鉱山と産廃のまち・瀬戸市から

上杉 毅 紺屋田・印所の森を歩く会代表

瀬戸の湿地を脅かす鉱業法

 愛知県瀬戸市はかつて愛知万博の開催予定地、海上の森の開発の是非をめぐって大きく揺れましたが、万博の開催後3年が経過したいまも従来型の開発が横行して、瀬戸市に点在する湿地の存続を脅かしています。
 私たちが住む瀬戸市東部には明治時代にオーストリアから来日した東大教授アメリゴ・ホフマンが1905年に砂防工事の指導をした場所があります。当時の瀬戸市印所町は薪炭の採取のために山がはげ、頻繁に土砂災害が発生していました。ホフマンはその山地の渓流に柳柵と土堰堤をめぐらして、土砂流出を抑止したのです。鉄やコンクリートに頼らないその工法は近自然工法の先駆とも言われています。
 ホフマンの工事跡から尾根をはさんだ反対側には小規模な湿地があります。東海地方の湿地はその多くが砂礫層から湧出する貧栄養の地下水に涵養され、シデコブシ、サギソウ、サクラバハンノキ、トウカイコモウセンゴケ、イシモチソウ、シラタマホシクサなどが生育し、その間を泳げない水生昆虫ヒメタイコウチが這い、夏にはハッチョウトンボが舞います。そのホフマン工事跡や湿地から30mも離れていない場所で平成17年春から新たな開発が始まりました。山を皆伐して土砂採掘が始まったのです。それまでにも地元の私たちは生活環境の悪化や開発予定地の森林を集水域とする湿地に影響が出ることを恐れ、現地の保安林解除に異議を唱えていました。争いは愛知県下で26年ぶりの公聴会に持ちこまれましたが、保安林解除の予定が覆らなかったのです。開発の始まりを受けて私たちは公害等調整委員会に不服裁定を申し立てましたが、それも認められず、開発はいまも進むばかりです。
 こうした一連の活動から分かったことは、「鉱業法」を放置していては湿地の保全も、生物多様性の保全もおぼつかないことです。

明治40年ごろの瀬戸市の禿山 湿地に咲くシデコブシ

陶土のいらない時代に陶土採掘?

 瀬戸市の湿地を育む丘陵は蛙目粘土、木節粘土、風化した石英からなる珪砂層、チャートを含む砂利などが幾重にも堆積したもので、瀬戸市の窯業者はそこから窯業資源=陶土を得ていました。一時、それが全国を席巻するほどの産業に成長したことは、やきものが「せともの」と呼ばれることから容易に想像できるでしょう。
 陶土の採掘は山を露天掘りするものです。これまでにいくばくかの湿地が露天掘りにより失われたかもしれません。しかしその窯業も1985年のプラザ合意後は円高進行により輸出の途が断たれ、いま瀬戸市の工業出荷額の14%を占めるにすぎません。窯業の凋落と軌を一にして陶土の需給も緩み、掘り出された粘土が野積みのまま放置され、あるいは草や木に覆われ、あるいは一度も利用されることなく埋め戻されるようになりました。しかし陶土の需要減で露天掘りが終わり、瀬戸市の湿地が救われたかといえば、上の例を見るようにいまだに開発という行為が行われているのです。
「瀬戸のグランドキャニオン」
瀬戸の珪砂採掘跡地は産廃処分場に転用されている
 陶土が売れない時代に何を掘っているのかと疑問が湧くかもしれませんが、いま掘られているものは砂利や珪砂です。砂利は生コン用に売られ、珪砂はガラスの原料として出荷されています。いずれも売価で1トン3000円程度のものにすぎませんが、その安値ゆえにかえって大量の採掘が必要とされます。そのため最近の30年ほどで瀬戸市の北部の自然は回復不可能なまでに破壊され、広大な採掘跡地が出現しました。不毛と荒廃そのものの景観は「瀬戸のグランドキャニオン」と揶揄されています。
 陶土の採掘を見慣れた瀬戸市民の中には、その景観を地場産業の繁栄の対価と思い込んでいる人も少なくないようですが、このグランドキャニオンを覗き込んでみると、さまざまなゴミ、産業廃棄物が持ち込まれています。窯業の繁栄を願う市民の思いとはうらはらに、地場産業とは無関係に土砂採掘場と産廃の処分が行われているのです。

歯止めがない鉱業法の拡大運用

 問題を深刻にしているのは資源エネルギー庁による鉱業法のルーズな運用です。
 鉱業法は、貴重な資源の採掘は国全体の公益にかなうものとする立場から、採掘業者に大きな権限を付与しています。それを鉱業権といいます。鉱業権を設定すれば、業者には他人が所有する土地でもそこを占拠して資源採掘することが認められます。その強権ぶりに驚く方もいるでしょうが、石炭や鉄鉱石など産業の振興に欠かせない資源を国内の資源に頼っていた時代が過去にあったことを想起すれば、事情が飲み込めるでしょう。
 事業者にそれだけ強い権限を付与する以上、鉱業権の設定には当然慎重な審査があるものと思われがちですが、意外にも珪砂・粘土などありふれたものにも鉱業権が設定され、その品位や採掘価値とは無関係に開発が行われるのが実情のようです。掘り出したものにたとえ鉱物としての価値がなくても、土砂として販売することができるうえ、跡地の穴を産廃処分場などに転用すれば簡単に採算が合うからです。
 こういった鉱業権をめぐる事情を知る地方自治体のなかには鉱業権の設定に抵抗するところも現れています。愛知県日進市や三重県亀山市などでは市長自ら鉱業権の設定や施業案の認可に異議を唱えています。しかしすでに鉱業権が設定されてしまった場所だけでも、瀬戸市で市域の3割に相当する3,360ha、豊田市で2,547ha、岡崎市では1,158ha、愛知県全体では10,866haに及びます。ちなみに近県の三重県では10,593ha、岐阜県では39,224haです。その多くが珪石、耐火粘土に掛けられたものですが、そのことはとりもなおさず湿地が成立するような砂礫層の丘陵が軒並み採掘対象であることを意味します。

生物多様性の保全のためにラムサール登録を

 昨秋、第三次生物多様性国家戦略が環境省により策定されました。私たちは鉱業法の見直しなくしては生物多様性国家戦略の目標達成はおぼつかないのではないかと危ぶんでいます。国家戦略が述べるとおり生物多様性は地域固有の自然を守ることを通して達成されるものですが、産業振興をつかさどる資源エネルギー庁の鉱業法運用にその観点が欠落しているからです。
 いま豊田市の矢並湿地などをラムサール条約登録湿地にしようという声があがっています。私たちの願いは春日井市から瀬戸市、豊田市、岡崎市、豊橋市に点在する無数の湿地がそれを涵養している低山地全体とともにラムサール条約の登録をうけ、土砂採掘や産廃処分場になることなく、特色ある自然が次世代に伝えられることです。

(JAWAN通信 No.91 2008年7月1日発行から転載)


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