ラムサール条約から学んだこと
〜NGOは、プラス志向の「事業体」であれ〜

村上 悟 琵琶湖ラムサール研究会代表

●条約が“ワイズユース”されていない!

 私は講演に招かれると、冒頭で「ラムサール条約〇×クイズ」をします。
Q1.ラムサール条約の目的は、水鳥を守ることである。〇or×
Q2.条約に登録された湿地には利用や開発の規制がかかる。〇or×
Q3.ラムサール条約で保全されるのは登録された湿地のみである。〇or×
 条約を正しく理解されている方にはいずれも簡単な質問ですね。
 正解は、すべて、×です1)
 しかし、どの会場でも全問正解者はいつも少数派です。琵琶湖のCEPA2)に関わっているNGO、行政関係者、教育関係者でも同様です。琵琶湖のCEPA関係者の多くは、ラムサール条約が「ワイズユース」の条約であることをご存知です。ところが、締約国会議、湿地保全計画、CEPAプログラムなどのラムサール条約が提供している基本的なアイディアや仕組みは、登録から15年目を迎える琵琶湖でもほとんど知られていません。
 すなわち、条約自体が“ワイズユース”されていないのです。

●私たちの役割は条約文書へのバリアフリー整備

 条約がワイズユースされていない要因は、琵琶湖のCEPA関係者が条約文書3)に触れる機会がないからだと私たちは考えました。そこで私たちは2001年、当時は印刷物として役所や関係施設に配られていただけの締約国会議の会議録の和訳を、インターネットで閲覧できるようにしました。しかも、条約事務局のページと同じレイアウトにして、英文、仏文、西文と比較対照できるようにしたのです(図1、図2)。
 さらに私たちは、条約を理解する入り口として、過去の名講演を収集・公開しました(ホームページの第1部参照)。また、琵琶湖が抱える個々の課題に関係の深い文書の紹介(同第2部、第3部参照)やキーワード集などを作成し、多様な関心に応じた条約文書へのアクセス窓口を整えてきました。
 その結果、2008年2月現在のホームページの累積アクセス数は4万3千件を数え、ラムサール条約に関するリファレンス(参照)ページとして琵琶湖のみならず全国の方々に広く利用していただいています。
 
ホームページ「ラムサール条約を活用しよう」
(琵琶湖水鳥・湿地センターのHP内)

図1 ラムサール研究会のホームページ「ラムサール条約を活用しよう」 図2 条約事務局のホームページ(右)と同じレイアウトで条約文書の和訳が閲覧できる(左)

●条約からの学び1:「イベント」を脱して「事業」を作れ

 私たちの活動がスタートした2001年、時を同じくして琵琶湖で大々的な国際会議が開催されました。第9回世界湖沼会議です。1984年に琵琶湖で第1回が開かれて以来の「里帰り会議」として、県下挙げてのキャンペーンが繰り広げられ、会議の成果は“琵琶湖宣言2001”として採択されました。しかしその宣言はその後、琵琶湖や世界の湖沼保全にどれだけの役割を果たしたのでしょうか。
 一方、ラムサール条約は2回の会議を経ながら着実に登録湿地の拡大、決議・勧告の拡充、締約国や各湿地での取り組みの充実を果たしてきました。
 この両者の差は「会議」の性格の違いに象徴的です。
 世界湖沼会議は各回の会議が自己完結している「イベント」的なものでした。そのために会議の成果が各地での活動や次回の会議にあまり生かされていないようです。一方でラムサール条約の会議は、「湿地目録の改訂」と「各湿地での取り組み」との三者連携による仕組みの中で明確な役割を担っている「事業」的なものです(図3)。その事業性ゆえに、会議の成果が社会に還元されるのです。
 これはNGOの活動にもあてはまる原則ではないでしょうか。人目を引くイベントやキャンペーンには一定の効果もありますが、地味でも小さくても日常的に機能している「事業」にこそ社会を変えていく力があることを、ラムサール条約は教えてくれます。また、事業はそれ単独で存続するものではなく、他の事業と連携した「仕組み」の中で機能するものであることもラムサール条約から学べることです。

図3 ラムサール条約の基本構造は「湿地目録」「締約国会議」
  「各湿地での取り組み」の三角関係

●条約からの学び2:プラス志向が人をつなぐ

 1997年に京都で開催された第3回気候変動枠組み条約(通称:地球温暖化防止会議)の際、私は学生として条約のCEPA活動に関わりました。そこで私は、政治的な駆け引きに明け暮れる会議の姿に落胆しました。
 その悪印象を抱いたまま参加した2002年のバレンシアでのラムサール条約締約国会議は、和やかさとオープンさに溢れており、私は大きな衝撃を受けました。両条約の会議の実態にこれほどの差が生じるのは、両条約の基本的なスタンスの違いが原因だと私は思います。気候変動枠組み条約は、「CO2〇〇%削減」を合言葉に、人々の活動を抑制することで環境保全を成し遂げようとしています。このマイナス志向は、人々から主体性を奪い、対立構造を生み出します。
 一方、ラムサール条約は、「登録湿地を増やそう」「各地の取り組みに学び合おう」と、人々の活動を推奨することで環境保全を成し遂げようとしています。このプラス志向が、人々から主体性や創造性を引き出し、協調体制を生み出していると思います。
 私たちNGOはときに、利害関係者の活動の規制・制限に取り組まざるを得ないこともあります。しかしその一方で、利害関係者が湿地の保全に意欲的に取り組める仕掛け・仕組みを地道に作ることの重要性を、ラムサール条約は教えてくれています。

●韓国COPの2008年、NGOが社会により根づくために

 韓国でCOP10が開催される2008年。国内でもさまざまな催しや新たな組織作りの準備が始まっています。この一年を打ち上げ花火のお祭り騒ぎで終わらせず、次の時代につながる成果を残していくためには、今一度、一つ一つのNGOが自らの強みと弱みを冷静に見定め、他のNGOのみならず行政や民間との連携を図っていくことが大切だと思います。
 そのための一案として、各NGOのみなさんから私たち琵琶湖ラムサール研究会のホームページに得意分野に関する「解説文」をお寄せいただくのはいかがでしょうか。JAWANであれば、干潟に関する決議の解説文や泥炭湿地に関する決議の解説文を、です。「足跡ノートと勉強ノートを公開する」という程度の気持ちで取り組んでいただければ、きっとさまざまな再発見があると思います。
 2008年、条約CEPAの取り組みを通じて、さまざまな方々との新たな出会いや連携が生まれることを楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。

1)A1:条約の主目的は「湿地の保全」/A2:ラムサール条約は強制力をもたない/A3:条約は締約国に対して国内領域内すべての湿地の保全促進を求めている。
2)CEPA=Communication, Education and Public Awareness(対話、教育、普及啓発)
3)条約条文のほか、締約国会議で採択される決議文や勧告文を総じて、ここでは「ラムサール条約文書」と称しています。

(JAWAN通信 No.90 2008年4月21日発行から転載)


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