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ラムサール条約湿地「東海丘陵湧水湿地群」

〜小さな湿地が織りなす東海地方固有の自然〜

大畑孝二 ((公財)日本野鳥の会チーフレンジャー)

豊田市自然観察の森

 愛知県豊田市の中心地から約4 ㎞のところに自然観察の森があり、コナラ、アベマキの落葉広葉樹などが生育するかつての里山環境です。
 自然観察の森(面積28.8ha)は、平成2年に日本で8 番目の自然観察の森事業として環境庁(当時)が指定し国、県、市の三者により整備され、その後の運営は豊田市が行っています。現在は、指定管理者制度対象施設として、公募により平成18 年度より公益財団法人日本野鳥の会が管理運営を担っています。ネイチャーセンターなどの施設があり年間四万人ほどの利用者があります。
 平成15 年度より「豊田市自然観察の森及び周辺地域整備事業」がはじまり、周辺地域の124.5ha も豊田市が地権者と賃貸契約を結ぶ形で保全を計っています。その一角に矢やなみ並湿地があります。

東海丘陵要素植物と湧水湿地

 愛知県、三重県などの伊勢湾周辺から岐阜県の東濃地方にかけては、シデコブシやヒトツバタゴと言った固有種や隔離分布種などの植物が生育し、現在15 種類が東とうかいきゅうりょう海丘陵要素植物群として知られています。生育環境は丘陵地の湿地やその周辺の荒地など土壌が発達していない場所で、湧水は低温、弱酸性、貧栄養で他の植物が入れない厳しい環境に適応したと考えられています。
 湧水湿地は、斜面が崩壊した場所や土砂が堆積した谷底等に湧水が涵養されてできた場所などにできます。水を通しづらい粘土層や花崗岩などの上に地下水脈が露出し湧水となります。泥炭が無いか乏しいのが特徴です。
 主に西日本の丘陵地に小規模な面積で点在しています。
 前述以外に東海丘陵要素植物としてシラタマホシクサ、ミカワシオガマ、トウカイコモウセンゴケ、ヘビノボラズ、クロミノニシゴリ、フモトミズナラ、マメナシ、ハナノキ、ナガボナツハゼ、ナガバノイシモチソウ、ヒメミミカキグサがあります。

シラタマホシクサとミカワシオガマ(矢並湿地)
自然観察の森(矢並湿地)

ラムサール条約湿地を目指して

 日本野鳥の会が、豊田市自然観察の森の運営に平成15 年度から関わり、その年に「豊田市自然観察の森周辺地域整備事業」がはじまり、市より当会が委託を受けその中の保全計画で、はじめて矢並湿地をラムサール条約湿地とすることを提案しました。
 しかし、ラムサール条約が野鳥だけを対象としたものであるという誤解とあのような狭い湿地が国際的な条約の対象地になるとは考えられないと言うことでしばらく進展はありませんでした。
 それでも毎年地元の豊田市自然愛護協会は、登録の要望書を提出し続け、自然観察の森として湿地の研究者らを講師に学習会を継続しました。
 日本野鳥の会の柳生博会長や日本湿地学会の辻井達一会長らを招き、市民向けの講演会を開くなど少しずつ関心も高まってきました。
 また、地元選出の八木哲也市議会議員が登録に関して深い理解を示され、平成20 年9月の豊田市議会で矢並湿地をラムサール条約湿地にという提案があり、市を動かしていくことになりました。
 そして、市による積極的な活動により、環境省が平成22年9 月に発表した潜在候補地に登録基準の3 を満たしているとの判断で「東海丘陵湧水湿地群」の名称で選定されました。そして、平成24 年5 月に開かれた中央環境審議会において了承され、新規登録9 か所のうちの一つとなることが決まりました。
登録湿地名「東海丘陵湧水湿地群(矢やなみ並湿地、上かみたか高湿地、恩おんしんじ真寺湿地)」

恩真寺湿地とシデコブシ群落
東海地方の固有種「シデコブシ」(上高湿地)

 矢並湿地は、面積約0.58ha で、集水面積は、8.72ha あります。希少植物としては、ヘビノボラズ、トウカイコモウセンゴケ、クロミノニシゴリ、ミカワシオガマ、ミカワバイケイソウ、シラタマホシクサなどが記録されています。
 地元には矢並湿地保存会があり冬季に草刈りを行い、富栄養化を防ぐために刈った草を持ち出す作業を行っています。豊田市自然愛護協会、市環境政策課、自然観察の森の4者で矢並湿地連絡会を設け、協議を持ちながら保全活動を進めています。
 上高湿地は、約0.34ha あります。集水域は、6.5ha あります。希少植物としては、シデコブシ、トウカイコモウセンゴケ、ミカワシオガマ、シラタマホシクサなどあります。
 平成23 年度より地域住民を中心に上高湿地を守る会が結成されています。
 恩真寺湿地は、面積が約0.3ha あり、集水域は、11.94ha あります。希少植物は、シデコブシ、ミカワシオガマなどがあります。ここの湿地管理は、地元山中町の自治区が受け持ち、寺の管理とともに行っています。
 集水域まで含めた地域と湿地群という考え方での登録は、日本では初めてです。

東海地方全体の湿地保護へ

 もともとは、矢並湿地の保全の方法の一つとしてラムサール条約の登録を思いついたのですが、登録によって豊田市全域の湿地はもちろん、東海地方全体に広がる湧水湿地の保全につながることを願っての提案でもありました。東濃地方でもかつて多くあった湿地が次々に開発等で無くなってしまっています。
 今回の登録をきっかけにより一層、東海地方の湧水湿地の調査、保全が進むことを願っています。

(JAWAN通信 No.104号 2013年2月15日発行から転載)

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