAWAN通信 No.90 2008年3月25日発行から転載) >> トップページ >> REPORT目次ページ |