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首都圏の谷戸
三浦市三戸の「北川湿地」

奇跡の自然をなぜつぶす

横山 一郎 (三浦・三戸自然環境保全連絡会代表)
 

北川湿地とは

 神奈川県三浦半島の先端に近い、三浦市初声町(はっせまち)三戸(みと)地区の北川という小川が流れる谷戸に、県内最大規模の湿地が残されていました。休耕田が放棄され約半世紀が過ぎた状態の湿地で、豊かな湧水が北川の流れを作り出しています。地元の人々にもあまり知られず、メダカ愛好家やごく一部の研究者がその存在を知る湿地でした。
 私たちが活動をはじめた頃、すなわち、後に述べる発生土処分場建設事業計画が表面化した頃、名前すら付いていなかったこの湿地を「北川湿地」と名付けました。斜面林と合わせても 25ha ほどの小さな湿地ですが、湿地環境がことごとく失われた神奈川県では、たいへん貴重な湿地と言えます。
 北川湿地は、神奈川県で2か所しかないメダカの自生地であり、サラサヤンマ、シマゲンゴロウ、ニホンアカガエル、チャイロカワモズクなど、レッドデータに挙げられる貴重な生物の生息場所です。また、大規模なハンゲショウ群落は、今日の首都圏ではたいへん貴重です。
 夏には、ゲンジボタルやヘイケボタルの乱舞が見られ、斜面林にはキンラン、エビネ、マヤラン、ナギラン、クロムヨウランなど貴重なランのなかまも多く見られます。
 環境アセスメントの調査と私たち独自の調査結果を総合すれば、少なくとも 96 種もの貴重種の生息がわかりました。北川湿地のすぐ南側の集水域は「小網代の森」と呼ばれ、森と干潟が連続した貴重な生態系を有することから、平成7年に近郊緑地保全区域に指定されました。
 また、北川湿地のすぐ北側の休耕田は、釜田・池ノ上と呼ばれる谷戸で、種の保存法で指定された貴重種オオセッカの越冬地利用が確認されました。
 このように、北川湿地は、三浦半島の豊かな自然の中核となる重要な湿地だと考えられます。ただ、入り組んだ地形と生い茂る斜面林に阻まれ、これまで人々にあまり気づかれずにきたのです。
 平成7年には三戸地区は区画整理事業予定と聞いていたのですが、事業計画は明らかにされていませんでした。
 ところが、平成 18 年 10 月、北川湿地が、発生土(残土)処分場として埋め立てられ、その後、宅地になるという事業計画が一気に表面化しました。北川流域の下流半分は、すでに農地造成事業として埋め立てられ、今では広大な飛行場のような農地にその姿を変えています。北川の水は農地造成された下の巨大な暗渠を通り、相模湾に注いでいるのです。
 こんな状態で残されながら、多くの貴重種がすむ首都圏の湿地、北川湿地。この「奇跡の谷戸」を残すために結成された三浦・三戸自然環境保全連絡会では、北川湿地の広報活動と保全活動を行っています。
北川湿地は貴重な自然がいっぱい
北川湿地は貴重な自然がいっぱい

発生土処分場建設事業の内容

 本事業の事業主は京浜急行電鉄 ( 株 ) です。当地は、昭和 45 年の線引きにより市街化区域に編入されました。少しずつ用地買収を進めていた事業主は、農地造成地との換地などを経て、現在では北川湿地を含む事業予定地のほとんどを所有しています。
 つまり、休耕田からなる湿地や豊かな森林でありながら、市街化区域の民有地での事業だということです。事業主の開発のよりどころは、この「市街化区域である」ということがいちばん大きいようです。それならば、元凶は昭和45 年の三浦市による線引きの変更ということになります。
 事業計画では、建設工事に伴い副次的に発生する土砂を受け入れる処分場(21.8ha)を建設し、将来的に土地区画整理事業により整備するための、基盤整備事業として位置づけられるとされています。生物の多様性や環境保全についての認識が高まりつつある昨今、これだけの規模の自然破壊が進められつつある現実に呆然とします。
 対象区域は、昭和 40 年代から土地利用のあり方が検討されてきた「三浦市三戸・小網代地区 (160ha)」の中に位置します。三戸・小網代地区における開発および整備については、平成 7 年に京浜急行電鉄 ( 株 )、三浦市、神奈川県の3者で調整し、次の 5 つの土地利用計画に沿って事業が行われることになったとされています。
 @農地造成区域 ( 約 40ha)、A三戸地区宅地開発区域 ( 約 50ha)、B保全区域・小網代地区 ( 約 70ha)、C都市計画道路西海岸線、D鉄道延伸区域です。
 Aにおける土地区画整理事業の基盤整備事業として、今回 25ha の発生土処分場建設事業が計画されました。容積は 218 万 m3 にもなります。
 県環境影響評価条例による審査書では、「本件事業は、(中略)この豊かな生態系の大部分を喪失することとなるため、実施区域のみならず小網代の森を含めた周辺地域の植物や、動物の生育及び生息環境などに影響を及ぼすことが懸念される。
 また、実施区域外の蟹田沢(がんだざわ)で行うとしている、ビオトープ整備を中心とする環境保全対策については、(中略)多くの課題があることから、その計画を再検討するとともに、実施に当たっては、事後調査により効果を検証しながら適宜、生育及び生息環境の改善措置をとり、豊かな生態系を確実に創出することができるよう最大限の努力をする必要がある」というものでした。この指摘は、評価書には反映されませんでした。事業実施計画は粛々と進められ、まさに北川湿地はいつ埋められ始めてもおかしくない状況となりました。
空から見た現在の北川湿地
空から見た現在の北川湿地
 

開発計画と生物多様性保全の間で

 本件に係る環境アセスメントの問題点として、@実施区域に生息する生物の多数の確認漏れがある、A生物への影響予測が過小評価されている、B環境保全対策が実効性に欠ける、C「環境影響予測評価書案の意見書に対する見解書」に虚偽の記載がある、D不備のある評価書でも事業実施が可能な県条例であることなど、事業主の環境アセスメントに対する多数の不備や、制度上の問題点がみられました。
 事業に伴う環境保全措置についても、適切な調査や検証がされないまま計画されています。事業実施区域 25ha に対し、事業実施区域内の生物の移殖・移植先とされる海岸に近い「蟹田沢ビオトープ」は約 3ha で、量的にも質的にも明らかに不十分で、代替地としてあまりにも不適であると考えられます。
 問題点の詳細は紙面の関係でご紹介できませんが、私たちのホームページ等をご覧ください(「北川湿地」で検索していただくと見つかります)。
 県や市が、過去の経緯から開発計画を進める、あるいは容認の立場をとる中で、昨年、生物多様性基本法が制定され、来年には生物多様性条約 COP10 が我が国で開催されます。
 
 私たちは事業主、環境省、神奈川県、三浦市を相手に民事調停を申し立てました。その中で、環境の世紀において、持続可能な社会としての北川湿地の利活用、すなわち、北川湿地を市民の自然観察会、子どもたちの環境学習の場、グリーンツーリズムなどで活用する。
 近隣の小網代の森(近郊緑地保全区域)、オオセッカの越冬する釜田・池ノ上の休耕田、南関東最大級の弥生時代の拠点集落である「赤坂遺跡」などをセットにした、エコパーク構想を事業主に対して提案しました。
 しかし、全く聞く耳持たずという姿勢で、去る7月 23 日、民事調停は不調のまま終わりました。
 企業の社会的責任(CSR)が重要とされる今、湿地を残土で埋める行為は、それだけで反社会的行為だと考えます。旧来の法律で事業が可能という論理ではなく、事業主には環境の世紀の企業としての判断をお願いしたいものです。
 私たちは、窮地に立つ首都圏の湿地の保全を目指して、今後もシンポジウムや署名活動を実施して参ります。どうかご協力ください。
処分場開発による埋め立て後予想図
処分場開発による埋め立て後予想図

(JAWAN通信 No.94 2009年9月25日発行から転載)

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