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我がふるさとを受け継ぐ
「ハチの干潟のその後」

岡田和樹 (ハチの干潟調査隊代表)

 2005 年、広島県竹原市ハチの干潟の埋め立て計画が持ち上がりました。
 自分の生まれ育ったふるさとの海がなくなるというのは、表現しようがない悲しさがありました。そして何としても、自分たちの世代で受け継ぎたいと、決心しました。
 ハチの干潟での生物調査や、観察会などを通して干潟の大切さと埋め立ての危機を地元の人達に伝えていきました。2 年半の中で、取り組みは地元の人たちにも広がり、埋め立てを反対する署名は、1 カ月で市の人口の半数を上回りました。
 その民意を持ち、県や市に陳情し、地元市議会では「埋め立て反対意見書」が可決しました。そして、県もハチの干潟での埋め立て計画に難色を示し、計画は中止になり、私たちの世代がハチの干潟の豊かな自然環境を受け継ぐことができたのです。
 今も、ハチの干潟には、「海のゆりかご」と称される広大なアマモ場やガラモ場が広がり、賀茂川の河口域から沖にかけて、砂と泥の干潟が続いています。約80 年以上も前に撮影されたハチの干潟の写真からは、高度経済成長期を経てなお、同じ姿を留めていることがわかります。干潟の豊かな生物相は、様々な研究者からも注目され、地元の人々も潮干狩りや漁りなどを細々と続け、海と人のつながりが残されています。
 これまで、瀬戸内海では、古くから埋め立てや護岸工事が進められてきました。海岸線はほとんどがコンクリートになり、人々が海に接する機会も減っています。そんな中、ハチの干潟のような手つかずの自然を残していくことが、生物多様性の確保という面からだけではなく、失ってしまった自然を再生していく上でも重要です。
 ハチの干潟の近くでも、エココースト事業として、自然再生工事が行われましたが、10 年近く経つ中、生物相は再生されていません。ハチの干潟を見れば、その事業がいかに、自然と相いれないものかが、一目瞭然なのです。一度失われた自然は元に戻すことはできないでしょう。だからこそ、手つかずのまま残していかなくてはならないのです。
 ハチの干潟の埋め立て計画が中止になってからも、地元の子どもたちを中心に観察会を開き、ハチの干潟の大切や自然との接し方を知ってもらう取り組みを続けています。その中で、次の世代へと、自然のままのハチの干潟を受け継いでいけたらと思っています。

「観察会」子どもたちと一緒に押し網

 また、自然だけではなく自然と密接につながってきた人の営みも受け継いできたいと思っています。一つに、アマモやホンダワラなどを利用した農業があります。一昔前は当たり前のように、瀬戸内沿岸の農業者は磯や海にでてアマモやホンダワラなどを採り、それを肥料に作物を作ってきました。
 瀬戸内海にわずかに残る段々畑も、かつては至るところにあり、山の頂上まで達していました。その農作物を育んだのが、瀬戸内の恵みだったのです。山から流れ出た養分は、川を流れて海に溜まっていきます。それをアマモが吸収し、「海のゆりかご」となり、生き物を育み、それを農業者が刈り取って、山の山頂に至る畑に堆肥として入れていました。 
 近年では、能率化が図られ、それらの堆肥は化学肥料にとって代わられ、段々畑の畑も荒廃し姿を消しています。かつては、人も自然から多くの恵みを受けて、物質の循環の一役を担っていました。そして、恵みを受ける自然や物質の循環に敬意や畏敬の念を持ち、自然を大切にしてきたのです。わずかになっていますが、アマモを利用した農業をされていた農業者が伝承してくださいます。
 また、ハチの干潟の近くには、アマモを利用した日本で最後の、「石風呂」という瀬戸内独特の入浴文化が残っています。このような、自然とうまく折り合いをつけてきた人の文化が失われつつある今、ハチの干潟の近くで「瀬戸ふるさと農園」をたちあげました。
 そして、伝承通りにアマモや広島特産の牡蠣の貝殻などを利用した有機農業に取り組んでいます。

船いっぱいの石風呂用アマモ

 このことは、地域の自然にあった循環・生態系とのつながりを受け継ぐことでもあります。まだ始まったばかりですが、ハチの干潟をはじめとした、大きな輪の中で取り組みを続けたいと思います。
 しかし、大きな問題もあります。瀬戸内海にある原子力発電所です。すでに伊方原子力発電所は稼働してきました。また、上関原発計画はフクシマ以降も続けられています。
 ハチの干潟を手つかずのまま受け継いでも、これらの問題がある以上は本当の意味で受け継いだ事にはならないと思います。私たちには、将来のいのちに対する責任があるからです。本当の意味で、ふるさとを受け継ぐ日まで絶え間なく努力し続けていきたいと思います。

アマモ場とハチ岩(右手奥)
(JAWAN通信 No.104号 2013年2月15日発行から転載)

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