韓日の湿地保全とラムサールCOP10

小林聡史 釧路公立大学教授

1.アフリカから再びアジアへ

 韓国昌原市で開催されるラムサール条約COP10を考える時、アジアで2回目ということもあり、釧路会議(COP5)との関係で語られることが多いかも知れない。
 釧路会議の担当者としては光栄だが、忘れてならないのはCOP9とのつながりだ。ウガンダで開催されたCOP9には、日韓合わせて100名近い参加者が政府、企業、NGO等から出かけていった。残念ながらそれでも日本国内でアフリカ地域における湿地破壊の状況はあまり伝わってこない。その一方で、COP10参加者に日本や韓国の湿地がおかれている状況を理解してほしいと言うだけでは片手落ち。決議14にあったように貧困対策としてアフリカの人々が湿地保全とワイズユースに取り組むお手伝いが出来ないものだろうか。例えばアフリカからのNGOがCOP10に参加できるよう情報提供に協力したり、支援の道も考えられるのではないだろうか。アジア以上にアフリカでは困難なことが多い。東アフリカだけではなく、アフリカ全体でも治安維持の優等生だったケニアにおいても、2007年末の大統領選以来混乱が続き、多くの罪なき人々が殺され、住む家を追われ逃げまどっている。COP9の頃、ウガンダの少年兵が現状を訴えるワークショップが首都圏でも行われていた。(JAWAN通信84号の記事参照)

 締約国会議は基本的に政府間の会議だ。次の3年間の優先事項、6年分の戦略計画、それらに見合う予算が話し合われる。主催国政府が十分な場所を提供し、会議運営のための予算や人員が確保されれば、会議自体はどこでやっても何とかなる。
 昌原会議(COP10)の閉会式を想像してみよう。8日間にわたり議長をやってきた韓国環境大臣が、初めての締約国会議運営となった第4代ラムサール条約事務局長と握手をする。会場からは大きな拍手が。新しい戦略計画が採択されそれにふさわしい予算案が可決する。会議参加者はこれまでで最大となり、韓国政府は新しく国内の湿地の調査を進めることを宣言する。日本政府は新たに3カ所の条約湿地を指定し、次期会議までに7カ所指定することを目標とする。会議場通路では多くの展示がされており、日本国内20カ所近い自然再生事業の掲示や多くの取り組み、もちろん展示ブースの中にはセマングム、諫早の展示もある。日本からは報道陣も訪れそれなりの記事も掲載された。しかし、会議前に韓国で配布されていたパンフにいみじくも書かれていたように、COP10は『環境オリンピック』となってしまわないか。大事な問いかけはつねに同じはずだ。我々は湿地を保全するために何をしたのか。何をするべきなのか。

釜山国際空港のCOP10掲示(2006年からこういった準備が行われてきた)。 1月にタイで開催されたラムサール条約アジア地域会合にて。韓国NGOと条約の新事務局長アナダ・ティエガ氏やイラン政府代表。(柏木実氏提供)

2.湿地保全に関わるNGOの役割

 せっかくのチャンスに何とか現状を訴えたいという気持ちは多くのNGO関係者がもっているだろう。しかし、どう訴えるのが効果的かも考えなくてはならない。
 1992年、釧路会議の開催の8カ月前、大津(後半は釧路で)で第1回目のアジア湿地シンポジウムが開催された。中国、インド、マレーシア、ベトナム、各国からの政府関係者や研究者が来ている中で、環境庁(当時)野生生物課長の発言後、日本NGOが各地の現状を訴え始めた。10カ所近い湿地の話をされてもアジアの人々には覚えきれないし、何が危急なのか理解が難しい。会議の前に国内でできる議論はすませて、論点を整理しなければならない。それが明らかになっただけでもシンポを開催した意義はあった。
日本のNGOは結集し、議論をし、COP5で訴えるべき話を干潟に絞り、具体例を4カ所に絞った。その経験を韓国NGOに伝えることが必要だ。2007年10月に開催された第1回日韓NGOフォーラムでは、韓国内のNGOネットワークの脆弱さ、論点が整理されていないことがわかった。改めてネットワークも作られたが、残り10カ月での戦略が必要だ。
 さて、韓国側がうまくいったとして日本では?
 現役の条約事務局長が懸念を持ち、日本政府に情報提供を求めた湿地が2カ所ある。
 諫早湾と泡瀬干潟だ。97年8月の新聞記事によれば、当時の環境庁と農水省がそれぞれ条約事務局に返答している、「(諫早湾干拓は)渡り鳥には影響しない」。国際条約事務局の日本関係の記録の中で、諫早に関する記録の最後がこれでいいのだろうか。一方、泡瀬干潟に関しては知られている限り、日本政府は返事もしていないのではないか。
 同様に、COP9の決議15では、セマングムの問題が言及されていた。政府やNGOがこの一文を無視するのか、きちんと議論していくのか、日本のNGOとしても注目していかなければならない。
 諫早、泡瀬、セマングム、これらの問題をCOPに持ち込み、一から議論をしようとするのは困難だ。ましてや政府とNGO間で非難しあっても通訳者が困るだけだ。他の国々はおいていかれてしまう。どんなに遅くても議論はCOP前のNGO会議で済ませておき、本会議で総合的な報告をすることが望ましい。日本で最大の干潟、諫早湾。その10倍の面積で、世界最大の干潟干拓セマングム。どのような国家要請があり、環境への影響はどう判断されていたのか。政府であれNGOであれ、それぞれの意見を英語で端的に報告できるのが望ましい。議論がかみ合わないということであれば、国際NGOの協力を得るべく努力して、国際調査委員会を設けて、COP11に第三者からの報告をしてもらえるよう訴えるのがベストだろう。

3. 国際協力と友情に

 アジアには湿地に関する国際協力がいくつかある。条約の中できちんと位置づけられた正式な枠組みとしても代表的なものにフライウェイネットワークがある。ガンカモ、シギチドリ、ツルとそれぞれ関係者たちも頑張っている。個別にもインドとバングラデシュにまたがる広大な湿地(世界遺産でもある)、メコン川流域、インドネシアとパプアニューギニアとオーストラリア、最近ではヒマラヤ関連の協力、黄海周辺(WWF)がある。心配なのは北朝鮮と韓国の間の協力がCOP10で言及、展開されるかどうかだ。もちろん日本や中国も巻き込んだ協力の可能性もある。北京オリンピックの2カ月後の、ラムサールCOP10。韓国の課題だけで盛り上がっても十分ではないだろう。

 立場の異なる意見であっても、相手を尊重しつつ議論するのが国際社会の礼儀だ。誤解を招かないよう話すのは技術がいるし、ましてや日本語や韓国語からの翻訳には困難が伴う。また、国際会議には国際会議の、ラムサール条約にはラムサールのやり方もある。これらを踏まえて意見を出していくことは技術も必要だが、それ以上に勇気と決断も必要だ。すったもんだもあるのかも知れないが、我々がなぜ湿地保全を考えるのか、もう一度原点に返って考えてほしい。湿地にすむ生き物たち、それを生活の糧としている人々をともに湿地生態系は支えてきた。それらをまとめて守ろうとしてきたはずだ。であれば、そのために長年努力してきた韓国の湿地関係者に心から感謝したい。これまでの努力にJAWANから感謝状でも出したい気持ちだし、困難にあるときこそ何よりも日本からの友情をその方たちに伝えてあげたい。

(JAWAN通信 No.90 2008年3月25日発行から転載)


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