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ラムサール COP10決議についての再考

小林 聡史 (釧路公立大学教授)
 
 ラムサール条約第10 回締約国会議が終わって、次の焦点は生物多様性条約のCOP10 となった。あらためてラムサールCOP10 の成果、特に採択された決議を見て み た い。 ラ ム サ ー ル COP5( 釧 路 会 議、1993 年)以降、今回は初めて決議の日本語版編纂作業が行われていないからだ。
 各国政府に湿地を守ると約束してもらいたいという NGO の働きかけから、ラムサール条約は誕生した。こうした条約の歴史を振り返ると、日韓の NGO が実現に向けて協力した水田決議(決議 31)や、韓国政府がイニシアティブをとった「昌原宣言」(決議3)の意義は大きい。
 しかし、ラムサール COP10 で採択された決議は 32 本ある。条約運用に関わる決議以外にも、これからの湿地保全に重要な決議がある。
 ラムサール COP の決議は大別すると、条約運用に関わる決議―予算や事務局業務―と一般的な湿地保全に関する決議とに分けられる。条約運用決議はさらに、条約事務局や常設委員会、STRP( 科学技術検討委員会 ) 等といった条約機関に関するものと、条約運営に資金を提供している各締約国政府に関するものとがある。
 一方、湿地保全に関する決議は、条約の枠組みを利用した湿地保全に関するものと、より一般的なものとに分けられる ( 決議の分類参照 )。
 いくつかの決議は複数の分野にまたがっており、日豪政府の努力も関係するフライウェイ決議 ( 決議 22) や水田決議は、一般的な湿地保全に関連する決議としてとらえられるだろうが、今後、条約の枠組み ( 登録湿地やワイズユース)に直接関連した決議として、発展していく可能性がある。
ラムサール COP10 本会議
ラムサール COP10 本会議

 ラムサール条約は他の国際環境条約に比べると、長い間隔 (3 年おき ) で締約国会議を開催しており、その間の国連や他の国際環境条約での議論や取組の影響も大きく受ける。
 また、COP9( カンパラ会議 ) から問題となった鳥インフルエンザの問題、今回のバイオ燃料のように、これら問題との関連から湿地全般の役割を考える必要もある。
 特に国連や他の条約との関連では、政府代表の中にもラムサールの枠組みで十分な議論を、と考える人々もいれば、外の議論は外でやってラムサールで扱う必要はない、と考える人もいる。こうした意見の調整に時間がかかってしまうと、ラムサール条約本来の取組を議論する余地がなくなってしまいかねない。
 実際に COP10 の閉会時では、条約の国際パートナー NGO を代表してウェットランド・インターナショナルから、個別の湿地についての議論がほとんどなかったことが指摘された。確かに会議の内容をじっくり聞いていても、登録湿地、湿地の生態学的特徴の変化、ワイズユースの議論は影を潜めたかのようだ。
 だが個別湿地の問題が扱われなかったからと言って、条約独自のコンセプトも議論から抜け落ちていたのだろうか?採択決議のうち、条約の枠組みを活用した湿地保全に関するものを見てみよう。
 COP10 のテーマは「湿地の健全性と人々の健康」だった。それはワイズユースの発展形と考えて良い。今までの COP では主要テーマに関する決議は最初、すなわち決議 1となっていた。主要テーマに関する決議は、常設委員会でも時間をかけて議論するし、メディアの注目も浴びやすいからだ。
 しかし、COP10 では決議 1 に登場するのは、今回で 3 度目となる『戦略計画』であり、湿地と健康に関する決議は 23 番目となっている。さらに、COP 内では最後の方で議論されていた「昌原宣言」は、決議番号に欠番が出来たとはいえ、これまでのように順次番号をずらしていくのではなく、決議 3 に抜擢されている。
 これは、ある意味でわかりにくさも生じさせた。締約国政府や各国 NGO、湿地保全に関わる人々は、COP10 以降、『戦略計画』に示されている内容と、「昌原宣言」に示されている方向性のどちらを優先させればいいのだろうか? あるいは、両者は性格が異なるものなのだろうか?
 『戦略計画』の今後の目標 ( ゴール ) として、1. ワイズユース、2. 国際的に重要な湿地 ( 登録湿地)、3. 国際協力……といった内容が出てくる。このほかにも、所管官庁や自治体担当者の能力と保全管理の効率を高めていく目標、もちろん非加盟国があれば、ラムサール条約に加盟してもらうことなどが目標として登場する。これまでに登場した『戦略計画』と比べると、すっきりとわかりやすくなっている。 一方、「昌原宣言」(決議 3 付属文書)の内容は、「水と湿地」、「気候変動と湿地」、「人々の暮らしと湿地」、「人々の健康と湿地」、「土地利用の変更」、「生物多様性と湿地」となっている。
 「宣言」は、今までの取組の総括として良くできている。バレンシア会議(COP8、2002 年)の決議 1「水と湿地」、今回の主要テーマ「人々の健康と湿地」、そして「気候変動と湿地」(気候変動枠組み条約とラムサール)、さらには「生物多様性と湿地」( 生物多様性条約とラムサール ) と、より広い視野から湿地保全に取り組むためのヒントがたくさん含まれている。
 ラムサール条約の基本は『戦略計画』にまとめられ、今後、各国政府や NGO、個別湿地の管理担当者が取り組むべきより具体的な課題が結集している。
 例えば、1. ワイズユース達成の目標の中には、〈1.1. 2015 年までにすべての締約国が完全な湿地目録を持つこと〉、〈1.2. 2015年までに世界各地の湿地の変化を報告することのできる世界的な湿地監視体制を築くこと〉、〈1.3. すべての締約国が「国家湿地政策」をもつこと〉、が挙げられている。また、登録湿地でも次期目標として、2500 カ所指定が掲げられた。
 そして、湿地の価値への理解を深めてもらう CEPA( 決議 8)、十分な議論ができなかったものの、世界各地における湿地の現状を知ることのできる「条約湿地の現状」( 決議13) と、「生態学的特徴の変化に対応する方法」( 決議 16)、これらは地に足のついた湿地保全を進めるための重要決議だ。
会場の外では韓国 NGO や市民が大運河計画に疑問を表明
会場の外では韓国 NGO や市民が大運河計画に疑問を表明

 また、これまで条約が取り組んできたアプローチとして、存在意義の大きい「湿地と流域管理」( 決議 19) もある。日本語になっていないとはいえ、多少なりとも英語を理解できる人は多いはずだ。NGO や湿地保全に関心を持つ市民に、ぜひ目を通してもらいたい。

COP10 決議の分類(カッコ内の数字は決議番号)

T . 条約運用のための決議
(a) 条約機関
 予算 ( 決議 2)
 条約および事務局の業務促進 (5)
 STRP( 9)
(b) 締約国政府
 地域イニシアティブ (6)
 民間企業との提携原則 (12)
 条約履行政府機関の役割 (29)

U . 湿地保全のための決議
(a) 条約の枠組み
 『戦略計画 2009-2015』(1)
 「昌原宣言」(3)
 CEPA( 8) 
 条約湿地の現状 (13)
 生態学的特徴の変化に対応する方法 (16)
 湿地と流域管理 (19)
 湿地および人々の健康と福祉 (23)
(b) 湿地保全全般
 鳥インフルエンザ (21)
 気候変動と湿地 (24)
 湿地と「バイオ燃料」(25)
 湿地と資源収穫産業 (26)
 湿地と都市化 (27)
 湿地と貧困撲滅 (28)

(JAWAN通信 No.94 2009年9月25日発行から転載)

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