成見和總 鹿児島国際大学非常勤講師 1.はじめに「藺牟田(いむた)池」は、鹿児島県のほぼ中央(薩摩川内(せんだい)市祁答院(けどういん)町)に位置し、50万年前「藺牟田火山」の噴火によって誕生した周囲3.3kmの浅い火口湖です。小高い山々に囲まれた藺牟田池周辺は、豊富な自然に恵まれ、県民の憩いの場として親しまれています。3年前(2005.11.8)国際的に保護すべき“貴重な湿地”としてラムサール条約に登録され、さらに脚光を浴びています。2.「藺牟田池」自然の特徴その代表二つと生物相の特徴を紹介します。1)「泥炭形成植物群落」(浮島) 藺牟田池西側の1/3は、『泥炭形成植物群落』(大正10年国指定天然記念物)により湿地化しています。湿地は、水面にヨシ・フトイ・ガマ・ヒトモトススキ・カサスゲ・マコモなどの湿地性植物(背丈の高い挺水植物)で覆われています。この植物が枯死して炭化した後、池の底に堆積して出来たものが泥炭(*本来暖かい地域の低層湿地では珍しい現象)です。 2)「希少種ベッコウトンボ」 ベッコウトンボは、「絶滅危惧種1類」指定(平成3年)・「種の保存法指定」(平成6年)及び「ベッコウトンボの環境保護地」指定(平成8年)並びに「藺牟田池湿地ラムサール条約」登録(平成17年11月8日)等に関与する貴重なトンボです。 日本以外、韓国・中国の一部にも記録があります。日本では、本州・九州にかけて分布し、県内のあちこちで生息していました。しかし、平地性のために、生活場所が人間と同じで、生活廃水や農薬などによる環境汚染、河川の堤防工事や護岸工事、また宅地造成のための埋め立てなどで、その姿はほとんど見ることが出来なくなっている現状です。泥炭形成群落等の湿地が、最適な産卵・幼虫の生息場所であり、水底が硬くなると幼虫は生息できません。また成虫にとってもこの湿地が、羽化場所、休息場所、寝場所、縄張り場所となっています。 3)「藺牟田池の生物」の特徴 (1)南北生物の交叉地:南方系植物のシダ類テツホシダ、アオビタイトンボ&北方系植物のシダ類、ヒメシダ、トラフトンボ (2)新旧生物の交叉地:旧型系のベッコウトンボ&新型系のチョウトンボ、旧在系のウチワヤンマ&新在系のタイワンウチワヤンマ (3)里山としての「自然とヒトとの調和」:天然記念物・希少種生息湿地&地域住民の生活根拠地&県立公園等観光訪問者憩いの地
3.「藺牟田池のベッコウトンボ」の特徴「全国で最も安定した良好な生息環境、特別なことのない限り今後も残存するであろう」と言われている最多産地、保護地です。しかも、藺牟田池のベッコウトンボは、(1)鹿児島県が南限地であること、(2)他生息地では一般的に(海抜50m以下の平地性なのに)海抜300mの高地であること、(3)(海岸線から10km以内なのに)県内のほぼ中央部にあること、(4)(開放地なのに)閉鎖地であること、さらに(5)外来魚のバス類が生息すること、などの特徴があります。4.ベッコウトンボ成虫出現状況「藺牟田池のベッコウトンボを保護する会」会友との共同調査結果の一部を述べます。1)12年間(1996〜2007)のまとめ (1)初見日:3 /25〜4/27、(2)最多日:5月連休前後、(3)終見日: 6/17〜7/7、(4)出現期間:54〜94日、(5)目撃総数:754〜23950 2)今年(2008)と12年間との比較 今年度、これまでの成虫出現状況に比べ以下のような特記すべき結果が出現しました。 (1)羽化個体数の減少(とりわけ通常の最盛期までの個体数の激減):1872頭(個体数枠内) (2)通常の最多日よりかなり遅延:6/25最盛期(5月連休前後)を過ぎての個体数の増加 (3)終見日&出現期間の遅延:7/18&100日 5.環境変化と保護対策1)水生昆虫への水量増減の影響ここ3年間の水量の増減は、顕著でした。結果として、この3年間の異常とも言える「ベッコウトンボ成虫出現状況の変化」は、水量の増減が影響しているようです(検討中)。 2)外来魚ブラックバス類への対応 ベッコウトンボ天敵のブラックバス類については、筆者も最も警戒し対応策を提案していました。少しずつ具体化されています。 (1)「リリース禁止条例」設定(平成18年) 案内板と、「外来魚回収ボックス」設置 (2)ブラックバス類の捕獲調査 環境省・薩摩川内市(県環境技術協会委嘱)により、『ブラックバス類捕獲調査』が進められています。オオクチバスとブルーギル両種によるベッコウトンボ成虫捕食の実証に基づく、「人工産卵(後述)捕獲装置」の設置(8/24 NHK TV全国放映)。 3)自然観察会とクリーン作戦 (1)「自然観察会&クリーン作戦」(薩摩川内市&ベッコウトンボを保護する会共催等) 恒例の「春編」4/26&「夏編『昆虫採集会』」も企画。そのほか「親子で楽しむ自然との対話:春編『藺牟田池のベッコウトンボ観察会』」8/22(鹿児島国際大学&鹿児島県中央大学センター共催事業)も実施。 (2)外来魚ブラックバス類捕獲「釣り大会」 今年も祁答院地区「小・中学校釣り大会」や各種団体主催による「釣り大会」なども実施。 (3)「ベッコウトンボ保全環境教育学習会」 薩摩川内市教育委員会『元気塾』などを通して筆者も計5校の小中学校の『環境教育学習会』に招聘され、子どもたち中心に話をしました。 (4)「藺牟田池自然観察ガイドブック」(薩摩川内市環境課)改訂版の作成(3月) 6.終わりに〜今後の課題〜(1)幼虫の生息地・産卵場所としての水域の保存(2)成虫の生息地としての閉鎖的な関連水域の保存 (3)人間の持ち込んだ動植物対策(とりわけ外来魚ブラックバス類) (4)環境保全としての三者(行政・地域・学者など)連携・総合的な活動 (5)「当池ベッコウトンボ」の学術調査:他の生息地とは異なる生態上の特徴が予想される。したがって当地ベッコウトンボの詳細な生態調査が緊要。 (6)「保護対策委員会の設置」(仮称):早急に、三者連携等による、課題への具体的な対策が望まれます。 平成23年度「全国トンボサミット鹿児島大会」の話題も出ています。一つの好機と、「保護する会」の活動を盛り上げたいものです。 |