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トヨタ自動車テストコース問題

織田 重己 (21世紀の巨大開発を考える会会長)
 
 2007年 6月 27日、読売新聞にこの「トヨタ自動車テストコース」問題が初めて新聞記事として書かれました。内容はトヨタ自動車から依頼を受けて事業を進める愛知県企業庁からの発言で、「造成予定地でオオタカの営巣など希少野生生物の生息が確認された場合でも開発は中断しない」という内容でした。
 目を疑いました。愛知万博の時にはあれほど騒がれたのに、そんなことはお構いなしに開発をするというのです。翌月の 7月 6日からは環境影響評価方法書の縦覧が始まり、知れば知るほどこの無茶な開発を何とかしなくてはと思い「21世紀の巨大開発を考える会」を立ち上げました。

造成予定地夏
山を削り、田んぼを埋める開発予定地
 

問題の特徴1

 この開発の 1番の特徴は総面積660ha、造成面積 280haという、とてつもなく巨大な自然破壊ということです。660haとは東京ディズニーワールド全体の4.1倍、東京ドーム 141個分、皇居の 5.7倍、愛知万博の長久手会場の 4.2倍、中部国際空港の空港島580ha(空港部分は473ha)よりも広い面積です。さすが世界一の企業のやることは違う! と感心している場合ではありません。愛知万博の時にはあれほど騒いだマスコミも、今回ばかりは静かなものです。 開発予定地は愛知県豊田市(旧下山村)と岡崎市(旧額田町)の山の中で、中山間地に当たる場所です。環境的には約 9割が森林、残り約 1割が水田なので、いわゆる里地里山環境です。昔から林業も農業も盛んなところだったので、良い環境が維持されています。
 開発用途は自動車開発用のテストコースを作ることと、それに伴う研究棟・実験棟や厚生施設などを建設することです。テストコースは 6`の周回路、4`の周回路、2`の直線路など 14コースを予定しています。完成すると研究者だけで 5000人が働く予定で、その他の職員を入れると 6000人が働く計画になっています。2009年 9月 1日現在の下山地区の人口が 5453人ですから、昼間人口は2倍以上になるわけです。雇用の場ができることは良いことですが、予定地周辺の下山地区や額田地区で林業や農業に頼って暮らしていた人が一気にいなくなり、人工林を含めた里地里山環境の荒廃にはさらに拍車のかかることが予想されます。

里山観察会
2009年 10月 18日に行なわれた里山観察会
 

問題の特徴2

 この開発の 2番目の特徴は世界一の企業が行なうことなので、地元ではトヨタ関連の関係者ばかりで反対する人がいないことです。予定地は全て民地ですが、多くの地主は賛成しているわけではないですが、反対もしていないというところです。林業も農業も携わる人は高齢化し、自分の子どもたちは作業を引き継がないので、この機会に手放した人がほとんどです。
 用地買収を実際に実施したのは豊田市と岡崎市の職員です。2008年 8月より買収工作を開始し、半年後の 2009年1月にはなんと9割の買収を終え、契約した地主にはすでに7割のお金が支払われています。 実は 20年ほど前にトヨタ自動車が独自にこの開発を進めようとしました。その時には、地主の大反対にあい、頓挫しました。
 たった 20年ほどしかたっていないのに時代は変わり、特に愛知県はトヨタ自動車のおかげで経済は成長しました。世界一の企業なので愛知県のみならず、日本の経済成長にも多大な貢献をしました。多くの人が第一次産業を捨て、工業界へ生活の糧を求めるようになりました。工業製品を輸出するために食料品を輸入せざるをえず、日本の食物自給率は下がりました。このような社会構造そのものが変わらなければ、どうにもならない問題かもしれません。 
 

問題の特徴3

 3番目の特徴は愛知県が用地買収、造成を行なうことです。このようなやり方は、最近の流行のようです。優良企業を自分の県へ誘致するために、より良い工業用地を格安で用意するのです。これを日本全国で争ってそれぞれの県で行なっているのですから、日本中が工業用地ばかりになってしまうかもしれません。
 実際に動くのは愛知県企業庁です。企業庁ではこの事業のために 50人ほどの新しい部署を作りましたが、愛知県はトヨタ自動車の1つの部のようなものになっています。
 企業庁は開発(自然破壊)が仕事なので、アセスメントに対しては無頓着です。従来型の開発で実施するつもりのようですが、今の時代に適当なアワスメントだけで済ますのは、トヨタ自動車にとっても「環境の21世紀」に逆行するという不幸な結果を招くことは予想されます。
 愛知県企業庁には田原市の埋め立て地のように自然を壊して開発したけれど売れずに困っている土地がたくさんあるのですが……。

ミゾゴイ親
懸命に雛を守るミゾゴイの親 (許可無く転載不可)
 

工事着工は延期

 さて、来年は名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されます。元もとこのテストコース計画は、同じ 2010年度に工事着工の予定でした。愛知県が何も考えていなかったことのあらわれです。COP10をただの国際会議としか思っていなかったのでしょう。COP10とこの開発を同時に開始すればトヨタ自動車が国際的な批判を浴びることは目に見えています。しかし、それが見えていなかったのです。
 2009年 9月 29日にようやく、企業庁から着工延期の発表がありました。予定地内で国の絶滅危惧種ミゾゴイ(絶滅危惧T B類)の繁殖が確認されたからです。ミゾゴイは日本でしか繁殖が確認されていないサギの仲間で夏鳥です。沖縄のヤンバルクイナでさえ1500羽が確認されているのですが、ミゾゴイは地球上にたった 1000羽しかいないとされています。
 その他、絶滅危惧T B類ではブッポウソウ、ヤイロチョウ、絶滅危惧U類ではサシバ、ヨタカ、ハヤブサ、サンショウクイ、準絶滅危惧ではハチクマ、ミサゴ、オオタカ、ハイタカなど 30種類以上の絶滅危惧種の生息が確認されています。延期の理由をミゾゴイの調査のためとしていますが、COP10をやり過ごすためとも言えそうです。 とりあえず「21世紀の巨大開発を考える会」では、ホームページを作って世の中に訴えよう! ということで現在に至っています。

ミゾゴイの営巣
絶滅危惧種ミゾゴイの営巣
(写真提供・21世紀の巨大開発を考える会  許可無く転載不可 )

詳しくは「21世紀の巨大開発を考える会 」ホームページをご覧下さい。

(JAWAN通信 No.95 2009年12月10日発行から転載)

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