ウミガメと人、そして砂浜

水野康次郎 NPO法人日本ウミガメ協議会 事務局長

 日本は島国と言われるだけあって、全国各地に数多くの砂浜が存在しています。この砂浜は古来より人のみならず、ウミガメも利用していることが知られています。
 まずウミガメについてみると、日本国内では主にアカウミガメ、アオウミガメ、タイマイの3種の産卵がみられます。アカウミガメの主な産卵地は、静岡県以西の太平洋側、アオウミガメは小笠原と屋久島以南、タイマイは沖縄県内となっています。夏になると産卵などでよくニュースに出てくるのはアカウミガメで、稀に都市のそばでも産卵がみられます。これから7月末にかけて日本各地では産卵のニュースでにぎわいます。さらに8月から9月にかけては仔ガメがふ化して海に帰る姿もみられます。
 ウミガメは古来より、食料(肉や卵)として利用されたり、海の神の使いとしてあがめられたりと、地域によってその対応は大きく異なります。近年では、鹿児島県屋久島などで、多くの観光客がウミガメの産卵を観察しに訪れるなど、観光資源としての利用もおこなわれています。
呼吸するアカウミガメ アカウミガメの産卵

日本のウミガメ調査

 ウミガメに対し、現在では世界各国で調査や研究がおこなわれていますが、実は、世界で最初に産卵のモニタリングを始めたのは日本です。今では、日本は世界の中でもっとも古くからウミガメ調査がおこなわれている国として、研究者の間で認められています。もっとも古いモニタリングは、1950年代前半、徳島県大浜海岸で地元の中学校教師と生徒によっておこなわれました。当時はウミガメの飼育に漬け物樽を使ったりしたという記載もあり、手探りの大変さが見られます。今でもその研究はすばらしいものとして認められています。
 現在でも日本各地でさまざまな人によって産卵のモニタリングがおこなわれていますが、実は北太平洋でアカウミガメが産卵するのは日本だけです。ここ数十年の研究で明らかになったことですが、日本で生まれた仔ガメはメキシコのバハカリフォルニア沖まで移動し、その周辺海域で成長したのちに日本に帰ってきます。日本とメキシコ沖を移動していることを最初に明らかにしたのは、メキシコでおこなわれた標識装着調査です。バハカリフォルニア沖で足に標識をつけて放流された個体が、徳島県の漁業者の網で発見されました。その後におこなわれた衛星発信機を用いた追跡調査でも、メキシコから日本に向かうという行動がみられたことから、北太平洋においては日本が繁殖地、メキシコ沖が成長域であるということが明らかになったのです。
このようなウミガメの行動追跡調査や長期間にわたるモニタリングから、近年ではいろいろなことが明らかになってきました。徳島県大浜海岸では、1950年代前半に100回近くみられた産卵が、数年前には数回にまで落ち込みウミガメの産卵数自体が減少していることや、追跡調査により日本近海に帰ってきた個体は、東シナ海や日本の太平洋沿岸に移動していることなどです。

ウミガメの産卵と砂浜の現状

 では、明らかになったことから、ウミガメと砂浜の接点である産卵の現状について考えてみたいと思います。現在、大浜海岸のような産卵数の減少傾向は全国各地でみられています。産卵の減少にはさまざまな理由が考えられますが、そのうちの大きな理由である砂浜の環境変化についてみてみます。近年は砂浜の護岸化、侵食、海浜植物の消失がおこっています。日本は地震や台風などが多く見られるため、海岸に住む人々を守るという観点から、多くの砂浜が護岸化されました。確かに護岸が必要な場所もありますが、護岸が作られると多くの場合、その砂浜に存在した海浜植物がなくなり、砂が飛散や流出して浜が侵食します。侵食が進むと砂浜自体が消滅してしまいます。最近では、侵食の原因は護岸の設置だけではなく、海砂の採取もあげられているようです。
 砂浜の消失は、ウミガメの産卵にとってもっとも大きな悪影響のひとつといえます。爬虫類であるウミガメは砂浜がないと卵を産み繁殖をおこなうことができません。日本を繁殖地とする北太平洋のアカウミガメにとって、砂浜の消失は絶滅に直結する大変な問題です。生物多様性が見直されているなか、海洋の大型動物の絶滅は、海のバランスを大きく崩し兼ねません。
 また、砂浜の護岸化や消失は、ウミガメのみならず人々の文化や生活圏も寸断してしまうおそれがあります。護岸が作られると、それまでみられた集落から海岸林、海浜植物帯、砂浜、海というつながりが、護岸という壁によって分断されてしまいます。砂浜の消失から海産物の減少や変化、浜でおこなわれてきた行事の消失にもつながります。
護岸に何度もぶつかりさまよったウミガメの足跡 奄美大島南西部の人工物のない砂浜

奄美諸島のウミガメ

 私は主に奄美諸島を担当し、これまでウミガメの調査を中心に人と海とのつながりがどのようになっているかの調査をおこなってきました。奄美諸島でも多くの海岸は護岸化され、侵食が進んでいます。しかしそのなかでも、奄美大島南部には集落から海浜植物帯(アダン林)、砂浜、海へと続くすばらしい砂浜がわずかに残っていました。この浜では夏になるとウミガメが産卵し、後背の集落の人々が釣りや海水浴をして楽しみ、夕方になると夕涼みや散歩をする人もみられます。こんなすばらしい環境が残っていた砂浜を、以前より継続して砂浜の砂の堆積や植生調査などおこなっていたところ、5年ほど前から急激に砂浜の侵食が進んだのです。後背の海浜植生林であるアダン林が急激に流失し、砂浜から後背の田畑が見えるようになってしまった箇所もあります。この原因ははっきりとは分かりませんが、砂浜が湾奥に単独で形成されていること、ダムなどがないため砂の供給源の減少は考えにくいことから、砂浜沖で海砂が採取されていることが起因するのではと考えられます。現在でも毎年、測量をおこないながら砂浜の変化をみて、今後何らかの提言をしていきたいと考えています。

 現在の日本では、本当に人工物のない昔ながらの砂浜が減りました。私たちの団体はウミガメの調査や研究が主です。しかし、ウミガメのみならず、少しでも砂浜が人とウミガメ、砂浜に住む多くの動植物にとって良い環境であり続けてほしいと願いながら、今後も調査や研究を続けていきたいと思います。

(JAWAN通信 No.91 2008年7月1日発行から転載)


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