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ラムサール条約湿地

「恵み豊かな汽水の宍道湖」

國井 秀伸 (島根大学汽水域研究センター・教授)

 今回紹介する宍道湖は、ヤマタの大蛇(おろち)の伝説で知られる中国山地を源流とする斐伊川の下流に位置し、松江市内を流れる大橋川下流部で前回紹介した中海と結ばれている海水と淡水の入り混じる汽水の湖です。
 湖の面積は国内第7 位のおよそ79.1km2、平均水深は4.5m という広くて浅い湖で、2005 年11 月に中海とともにラムサール条約の登録湿地となりました。汽水といっても塩分は中海が海水のおよそ二分の1程度であるのに対し、宍道湖は十分の1程度と大きな違いがあり、これら2つの湖には塩分に応じた様々な動植物が見られます。
 宍道湖は湖内の漁獲量の約9 割を占めるシジミ漁で特に有名で、ジョレンと呼ばれるカゴ状の漁具を用いての早朝のシジミ漁は、四季を通しての宍道湖の風物詩となっています。
 漁獲されるシジミの種類は汽水性のヤマトシジミで、全国のシジミ漁獲量の約40% が宍道湖産となっています。

宍道湖の風物詩「早朝のシジミ漁」

 潜水ガモのキンクロハジロは、宍道湖ではこのヤマトシジミを主食として、毎年1万羽以上が飛来しますが、隣接する中海に飛来するキンクロハジロは、そこで優占している二枚貝のホトトギスガイを主食にしています。宍道湖ではヤマトシジミ以外の魚介類も豊富で、「スモウアシコシ」として覚えるスズキ、モロゲエビ(ヨシエビ)、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シジミ、コイ、シラウオが、「宍道湖七珍」として知られています。中海・宍道湖では、前回紹介したように、国土交通省出雲河川事務所によって、湖岸植生浄化あるいは親水型湖岸堤と称して、これまでのコンクリートで固められた湖岸を緩傾斜の自然に近い形の湖岸としてヨシなどの植生帯を創造する試みが行われています。
 この試みの手始めとなったのは宍道湖の西岸で、ここは人と自然の共存をめざした多自然型の公園として整備され、宍道湖・中海や島根の河川の魚介類の展示施設である県立の「宍道湖自然館ゴビウス」(今年が開館10 周年)や、湖を一望できる野鳥観察舎のある「宍道湖グリーンパーク」という施設が設けられています。斐伊川河口一帯を中心としたこの周辺は、マガン、ヒシクイ、コハクチョウの集団越冬地で、西日本最大の野鳥の宝庫として知られています。

野鳥観察舎の正面玄関
野鳥観察舎からの宍道湖の眺め

 賢明に利用されている宍道湖ですが、最近、いくつもの気がかりな出来事が報告されています。
 たとえば、漁獲量日本一のヤマトシジミが、2006 年の豪雨以来、漁獲量が激減していること、宍道湖七珍のひとつでもあるワカサギの漁獲が、この10 年ほどはほとんどないこと、2010 年の夏から秋にかけて、アオコが大発生したこと、そしてこれまで船溜まりなどの限られた場所でのみ生育していた水草(オオササエビモ、ホザキノフサモ、マツモ、エビモなど)が、2009 年秋から南岸を中心にパッチ状の群落を形成し始めたことなどです。
 宍道湖では、1960 年代までは広大な沈水植物帯が存在していた記録があるものの、1980 年代前半以降は、沈水植物は船溜まりなどの極めて限られた場所以外ではその生育は確認されていませんでした。
 突発的な水草の出現と分布拡大は、いわゆる植物プランクトンの優占する「濁った系」から水草の優占する「澄んだ系」へのレジームシフトの可能性が高いと考えられます。
 人為的な操作なしに湖沼沿岸域に水草が回復した事例は世界的にもまれで、宍道湖での水草の回復過程を湖沼全体の生物生産や様々な構成種の変化、そして水質や底質の変化とともにモニタリングし、さらに統合的流域管理の視点で流入負荷量などを精査することにより、宍道湖のシジミ漁に対する影響評価はもちろんのこと、世界の様々な湖沼の生態系管理や生物多様性保全・資源保全に資することができると考えられます。

水面でたなびくオオササエビモ
(JAWAN通信 No.99 2011年3月31日発行から転載)

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