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ラムサール登録5 周年を迎えた中海

國井秀伸 (島根大学汽水域研究センター・教授)

 島根県と鳥取県にまたがる汽水湖の 中海なかうみ と それに隣接する宍道湖しんじこ では、およそ40 年にわたって干拓・淡水化事業が進められましたが、干拓事業は2000 年に中止され、最後の干拓予定地であった本庄工区は水域として残され、そして両湖は汽水の湖として残されることになりました。

中海・本庄水域
中海・本庄水域

 2005 年11 月に開催された第9 回ラムサール条約締約国会議では、この2 つの湖は登録湿地の仲間入りを果たし、登録5 年目となる今年10 月には、ラムサール条約登録5周年記念事業が島根県と鳥取県の2つの会場で開催されました。

5周年記念事業
ラムサール登録5周年記念事業

 ここでは、賢明な利用とともに、過去に損なわれた自然を再生する事業が始まっている中海について紹介します。
 中海と宍道湖のラムサール条約登録を目指すにあたって、島根県はラムサール条約に関する普及・啓発のため、「宍道湖・中海ラムサール条約と『賢明な利用』を語る会」を実施し(第1 回目は2005 年6 月)、これまでに14回が開催されています。
 条約登録された翌月の12 月に島根県で開催された「中海・宍道湖ラムサール条約登録記念シンポジウム」で、両県知事は、両県の連携による広域観光やエコツーリズムの展開、あるいは中海アダプトプログラムの活動として開始された湖岸の一斉清掃を、両湖で行うことなどを提案しました。これらの提案に沿った活動は、現在、沿岸自治体で着実に実施されています。
 これらの活動以外にも、農業、漁業、環境教育など、ラムサール条約登録を契機に促進された活動は多くあり、その詳しい内容は島根県のホームページにある「『賢明な利用』を語る会」の実施概要報告で紹介されています。
 農業の一例をあげれば、安来市の宇賀荘地区や松江市の湖北地域において「ふゆ・みず・田んぼ」(冬季湛水田)の取り組みが行われ、収穫された稲はそれぞれ「どじょう米」や「白鳥米」というネーミングで市販されるようになっています。
 中海の自然再生に関しては、登録湿地となった2 年後の2007 年6 月に、NPO 法人「自然再生センター」の発意によって、自然再生推進法に基づく初めての法定の協議会となる「中海自然再生協議会」が設立されました。推進法によれば、自然再生を進めるに当たっては、まず協議会で「自然再生全体構想」を策定することとなっています。

中海自然再生全体構想の表紙

 協議会では、「『よみがえれ、豊かで遊べるきれいな中海』を合言葉に、豊かな汽水湖の環境と生態系、そして心に潤いをもたらすきれいな自然を取り戻し、かつての中海の自然環境や資源循環を再構築する」という全体目標を設定。
 この目標を達成するため、(1) 水辺の保全・再生と汽水域生態系の保全、(2) 水質と底質の改善による環境再生、(3) 水鳥との共存とワイズユース、(4) 将来を担う子ども達と進める環境学習の推進、そして(5) 循環型社会の構築という5 つの推進の柱を立て、2008年11 月に全体構想をまとめ、現在、実施計画を策定しています。
 中海・宍道湖では、自然再生推進法が施行される前から、国土交通省中国地方整備局出雲河川事務所によって、湖岸植生浄化あるいは親水型湖岸堤と称して、これまでのコンクリートで固められた湖岸を緩傾斜の自然に近い形の護岸としてヨシなどの植生帯を創造する試みが行われてきています。
 この試みは、鳥取県西部地震による2001年度からの宍道湖岸緊急災害復旧工事に際し、地元のNPO 法人「斐伊川くらぶ」が島根県特産の間伐材を使用した木工沈床枠体及び沈床工法と、竹材を利用したヨシ植栽ポットによる植生復元の施工提案を提案。この提案が事業主体の国交省出雲工事事務所に了承。その後2002 年7 月には産・官・民・学が一体となって取り組む「宍道湖ヨシ再生プロジェクト」事業へと発展。その後、中海でも浅場の造成や覆砂が行われるようになったものです。
 手法に改良の余地はあるものの、出雲河川事務所では、中海で浅場を造成して覆砂をした場所で貧酸素の影響が低下。底泥の巻き上がりが抑制され,アサリなどの底生生物の現存量も多くなったとしています。
 自然再生を意図したものではありませんが、農水省が干拓淡水化事業中止の事後処理として行っている①中浦水門の撤去、②西部承水路堤の撤去、③排水機場の撤去、④森山堤の部分開削なども、国交省の浅場造成同様、中海の自然再生事業の一環と見なすこともできます。
 地元の漁業者らは資源の回復に期待を込めていますが、開削の幅が最大60m と限定されているため、その効果については限定的とする専門家の意見もあります。いずれにせよ、中海全体の生態系が今後大きく変化することは間違いありません。
 長期の生態系モニタリングにより、森山堤の開削を含む事後処理の影響を把握する必要があります。

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森山堤防開削の様子(2009 年5 月14 日撮影)
(JAWAN通信 No.98 2010年12月10日発行から転載)

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