<活動報告>諫早湾干拓事業の問題点と展望
時津 良治(有明海漁民・市民ネットワーク会員)
諫早湾干拓事業は、長崎県諌早市および雲仙市の背後低平地の高潮・洪水・常時排水等に対する防災強化と、かんがい用水が確保された大規模で平坦な生産性の高い優良農地を造成することを目的に事業が行なわれました。 1989年度より工事に着手、1997年4月のギロチンと呼ばれた潮止め工事は、広大な干潟に生きる多種多様な生物、またそれによって支えられていたシギ・チドリ類など日本有数の渡り鳥の越冬、中継地としての重要な場所を消滅させる、環境破壊と無駄な公共事業の象徴として全国的な話題となったことは記憶に新しいところです。 この間、有明海全体におよぶ養殖ノリの色落ち被害が発生し、漁業者の抗議による工事中断、工事差止めを求める仮処分申請の判決による工事中断、事業再評価による計画変更などを経て、2008年3月に竣工しました。 高さ7m、長さ約7kmにおよぶ潮受堤防により、調整池の水位は海域の潮位の影響を受けず一定の水位に保たれ、高潮被害の防止や背後の低平地では洪水時以外の排水改善には役立っているものの、水質は悪化して夏場には有毒アオコの発生やユスリカの大量発生が見られるようになりました。周辺の地域ではその対応に追われています。公共下水道事業や農業集落排水事業が進められ、それらの建設や維持管理に多額を費やしながらも改善の兆しはありません。 農業用水として利用されることから、作物の安全性への懸念、また、降雨のたびに水位を保つために排水門を開けて排水される汚濁水の海域へ影響も懸念されています。 背後地では排水不良改善のために、干拓事業と別途に排水路の拡張や排水機場の新設、増強の事業が行なわれ、効果を発揮しています。さらに、本明川の治水対策として諫早大水害規模相当の流量に対応することを目的に河道堀削が進められ、上流部においてはダムの建設が予定され、環境影響評価の手続き(準備書の縦覧)が現在行なわれています。 諫早湾では潮受け堤防基礎工事の着工後まもなく、近傍の海底に生息する特産の二枚貝タイラギの激減に始まり、閉め切り後には、海況の変化、大規模また有害な赤潮の頻発や貧酸素水塊の発生が見られ、魚介類の死滅が毎年繰り返され、諫早湾内にとどまらず有明海全体の漁業資源の減少が顕著になっています。 干潟から農地となった干拓農地は、(財)長崎県農業振興公社が一括買い取り、公募によって選ばれた農業生産法人や個人に賃貸され、2008年4月から本格的な農業が始まりました。全農業者の41経営体が長崎県からエコファーマーに認定され、環境に優しい農業が実践されているそうです。営農開始後5年以内にJAS規格の有機農産物、または長崎県特別栽培農産物の認証取得を目指しています。 バレイショ、タマネギ、レタスなどの野菜が主に作付され、飼料作物も大きな面積を占めています。トマトや花きの施設園芸のためのハウス建設も大規模に行なわれ、これらの大規模営農支援のための施設や大型機械の導入のために手厚い融資制度や多額の補助金が費やされています。一方、周辺農地では後継者が育たず、耕作放棄地対策がなされているものの厳しい現実になっています。 昨年6月には、佐賀地裁において、「諫早湾内および近傍場においては、漁業環境を悪化させていると認められる。」と諫早湾干拓事業との因果が認められ、「判決確定の日から3年を経過する日までに、防災上やむを得ない場合を除き、諫早湾潮受堤防の北部及び南部各排水門を開放し、以後5年間にわたって同各排水門の開放を継続せよ。」の判決の言渡がありました。 国の控訴断念を求める漁業者、弁護団、市民による国会行動が連日繰り広げられ、政府内においても農水大臣と判決を支持する法務大臣や地元選出の農林水産副大臣との控訴期限ぎりぎりまでの折衝が行なわれ、開門のための環境アセスメントを行なうことが決められました。 開門調査実施のための環境アセスメントの手続きが始まりましたが、継続中の裁判においても漁業不振との因果関係を一切認めようとしない農水省主体によるアセスメントには不信を持たざるを得ない状況です。1日も早い解決が望まれています。 裁判と併せて、政治的解決を求めて、数ヶ月以内には行なわれる選挙においての公約を、一票を投じる判断の材料としたいものです。 (JAWAN通信 No.93 2009年5月30日発行から転載)
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